藤井聡太五冠に羽生善治九段が挑む「王将戦」
将棋の神は、ドラマがお好きなようだ。2022年11月22日、羽生善治九段が豊島将之九段を破り、タイトル「王将」への挑戦権を手に入れた。羽生は前人未到のタイトル通算100期に挑むことになった。迎え撃つは、最年少タイトル獲得記録を持つ、あの藤井聡太五冠だ。 現在、羽生のタイトル99期に対して、藤井はタイトル10期。将棋400年の歴史の中で、タイトル10期以上を持つ棋士はわずかに9人だ。そのうちの2人が激突する。こんな極上の舞台を用意してくれた神に、愛棋家として、感謝してもしきれない。
藤井聡太は「神の子」
羽生52歳、藤井20歳。親子ほどの年の差だが、実はこの2人、藤井がデビュー間もない中学生の時に初対局している。当時の藤井は、2016年10月のデビュー以来、負け知らず。この、おそるべき中学生棋士のためにAbemaTV(現:ABEMA)は、『炎の七番勝負』という対局番組を2017年3月から放送した。非公式戦ではあるが、藤井が若手実力派やベテラン棋士7人に挑むという企画で、その最終戦が羽生三冠(当時)だった。
正直に言おう、筆者は藤井の7戦全敗もありうると思っていた。なぜなら、対戦相手は藤井の戦法を研究して対局に臨めるが、一方の藤井は7人の将棋を研究せねばならない。これは大きなハンディキャップだ。
さらに、周囲の期待という重圧。デビュー半年の中学生棋士に破格の企画がなされた時点で、彼は“善戦”程度では許されぬ位置に立っていた。14歳の少年が押しつぶされてしまうのではないか、筆者は心配でもあった。
しかしそれは、まさに杞憂だった。最終戦での羽生戦にも勝利し、通算6勝1敗。棋界は激震し、認めざるを得なかった。「藤井は別格だ」と。師匠の杉本昌隆八段が、驚異の弟子を「神の子」と呼ぶわけである。
「将棋界の宝」であり続けた羽生善治
棋士を撮り続けた写真家・中野英伴による『棋神』をご存じだろうか。棋士51名の姿を通して、その精神性を映し出した2007年発売の圧巻の写真集であり、当時の日本将棋連盟会長・米長邦雄は「将棋界の宝」と感嘆したほどの書籍だ。『棋神』の表紙を飾る羽生善治(画像:Amazonより)
その眼光は震えがくるほど恐ろしい。寝ぐせの髪で、照れくさそうに笑う日常からは想像もつかぬ姿に、神の降臨を感じずにはいられぬ一瞬だ。まさに羽生自身が「将棋界の宝」であり、「棋神」なのだ。
AI時代の羽生の将棋
羽生の将棋を観ていて思う。羽生は対局者と戦っているのではない。まるで哲学者のように、将棋の真理・本質に挑んでいるのだ。だから相手のミスにため息をつく。もちろん自分のミスには、もっとだ。人知の及ばぬ世界を目指す羽生に、人間が犯す過ちは落胆以外にない。永世七冠を獲得した際、羽生はこう語った。
「将棋そのものを本質的にどこまでわかっているのかと言われたら、まだまだ何もわかっていない」
現在の棋界はAI全盛だ。羽生も今回AIでの研究も行ったという。だが、一方でこうも語っている。
「AIが最強ではないんです。だって、次のバージョンのソフトに負けるんですから」
羽生にとって、AIも人間同様なのだろう。まだまだ何もわかっていないのだ。
「神の子」と「棋神」の戦いが始まる
「世紀の対決」などと平凡な言葉で語ってはいけない。2人の対戦は「神の子」VS「棋神」、将棋400年の歴史のなかで行われる初の「神」決定戦なのである。『将棋400年史』の第4章・平成時代の副題は、『羽生善治の七冠達成とニュースター藤井聡太』だった。まさにその通りの展開になっている。平成を越え、令和まで飲み込む王将戦。筆者にとって、2023年1月8日の王将戦初日は、いわば400年越しの初詣だ。
※段位、タイトル数は2022年11月末時点
※プロ棋士の活動は公的であると考え、文中で敬称を略しています
<参考>
・『棋神』中野英伴【写真】/大崎善生【文】/東京新聞出版局(2007年)
・『将棋400年史』野間俊克/マイナビ出版(2019年)
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