ギョウジャニンニクは栄養豊富な山菜で、調理法・食べ方もさまざま
栄養豊富で食べ方もさまざまなギョウジャニンニク。ただし有毒植物のイヌサフランとの誤食には注意が必要です
成長すると葉がややかたくなりますが、茹でる、煮る、揚げる、炒める、焼く、蒸すなど、どんな調理でもおいしく食べられます。肉との相性が良く、ジンギスカン料理にもよく使われています。
ちなみにギョウジャニンニクという名前は、「ニンニク」に似た強いにおいと辛みがあり、山にこもって仏道の修行を行う人、すなわち「行者(ぎょうじゃ)」が荒行の合間に食べて体力を保っていたことに由来するそうです。西洋では「victory onion(勝利のタマネギ)」とも呼ばれ、世界中で滋養強壮にいい食材として親しまれているようです。
栄養的な特徴としては、ビタミンB1の吸収を助けるアリシンという成分を含み、その含有量はニンニクより多いといわれています。β-カロテンやビタミンKも豊富に含んでいます。
「ギョウジャニンニク」と「イヌサフラン」を間違え、死亡例も…見分け方は?
春になると、食べられる植物と間違って有毒な植物を食べてしまい、食中毒が起きる事例が毎年のように報告されています。その中でも、最も要注意なのが、ギョウジャニンニクとイヌサフランの取り違えです。厚生労働省の発表によると、平成26年~令和5年の10年間で、イヌサフランを誤食した事件数は22、患者数は28で、そのうち13名の方が亡くなったとのことです。さまざまな有毒植物の中で、誤食による死亡率が突出して高くなっています。ちなみに、その事例の多くが、自宅の庭にギョウジャニンニクとイヌサフランの両方を植えていたケースです。イヌサフランは有毒植物ですが、秋にピンク~紫色のサフランに似た美しい花をつけることから、園芸用としても親しまれています。
似ているとは言っても、パッと見でも明らかに異なる特徴があるので、近くに両者があるのであれば、普段からそれらを見比べておけば、間違えることは防げます。たとえば、葉の下の方、地上近くの茎の部分に注目すると、ギョウジャニンニクは茎の根元が紫色をしていますが、イヌサフランは紫色をしていません。また、ギョウジャニンニクの茎や葉をつみとると、まさにニンニクのような強い臭いが漂いますが、イヌサフランは臭いがしません。ギョウジャニンニクかなと思っても、採取したときにニンニク臭がしなかったら廃棄するようにすれば、イヌサフランを誤食することは避けられます。
イヌサフランの毒性・食べてしまった場合の症状・致死量・薬としての活用も
イヌサフランの種子や球根に含まれる有毒成分は、1820年にフランスの化学者であるPierre-Joseph PelletierとJoseph Bienaimé Caventouによって単離され、「コルヒチン」(colchicine)と名付けられました。ちなみに、コルヒチンという名前は、イヌサフランの学名の一部分のコルチカム(Colchicum autumnale)に由来してつけられましたが、そもそもこの学名は、イヌサフランの原産地が西アジアのアルメニアの古い都市コルキス Colchis であったことに由来します。コルヒチンを過剰摂取すると、急性中毒症状として、咽頭灼熱感、発熱、嘔吐、下痢、背部疼痛などが現れます。呼吸不全により死亡することもあります。解毒剤はありません。その致死量は、体重50kgの人で4mg 以上といわれていますので、球根1個(10g程度)を食べてしまうと死亡する可能性が高いです。
コルヒチンの薬理作用が詳しく研究された結果、細胞の骨組みに相当する微小管を構成する主なタンパク質のチューブリンに結合して、微小管の形成を妨げることが分かりました。微小管は細胞分裂時に必要ですから、コルヒチンが作用すると細胞は分裂できなくなります。また、白血球の活動も阻害されます。
一方で、毒というものは「確実に体に効く物質」ですから、うまく使えば「薬」にもなります。実際、コルヒチンは、毒性を示すより少ない量で病気の治療に応用されてきました。具体的には、痛風の発作を鎮める薬として使われ、多くの患者さんを救っています。痛風発作が起きる時には、関節に起こった異常(尿酸の蓄積と結晶化)に対処するために多くの白血球が集まってきますが、それがかえって病状を悪化させるという悪循環が生じています。コルヒチンには、白血球の活動を阻害する作用があるので、痛風発作時に使うと、痛みの抑制と抗炎症効果が期待できます。
種無しスイカの誕生にもつながった「コルヒチン」
私は大学の薬学部で教えていますので、少し専門的なお話になりますが、体の細胞中に核膜というものをもち、その中に遺伝情報を格納している生物を、総称して「真核生物」と言います。そして、真核生物の細胞が分裂するときには、「紡錘糸」というものの働きによって、染色体が両極に引っ張られて2分されます。このような細胞分裂様式を「有糸分裂」(「糸を使って分ける」という意味)と言いますが、コルヒチンは、微小管に結合してその重合を阻止しますから、微小管から構成される紡錘糸の形成も阻害します。したがって、真核細胞をコルヒチンで処理すると、細胞分裂が途中で止まってしまいます。このことは、生物学における染色体の研究にも役立ちました。コルヒチン処理によって分裂が途中で止まった細胞中には、染色体がきれいに見えるので、細胞中に染色体が何本あるかなどを比較的簡単に調べることができるようになりました。また、細胞分裂を途中で止めるというコルヒチンの作用は、おなじみの「種なしスイカ」を作るのにも役立っています。種なしスイカとコルヒチンの関係は、別の機会に解説しましょう。
「毒薬変じて薬となる」ですね。