ひと足先に乗車できたので、食を中心にレポートしよう。
「或る列車」とは?
「或る列車」とは、明治後期に当時の九州鉄道がアメリカのブリル社に発注したものの直後に国有化されたため、活躍する機会がなかった幻の豪華列車のことだ。正式な名称がなかったため「或る列車」として好事家の間で話題となっていた。世界的な鉄道模型愛好家の原信太郎氏が模型化し、横浜の原鉄道模型博物館に展示されていたが、これを実物の車両として再現することに。原健人氏(原鉄道模型博物館副館長)の協力のもと、水戸岡鋭治氏がデザイン・設計、およそ1世紀前の「幻の車両」が蘇った。
元来は機関車が牽引する客車であるが、運行の現状に合わせてディーゼルカー2両編成とした。元々の客車の塗装は不明であり、未塗装のブラス模型であったものを敢えて車体の色として金色に輝く個性的な車両が誕生したものである。
JR九州の「或る列車」
JRKYUSHU SWEET TRAIN「或る列車」は季節ごとに運行ルートを変え、あるときは長崎・佐世保を中心とした経路、あるときは由布院を中心としたルートを走っていた。今回からは、博多駅から久留米経由で由布院駅との間を往復するルートに固定し、ゴージャスなレストラン列車として生まれ変わることになる。運行日は、金曜、土曜、日曜、月曜(運休日もある)が原則で、1日1往復。同じルートを走る観光特急(D&S列車)「ゆふいんの森」が約2時間で走るところを、3~4時間かけてゆっくりと進む。コース料理を楽しむにはゆったりとした時間が必要であり、慌ただしさを避けるためにものんびりとした優雅な時間の流れが必要であろう。私の乗車した列車は由布院駅発だったので、博多駅に向けての列車旅をレポートしよう。
由布院駅からの旅立ち
由布院駅の1番線ホームに金色に輝く「或る列車」が発車を待っていた。ドアの前には赤いカーペットが敷かれ、夢の空間へのエントランスとなっている。笑顔で出迎えるスタッフに招かれて車内へ。鉄道黄金時代だった1世紀ほど前のヨーロッパの豪華列車の車内にタイムスリップしたかのような錯覚に襲われる。 すべてテーブルがセットされた座席に腰をおろし、周囲を見回すと壁やランプ、柱に至るまで様々な意匠が施されている。遊び心も満載で、豊かな気分でゆっくりとした時間が流れていく。窓回りも細かなデザインで額縁のようでもある。車窓を一幅の絵画とみなしているかのようだ。 比較的窓が小さいのは、現実世界と距離を保ち、夢の世界を演出するためであろう。窓の大きな展望車両とは一線を画するような造りだ。発車時刻となり、ゆっくりと動き出す。ホームでは大勢の地元の人たちが手を振って見送ってくれる。いよいよコース料理がスタート
まずは、スタッフが挨拶代わりにウェルカムドリンクを運んでくる。スパークリングワインあるいはみかんジュースのどちらかを選べたのだが、筆者はお酒に強くなく、すぐに眠くなってしまえば取材不能になってしまうので敢えてジュースを選んだ。もっとも、それではちょっと物足りないので、メニューにあった大分産の炭酸水をオーダーしてみた。そして、いよいよコース料理が始まる。「或る列車」のスイーツ時代と同じく、東京・南青山のレストランNARISAWAのオーナーシェフ成澤由浩氏が監修したメニューである。シェフの話では、九州の厳選した旬の食材にこだわった極上の食とのことだ。 最初は前菜で、熊本産の車海老と佐賀産のみつせ鶏のカクテルサラダが運ばれてきた。見た目も鮮やかな一品で、コース料理のプレリュードにふさわしい。
山、滝、渓谷……車窓も絶品
次の料理が運ばれてくるまでに、列車は豊後森駅を過ぎ、車窓からは伐株(きりかぶ)山という台形状の特色ある山が見えてきた。さらに二段落としの滝で知られる「慈恩の滝」が目の前に現れ、右手に見える渓谷に沿って進むうちに2品目のスープが運ばれてきた。スープ、そしてメインディッシュ
大きなお皿に赤みを帯びた貝が何枚もスープ皿を取り囲むように並んでいる。大分産のサワラの上にキャビアが添えられていて贅沢だ。スタッフがやってきて、鹿児島県枕崎産の鰹節出汁を注いでくれる。温かいうちに食べられるようにとの配慮が嬉しい。寒い日であれば、身も心も温まりそうだ。 天ヶ瀬駅、日田駅と停車する(ただしドアは開かない)うちに、メインディッシュに先駆けてパンが運ばれてきた。スタッフがパン籠を持ちながら一個づつ皿に置いていく。2ついただいたが美味しそうなので料理が運ばれてくる前に1つは食べてしまった。 この日のメインディッシュは九州産黒毛和牛のイチボのステーキ。ソースが柔らかい肉のうまみを引き立てるとともに、キノコや黄色や紫のクリーム状の野菜がカラフルで目を楽しませてくれる。ワインの代わりに追加で注文した炭酸水はOTOGINOという、沿線の日田(大分県)で作られているもの。アルコール分はないものの料理にマッチする飲料だ。「夜明けの鐘」で知られるようになった風変わりな駅名の夜明で8分、3本の列車とすれ違ったり追い抜かれたりするために25分も停車する筑後吉井駅と、列車は先を急ぐでもなくのんびり進む。
デザートも充実
このあとは、デザートの時間である。以前はスイーツトレインだった名残かデザートも充実している。4品目となるスイーツは大きなガラスの器に盛りつけられたケーキのモンブランに似たもので、メニューには「熊本県やまえ栗の阿蘇山と鹿児島県シングルモルトウイスキーの雲海」と記されていた。確かに雲海から山頂が顔をのぞかせているようなイメージのスイーツだ。 最後の5品目はミニスイーツ(ミニャルディーズ)で、ドリンクはレモンティーを注文した。こちらのミニスイーツも見た目が鮮やかだ。左から福岡県産の玄米茶とチョコレートをアレンジした松ぼっくり、同じく福岡県産のりんご飴、そして佐賀県産温州ミカンのタルトの3種類だ。じっくり写真を撮っていたら、形が崩れやすいのでお早めにお召し上がりくださいと言われた。夢の時間が終わり、博多駅に到着
ミニスイーツを味わっているうちに列車は、久大本線に別れを告げて、久留米駅から鹿児島本線に乗り入れた。山間部で寄り添っていた筑後川を渡り北上。次第に都市近郊の車窓となり、現実に引き戻されるような気がする。 「ゆふいんの森」の倍近くの時間をかけてのんびりと走ったはずだったが、終点・博多駅が近づくとあっという間に極上の旅が終わってしまったように感じた。見た目も味も最高級だったが、それにも増してやさしさと笑顔に満ちたスタッフのおもてなしがあってこそのプレミアムな列車旅だった。ともあれ、非日常の優雅なひとときはあまりにも充実していて、後ろ髪を引かれる思いで列車を後にした。「或る列車」公式サイト (料金、運転日、予約方法など)
取材協力=JR九州
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