話し方・伝え方

「取り急ぎお礼まで」は失礼? 急いでいるときの、感じがよい伝え方

「取り急ぎお礼まで」というフレーズが論争になっています。「失礼だ」という意見がある一方で、「失礼ではない」という意見もあります。何が問題なのか、言い換えるとすればどんなフレーズがあるのか、「取り急ぎお礼まで」という表現について解説します。

藤田 尚弓

執筆者:藤田 尚弓

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「取り急ぎお礼まで」は失礼?

「取り急ぎお礼まで」は失礼か

「取り急ぎお礼まで」は失礼か

メールや手紙で使われる「取り急ぎお礼まで」という決まり文句が論争を巻き起こしています。「この表現は失礼にあたるので使うべきでない」と主張する人たちがいる一方で、「失礼ではないし、丁寧すぎる言い換えはむしろNG」と主張する人たちもいます。何が問題になっているのか、言い換えるとすればどんなフレーズがあるのか、「取り急ぎお礼まで」という表現について解説します。
 
<目次>
 

なぜ「取り急ぎお礼まで」が失礼だと言われるのか

「昨日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。早速、昨日いただいた感想を反映した提案書を作成しております。率直な意見をいただけたことで、大変勉強になりました。また何か追加のリクエストなどがあれば、遠慮なくご連絡ください。まずは取り急ぎお礼まで」

皆さんがこのようなメールを受け取った場合、失礼だと感じるでしょうか。それとも、特に失礼だとは思わないでしょうか。
 
文末の「取り急ぎお礼まで」というフレーズが失礼という理由は、主に3つにまとめられます。

(1)お礼は急いでいるときに省略して伝えるようなものではないから
「取り急ぎ」という表現には、省略するという意味合いもあります。お礼を述べるときに省略するのは心が込もっていないように感じる人もいることでしょう。
 
(2)文末の「まで」という表現が適切ではないから
専門家の先行研究を調べてみたところ、「まで」という文末表現は、「正式な文章として書くべきことは承知しているが、やむなくここで終わる」という意を表明することになるとあります(※1)。本来であれば書くべき締めの挨拶等を省略したことを意味するので、受け手によっては「ぞんざい」に感じる要因になるようです。
 
(3)敬語の乱れは正すべきであるから
目上の人などに敬意を示すという観点からすると、このフレーズは間違いと言うこともできます。当たり前に使われる状況を“敬語の乱れ”と捉えれば、社会人として正しい敬語を使うべきだという主張も理解できます。

このような理由を聞くと「取り急ぎお礼まで」という表現は使わない方がよいと感じる人も多いのではないでしょうか。では、次に「取り急ぎお礼まで」が失礼ではないと感じる人たちの理由を見てみましょう。
 

「取り急ぎお礼まで」容認派の意見とは

「取り急ぎお礼まで」に不快感を抱かない人も多い

「取り急ぎお礼まで」に不快感を抱かない人も多い

容認派の意見も大きく3つにわけられると思います。

(1)一般的に使われていて、不快には感じないから
これについては、三省堂国語辞典の編集委員である飯間浩明さんのツイートが話題になっているのでご紹介します。

「取り急ぎお礼まで」というメールの結びは失礼という意見について。私も、失礼というのは可哀相だな、と思います。「略儀ながらメールにてお礼申し上げます」がよりよいとする意見の理由は、「~ます」と言い切る形だからでしょうか。でも、丁寧な礼状でも「取り急ぎお礼まで」は常用されます。

私は夏目漱石の手紙文を調べました。漱石から見て非常に目上への人への手紙、というのは少ないのですが、少し年上の狩野亨吉には〈右御れいまで 早々拝具〉だけだったり、〈右御礼まで勿々如此に御座候 草々不一〉と長く続けたりしています。「如此に御座候」があると収まりがいいのは確かです。

現在に話を戻すと、普通の社交上のメールでは「取り急ぎお礼まで」で十分でしょう。一身上のことで非常に世話になった場合は、ややもの足りないかもしれず、前述のように「何とぞよろしくお願い申し上げます」と続ける方法はあります。これも常用すると重いと感じる人もいるかもしれませんね。(※2)

 「自分も使っている」「よく目にするが、不快には感じない」という人は意外に多いのではないでしょうか。
 
(2)丁寧すぎるのも良くないから
「取り急ぎお礼まで」を正しく伝える場合、「略儀ではございますが、まずはメールにてお礼申し上げます」になりますが、これを丁寧すぎると感じる人も多いのではないでしょうか。なかには「形骸化された定型文は必要ない」という人もいます。
 
(3)敬語も時代と共に変わるのが自然だから
「最近、敬語が乱れている」という声をよく聞きますが、敬語は本当に「最近」乱れているものなのでしょうか。文献をリサーチしてみたところ、1966年に書かれた本にも敬語が乱れているという記述がありました(※3)。皆さんご存知のとおり、言葉は時代と共に変わっていきます。徒然草にも言葉の乱れを嘆く一文はありますし(※4)、間違った使い方の日本語が時代を経て市民権を得ている例もたくさんあるのはご存知のとおりです。
 
例)
爆笑
本来の意味:大勢が笑うこと→現在の使われ方:大笑いすること
割愛
本来の意味:残念な気持ちで仕方なく省略すること→現在の使われ方:省略すること
敷居が高い
本来の意味:不義理をしてしまって行けない→現在の使われ方:高級で行けない
など

東京外国語大学の名誉教授、井上史雄先生は著書の中で(※5)、敬語を服装に例え、『正しい使い方だけをするのは、よそ行きの服だけを着るようなものだ』と述べています。また慣用的な使い方には『慣用には寛容になるのが肝要』とユーモアを込めた意見を述べています。
 
筆者は、初対面では敬語で話す日本人が、親しくなるにつれて敬語を崩して話していくことに注目しています。丁寧な言い方は、相手と距離を保ちたいときにも使えるコミュニケーション方略です。TPOに合わせて敬語を緩めるというのは、正しい敬語をかたくなに使い続けるよりも、人間関係を構築する上では重要です。ぞんざいに聞こえる「取り急ぎお礼まで」というフレーズも、関係性を考慮して緩めた敬語であると考えるなら、むしろ適切な言い回しと言えるかもしれません。
 

令和版! 「取り急ぎお礼まで」の言い換えフレーズは

相手との関係性を考慮して言い換えよう

相手との関係性を考慮して言い換えよう

失礼な印象をもたれず、丁寧すぎるとも思われないようにするには、どう言い換えればいいのでしょうか。

筆者のおすすめは「関係性を考慮すること」と「決まり文句からの脱却」です。敬語でも、相手との関係性や場面によって、丁寧すぎるくらいの言い回しが適切なケースと、やや崩した敬語がよいケースがあります。まずはどんな相手に伝えるのかを考慮しましょう。

コンビニエンスストアで「またお越しくださいませ」と言われても嬉しく感じないように、よく使われる定型の言い回しは私たちの心を動かしません。感謝の気持ちを伝えたいときには、普段自分が相手に対して使っている話し言葉に近い表現を使って、敬意と感謝の気持ちを伝えるアレンジを考えるとよいでしょう。

■「取り急ぎお礼まで」言い換えフレーズ例
  • 「一刻も早く感謝の気持ちをお伝えしたく、連絡いたしました」
  • 「会ってお礼を言いたいのですが、その前にメールでもお伝えしたく……」
  • 「他にもお話したいことはあるのですが、先に感謝の気持ちを伝えたくメールしました」
■親しい関係性の相手向け、カジュアルな言い換えフレーズ例
  • 「メールというのもなんですが、早くお礼をお伝えしたく」
  • 「バタバタしておりますが、とにかくお礼を伝えたく」
相手への敬意は、文章や態度などで総合的に伝えることができます。言い回しを切り取って正しいかどうか考えるよりも、相手との関係性や気持ちが届くことを優先してアレンジしてみてください。

【参考文献】
※1 小原佳那子 (2015).『日本語のメール・手紙文末における 「マデ」 の意味機能』学習院大学国際研究教育機構研究年報, (1), 23-32.
※2 飯間浩明. Twitter(@IIMA_Hiroaki). (2021年5月19日閲覧)
※3 大石初太郎 (1966) 『正しい敬語:あなたは言葉で評価される』 大泉書店.
※4 『徒然草』第22段
※5 井上史雄 (2017).『新・敬語論――なぜ「乱れる」のか』 NHK出版新書.

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