佐藤隆紀 86年福島県出身。国立音楽大学で声楽を学び、卒業後ボーカルグループLE VELVETSでデビュー。アルバム発表、ライブ活動で人気を得る一方で15年『タイタニック』でミュージカルに初出演。以降『エリザベート』『スカーレット・ピンパーネル』『キューティ・ブロンド』『マタ・ハリ』等の舞台で活躍している。(C)Marino Matsushima
そんな彼がこの度『レ・ミゼラブル』オーディションに挑戦し、みごとジャン・バルジャン役に合格。2019年版の舞台を前に、名作中の名作に出演する意気込みとともに、これまでの歩みをじっくり語っていただきます!
“まずは挑戦”と思って受けた『レ・ミゼラブル』オーディション ――『レ・ミゼラブル』という作品に初めて触れたのは?
「小学生か中学生の頃に映画版を観て、すごく感動しました。(今から思えば)エポニーヌが全く出てこないし、歌もないバージョンだったのですが、バルジャンが改心して変わってゆく姿に感じるものがありまして。“志を高く持てば、人は変わっていけるのだな”と思いました」
――ミュージカル版とはいつ出会ったのですか?
「大学三年生でミュージカルを志して以来、いろいろな作品を知る中で、『レ・ミゼラブル』という作品のことも知ったのですが、実際にはなかなか観る機会がなく、やっと観られた時には改めて感動しました。最初の“ダ、ダ~ン”という前奏を聴いただけで、ぞくぞくしてきましたね」
――オーディションはどんな経緯で受けることになったのですか?
「いつか受けてみたかったのは確かですが、まだ早いだろうと思っていたところに、“受けてみませんか?”とお話をいただいたんです。“挑戦だ”と思って受けました。
すごく高い音があったりと技術面の難しさがあるのに加えて、“芝居歌”というか、オペラの世界では“いい声”で常に歌うことが求められるのとは違う歌唱が求められるんですね。この(ミュージカルの)世界に来て、感情をどう伝えるか、そこが大切だしお客様も求めていらっしゃると感じているのですが、その技術と心情を伝えることの両立がなかなか難しい役だなと思いながら、オーディションに向けて精いっぱい準備しました」
――まだまだお若い佐藤さん、最初はマリウス役を……という選択肢はなかったのですか?
「ないですね。一ミリも考えませんでした(笑)。マリウスはすっとしてかっこいい方がやるイメージがあったのですが、まず自分をかっこいいと考えたことがなかったので。僕はジャベールかバルジャン、特にジャベールかなと思っていましたが、バルジャンでぜひ受けるように勧められまして。
受けることで、この役に向き合おうとするだけで自分のスキルが上がるだろうから、落ちてもいい、(今回の経験を糧に)何年か後に受かるといいなあという気持ちで受けました」
バルジャンのナンバー「独白」「彼を帰して」の歌唱ポイント
――課題曲は?
「“独白”と“彼を帰して”です」
――“独白”が先、ですか?
「そうなんですよ」 ――(“独白”の)あの絶唱で声を出し尽くした後に、(“彼を帰して”の)高音を……。
「はい(笑)。“彼を帰して”のほうは自分としてはコントロールがきくのですが、“独白”ではオーディションの時、“君の優しいところが出てるけど、バルジャンはそれまで虐げられてきて、触れるものすべてが敵という感情の中で始まるから、最初から改心したような気持ちで歌わないで。はじめはもっととげとげしいような感覚で歌って、後半で変わるように歌ってみて”と言われました。
ところがそれを意識すると、歌に集中できなくなるというか、技術的に(譜面に書かれていることを)ちゃんと歌うというのが難しくなってくるので、両立するのが自分の中で課題でした」
――そこで求められた荒々しい部分というのは、ご自身の中にはないものですか?
「あんまりないですね。人を恨むようなこともなければ、喧嘩もあまりしないですし、怒鳴ったこともほとんどないですし……」
――ご自分の中に要素のない役へのチャレンジだったのですね。
「そういう役のほうが面白いんです。以前、いわゆる“悪役”をやって、自分とは正反対の役を演じる楽しさや、こうしてみようといったアイディアが湧き上がってきて。そういう経験から学んだこともふまえて、オーディションに臨みました」
――もう一曲の“彼を帰して”には、どうアプローチされましたか? 「この曲では、バルジャンは“神様”の存在を強く意識しているわけですが、オーディションでは、“明確に神を感じて、そこと繋がることを感じながら歌ってほしい”と言われました」
――日本では“神”といってもいろいろなイメージがあると思いますが……。
「この作品では明確に、キリスト教における神です。それは揺るがないと思うけど、個人的には“信じる心が大切”だと思っています。
見えない力と言うのは絶対あると思うし、僕もステージに立つときに、どんな演目であれ、ステージの神様に祈ってから立っています。やはり信じる心というのは大事なものであって、そこには言葉では言い表せない深いものがあると思います」
――バルジャンが、コゼットや(彼女が愛する)マリウスを身を挺して守ってゆくのは、やはり“神との約束”ゆえでしょうか?
「神との約束ということももちろんありますが、彼自身の中にある良心も大きな要素かもしれません。何か(重要な局面に)ぶつかったとき、良心と葛藤しながら、行動していった結果なのかなと思います」
環境によって秘められていたバルジャンの本質が、きっかけを得て現れる ――そしてバルジャン役が決定。このお役ですが、すさんだ人物から無償の愛を体現する人物へと、大きな変化を見せますね。
「環境が人を変えていったのかな。荒々しい人物として登場し、後に改心するジャン・バルジャンですが、実ははじめにパンを盗んで捕まったのも、自分が空腹だったからというより、困っている(妹の)家族がいたため。安易ではあると思いますが、彼らを助けようとパンを盗み、(投獄されたことで)どんどん心がすさんでいきます。
そして後年、変わってゆくわけですが、実は彼自身の本質は変わっていなくて、環境と経験が人を変えるんだと思うんです」
――実はもともと彼の中に合ったものが、銀の燭台の件をきっかけに呼び覚まされた、と?
「だと思いますね。逆に荒々しい部分も、彼の中にはもともとあった。悲惨な環境のせいでそれが表に出てきていた。愛を知ったことで彼は変わり、そして強くなっていく。“独白”はその変化の瞬間をとらえたナンバーだと思います」
ジャベールの心に刺さったバルジャンの言葉
――バルジャンと彼を執拗に追うジャベールとの関係性もこのドラマの見どころです。二人の間でいつしか優位性が変わって来ますよね。
「それも、生まれてきた環境が二人を作ってきたのかなと思います。僕からすれば、バルジャンは優位に立っている感覚ではないですね。自分が信じたものに従って生きていた結果、いつしかそういう関係性に見えるようになったということであって。
今の時点で僕が思うのは、終盤、バルジャンはジャベールに対して(人としての生き方を)諭すというより、僕はこう生きているんだと語りかけただけであって、それがジャベールの心に刺さったのではないかなと思います」
――近年は世界的に若いバルジャン俳優が続々誕生していますが、若手としてどんな表現ができると感じていらっしゃいますか?
「オーディションで、僕ははじめ大人っぽく声を作っていたのですが、“君は若いんだからもっと若いバルジャンでいいんだよ”と言っていただけたんです。そこであまり(劇中の年齢を)気にせず、声も作らずやった結果、とてもナチュラルに自分を出せるという感覚がありました。
もちろん役的におかしくなってはいけないけれど、エネルギッシュな部分であったり、いい部分が出るように演じたいとは思いますね」
――ご自身の中で、“チャレンジ”だと思っていらっしゃる部分はありますか?
「僕は今回が初めての主役なんです。一つの作品をしっかり突き詰めて役になって、バルジャンという人生を生きたいですね。場面的には、やっぱり“独白”でバルジャンが変わっていくまでのプロローグをしっかり表現出来ないと次に進めない、まずはそこを精いっぱい、楽しみながら作っていきたいなと思っています。
歌手目線で言うなら、今まで歌ったことのない歌がいっぱい出てくるので、そこもトライしないといけませんね」
先輩からのアドバイスを胸に
――“彼を帰して”の高音は佐藤さんからしても高いですか?
「高いです(笑)。しかも、以前はキーを下げて歌うということもあったらしいんですが、新演出になってからは音は下げずに歌うということになったんですよね。
『マリー・アントワネット』で(同じくバルジャン役の吉原)光夫さんとご一緒だったので“あそこ、音高いですよね”とご相談しました。光夫さんは“いやいや、高いって気にしちゃだめだよ、そこに囚われちゃ。バルジャンは(気にするポイントが)もっともっとあるんだよ”とおっしゃって、僕も“そうですよね”と頷いて。
“独白”についても、光夫さんから、“気持ちで負けちゃいけない”とアドバイスをいただいています。“バルジャンは冒頭から独白を歌うまで、ぼろぼろになるほど精神的に追い込まれていくから、そこで負けないように精神的な強さをつけていかないと”と。心強いアドバイスをいただきました」
――どんな舞台にしていきたいと思っていらっしゃいますか?
「すべてはお客様のためだと思っています。お客様が観終わって、何かこの作品から自分の人生にとってパワーになるものとか、生きていく上でのエネルギーを得たり、落ち込んでいた気持ちが晴れやかになったら。そんな作品になったらいいなと思っています」
*次頁で佐藤さんの「これまで」をうかがいます。学校の先生を目指していたという彼が声楽の道を志したきっかけとは?