未曽有の海難事故を通して、究極の状況における人間の真の姿を描くミュージカル『タイタニック』。日本でも何度か上演され、2015年に登場して絶賛を浴びたトム・サザーランド演出版が、一部に新キャストを迎え、待望の再演を果たします。
『タイタニック』
《目次》
- ミュージカル『タイタニック』とは?
- 藤岡正明さん(機関士・フレッド役)インタビュー
- 相葉裕樹さん(二等船室客・チャールズ役)インタビュー
- 鈴木壮麻さん(スミス船長役)インタビュー
- 渡辺大輔さん(三等船室客・ジム役)インタビュー
- 安寿ミラさん(一等船室客・アイダ役)インタビュー
- 加藤和樹さん(設計士・アンドリュース役)インタビュー
- 2018年 ミュージカル『タイタニック』観劇レポート
モーリー・イェストン(『ファントム』)が作詞作曲、ピーター・ストーンが脚本を担当したミュージカル。1912年、英国サウサンプトンからニューヨークへ、処女航海に出た豪華客船「タイタニック」が氷山に衝突し、浸水のため沈没。救命ボート数が足りず、1500人以上の人々が亡くなった事件を通して、人間の愛や尊厳、弱さや科学万能主義への警鐘を、ドラマティックな音楽とともに描き、97年のトニー賞では作品賞はじめ5部門を受賞しました。
藤岡正明さん(機関士フレッド・バレット役)インタビュー
藤岡正明 82年東京生まれ。01年に歌手としてシングル・デビュー。05年『レ・ミゼラブル』マリウス役でミュージカル・デビューし、以後『ミス・サイゴン』『グランドホテル』『ビリー・エリオット』『ジャージー・ボーイズ』等で活躍。7月22日にライブ「藤岡正明ミュージカル・コンサートM’s Musical Museum Vol.4」を開催予定。(C)Marino Matsushima
“犠牲者たちへの“強い想い”をもって、誠実にバレットを生きたい”
――藤岡さんにとって『タイタニック』はどんな作品でしょうか?「一言では言い表せないですね。役者をやっていると、たくさん作品に関わらせていただいているうち、振り返って正直“あれはいつやった作品だっけ?”ということもあるのですが、『タイタニック』は痛烈に印象が残っています。作品もキャストも素晴らしかったし、みんな仲もよくて。すべてをまとめていた(演出家の)トム(・サザーランド)の力が大きいのかなと思います。悲劇ではあるけどロマンティックなもの、美しいものがちりばめられた演出でしたし、皆が同じ方向を向いて、大きなエネルギーを共有できました。若手から大御所の方まで、気を遣わないで一つになれたけど、そういう作品、珍しいんですよ」
――“ロマンティックなもの”というのは、愛であったり、人間の尊厳というようなことでしょうか?
『タイタニック』2015年公演より。撮影:宮川舞子
このシーンでトムが、この通信室はバレットが見たことないような機械がたくさんある部屋なんだ、部屋をよく見てほしい、というんです。僕ははじめ、そんな部屋に来たら固まってるだけじゃないかと思っていたけど、そうじゃなく、二人の間にはかわいらしいやりとりがあって、それが結果的にロマンティックに、詩的に映る。トムにはそれがわかっていたんですね」
――バレットには“バレットの歌”というソロナンバーがあり、もとは炭鉱夫をしていたということが語られますね。
「そうなんです、ステップアップしたかった彼は“これからは船(の時代だ)”と思って、炭鉱夫を辞めてボイラーマンになった。でも、ここでも結局何も変わりはしないんだと悟るナンバーです」
――登場人物の中でもかなり長いモノローグ的なナンバーで、作者はこの人物をある種、作品の“芯”に据えているのかなという気がします。
「淡々と語るようなナンバーなので長く感じられるけど、時間的にはそれほどではないんですよね。でも確かに『タイタニック』という作品は、船が沈んでゆくドラマを主軸としつつ、バレットのナンバーが象徴する“階級による格差”も大きな要素となっています。船には一等から三等まであって、三等客のほとんどはアイルランド系などの移民。安い給料で畑を耕していた小作人が、(新天地のアメリカに)夢を持って渡ろうとしていて、船に乗れるだけ運がいい人たちです。そしてバレットがいるボイラー室は、三等のさらに下。そこで朝から晩まで石炭をくべるのが仕事です。
炭鉱の世界から、夢をつかもうとして新たな世界にやってきたけど、ダメだった。大きな劣等感と挫折があったとは思いますが、それでもバレットというのはどこかに希望を持っていたと思います。だからこそ、最後に人助けをして死んでゆく。トムも、僕に“君はいい人だから、ネガティブな人をやらせたくない”と言ってくれるんですよね。たぶん、恋人という心の支えがあることで、希望を持ち続けたんでしょう。だから、この恋人は劇中、登場しないけど、僕が彼女をどのくらい思い浮かべて、愛情を届けられるかが大事なのかなと思っています」
――その最期ですが、バレットは一度は救命ボートを漕ぐ係に指名されかかるも、ジムという三等客にその役目を譲って船に残ります。なぜあの瞬間、そういう決断をしたのでしょうか?
「なぜでしょうね。このジム・ファレルを、自分と重ね合わせたんじゃないかな。ジムは船で出会った女の子と恋に落ちていて、彼女はお腹の中に、ジムとの子ではないけれど赤ちゃんがいる。それを知ったバレットは、もしかしたら自分の恋人は違う人を見つけられるかもしれないけれど、ジムが死んだらこの女の子と子供は路頭に迷ってしまう、ということを考えたのかもしれません。それに、(考える)時間がない中で、冷静でいられなかったと思いますし……。
これは僕自身の体験談なのですが、今年の頭に娘が高熱を出して、車に乗せて病院に向かっていたら、一台の車が雪で(スリップして)横になってしまっていたんです。周りの車はみんなよけていて、僕もあと5分で病院が閉まるというタイミングだったけど、その車をよけた瞬間に、“いや、ここだよな”と思った。そして娘に“ごめんね、待っててね”といって助けに行ったんです。結果的に病院には遅刻して入れなかったけれど、別の病院が見つかって診ていただけたので、まあ良かったかなと。最悪のシナリオは“助けもしない、間に合いもしない”だったけれど、それは避けられたんですよね。
そういう行動が出来たのは『タイタニック』という作品の影響があったからかもしれないし、僕の中にもともと、少なからずバレットの部分があったのかもしれない。そう信じたい、と思いました」
――今回は待望の再演です。
機関士バレット(藤岡正明)
『タイタニック』の沈没は本当にあった事実。その実際のご遺族が僕らの舞台を御覧になるかわからないけれど、上演することにはそれだけで大きな責任があって、軽はずみにやってはいけない、と僕は思っています。ただきれいだったり、ただ悲しいものに仕上がってしまったら失礼だし、僕自身、そういう舞台をたまに観ると“嫌だな”と思ってしまいます。
トムの演出では、カーテンコールの時に、映画のエンドロールのように、タイタニック号で実際に亡くなった方々の名前が映し出されるのですが、そこには(このミュージカルと)同じ名前が出てくるんですよね。一列になってそれを見ている僕らの中には、強い哀悼の念、強い思いがないといけない。それがトムの(演出の)誠実さだし、『タイタニック』の強みでもある。僕らはそれを精いっぱいやるのみです」
――藤岡さんのこれまでについても、少しうかがわせてください。まず、藤岡さんはオーディション番組でデビューされたのですよね。もともとは歌手を目指していたのでしょうか?
「そうですね、もともとは曲を作りたかったのが、ひょんなことからオーディションを受けることになったんです。そして歌手としてデビュー後、18歳の時に『レ・ミゼラブル』のオーディションを受けませんかとお声をかけていただいたらしいのですが、当時の僕は音楽以外やる気はないというスタンスだったので、僕の耳に入りさえしませんでした。21歳くらいでまたお声がけをいただいて、ちょうどその頃、趣味で小説を書いていたこともあって、登場人物がどう考えてどう行動するかということに興味があって受けてみました。
が、“二度とやるものか”と思いましたね(笑)。それまで自分で曲を作って歌ってきて、“こういう風に歌いなさい”と言われたことがなかったので、オーディションで“この曲はこういうシーンでこういうふうに歌われます”と説明されたり、“もっとこういうふうに”と言われるうち“余計なお世話だ!”と思ってしまって(笑)。マネジャーに“絶対嫌だ”と言ったのですが、逆に“オーディションの様子を見ていてびっくりしたよ。これは何かのきっかけになると思うから、(一次に)受かったら絶対行って”と引っ張って行かれまして。その繰り返しで、気が付いたら合格していたんです」
――やってみたらミュージカルにはまってしまった?
「少しずつ“面白いのかな”と思うようになりました。それが“なんて面白いんだろう”に変わったのが、『ブラッドブラザーズ』の時。その前の作品『この森で、天使はバスを降りた』で初めて台詞がたくさんある役をやって、ダメダメだったんですね。いろいろアドバイスをいただいたけれど、皆さん言うことが違っていて“(芝居って)なんて難しいんだろう”となってしまって。それが『ブラッドブラザーズ』でグレン・ウォルフォードという演出家に出会ったら、彼女がマンツーマンでやってくれて、芝居ってなんて面白いんだろうと思えて。それからですね、芝居にもっと真剣に、自分から能動的に入り込んでいこうと思ったのは」
――筆者の中では特に、『ビューティフル・ゲーム』(2014)での、北アイルランド紛争に巻き込まれてゆく人懐っこい少年役が印象に残っています。
「『ビューティフル・ゲーム』は高校生の部活の話でもあるので、熱かったですね。皆で暑苦しく、踊りもぜいぜい言いながらやってました(笑)。役としては確かにあのジンジャーのような役はやったことがなかったけど、腑に落ちましたね。ワイルドな(『タイタニック』の)バレットと真逆のキャラクターでした。でも役者って、一つのカラーだけでなく、真っ白であったり、透明であればそこに色を入れていける。そうありたいなとは思います。実際のところ、いただくのは労働者役ばかりで、貴族役を演じることはないですが(笑)。プライベートでソファーに腰かけてシャンパンを飲んでいるというより、でれっともたれて缶ビールというイメージがあるのかもしれません(笑)」
――地に足をつけた人間を体現できる、ということではないでしょうか。最後に、表現者としてどんなビジョンをお持ちですか?
「役者として、歌手としてそれぞれにありますが、まず歌手としては、自分自身の音楽性があるし、あまり曲げられないところがありますね。シンプルに言えば、“シング・ライク・トーキング”。いろいろ表現しても、最終的には歌詞を伝えたいと思います。歌詞が聞こえ、そしてリズムに乗れる歌でありたい。“(僕って)かっこいいでしょ”という方向には走りたくないし、垂れ流されるくらいなら売れなくていい、とさえ思います。
いっぽう、俳優としては“嘘をつきたくない”と思う。例えば、芝居ではよく“テンポ感が大事”と言われていて、ある程度スピード感がないと、観ている側はダレてしまう。でもスピード感を出すことと何かの感情を端折るのは別で、次の脳みそに行きつくためには、点と点をきちんと結ばないといけません。
例えば、僕が飲んでいるペットボトルの水を、仲間から“ちょっと飲ませて”と言われた時、こちらが神経質な人間であれば、“え?そんなこと言われると思わなかった、でも嫌だというのも空気悪いしな……”という葛藤があるわけで、その感情を端折って“はいどうぞ”とすぐ渡してしまったら、ぬるっとした芝居になってしまう。台本を読み解く中で、そこに書かれていないことを端折らず、ビビッドに反応して芝居に組み込んでいくことが大事だし、それによって芝居は面白くなる。そういう部分もきちんとやれる俳優でありたい、と僕は思います」
*次頁で相葉裕樹さんインタビューをお送りします!