カーラが示唆した未来
デトロイトの主人公は3人。そのうち1人がカーラです
一方で、アクションゲームやシューティングゲーム程大きな恩恵を受けないかもしれないと思われていたジャンルの1つに、アドベンチャーゲームがあります。例えば探偵もののアドベンチャーゲームがあるとして、3D空間でキャラクターを操作し、自由に調べることができたら楽しいのか、本当にそれがアドベンチャーゲームに必要であるかは難しい問題です。
少し昔の話をします。2012年に開催された「Game Developers Conferenc 2012」で、フランスのゲーム開発会社である「クアンティック・ドリーム」が「KARA」というPlayStation3の技術デモムービーを披露しました。クアンティック・ドリームは「HEAVY RAIN 心の軋むとき(以下HEAVY RAIN)」というアドベンチャーゲームで有名な開発会社です。
KARAは、その名の通りカーラという名前のアンドロイドが誕生する瞬間を描いたムービーです。今観るとそれほど驚きはないかもしれませんが、PS3の世代としては非常に精細な映像で、肌の表現、キャラクターのモーション、豊な表情が描かれます。作られたばかりのカーラは、人の心が宿っています。そして、アンドロイドに心が宿っていることが欠陥だと言われ、即座に解体されていくのです。解体されることを拒むカーラ。まるで人間のように振舞うカーラが解体されていく姿に、心が揺れます。
KARAはその時、何のゲームでもない、短いデモムービーでしたが、HEAVY RAINという名作アドベンチャーを開発したクアンティック・ドリームが披露したことを考えれば、アドベンチャーゲームの未来を示唆するものだと言えました。こんなに生々しいキャラクターが動くアドベンチャーが作れたら、どれほど人の心を動かすだろうと。
そして今、その未来が訪れています。クアンティック・ドリームが開発し、ソニー・インタラクティブエンタテインメントからPlayStation4専用タイトルとして発売された「Detroit: Become Human(以下デトロイト)」に、カーラは主人公の1人として登場します。しかも、2012年のデモが古臭く思えるほどの、人間のような存在感を持つ、アンドロイドとして。
メニュー画面の美女に戸惑う
PS4のマシンパワーを存分に生かしたグラフィックは、ただ美しい以上の、感情を揺さぶる表現に到達しています
少し、ストーリーのお話をします。ストーリー後半の大きなネタバレはしませんが、どうしてもゲームをご紹介するには多少物語に触れる必要があります。一切ネタバレをせずにゲームを楽しみたいという方は、読む前に遊ぶことをお勧めします。
ゲームのタイトルになっているデトロイトは、アメリカ合衆国のミシガン州にある都市です。フォード・モーターなどの名だたる自動車メーカーが工場を構え、発展してきた自動車の街。そのデトロイトが、自動車の次にアンドロイド産業で栄えたとしたら、そんな未来を描くのがデトロイトというゲームです。その世界は、アンドロイドが当たり前の世界。まるで掃除機や洗濯機のようにアンドロイドが売られ、アンドロイドが雑用をこなし、街ではアンドロイドによって仕事を失った人々がデモをしています。バスに乗ると、アンドロイド専用の椅子が無いスペースが用意されていたりして、アンドロイドが存在する世界が細部にわたり表現されています。
プレイヤーは3人のアンドロイドの視点でストーリーを進めます。異常を持ったアンドロイドが犯した事件を担当するアンドロイドの捜査官コナー。著名画家の執事をしていたはずが、ある事件をきっかけに放浪の末、人間に従わないアンドロイドのリーダーとなるマーカス。そして、DVを繰り返す父親とその子供の父子家庭でメイドをするカーラ。カーラは父親からその子アリスを守るために、アリスと一緒に逃亡することになります。
プレイヤーはこの3人の視点で……と説明しましたが、それはやや語弊があるかもしれません。視点というより、3人になって、という方がより正確でしょう。
銃を手に取らなければ撃つこともない
椅子に座る、コップに水をそそぐ、日常のささいな動作もボタン入力で表現されます
その1つが操作方法です。デトロイトではプレイヤーはプレイヤーキャラクターを操作して、ゲームを進めます。キャラクターをスティックで移動させて、やりたいことがあればその場で必要な操作をします。
このゲームでは非常に細かくプレイヤーに操作を求めます。ドアを開けるのならば、スティックを回してドアノブを捻る動きをイメージした操作をします。電子書籍を読む時は、スライドパッドを使って、実際の電子書籍を読むかのようにスライド入力を。ボートに乗ればLボタンとRボタンでオールを握って、コントローラー動かして漕いでみたり。それらの操作は多岐にわたり、その都度画面に表示されます。
もしかすると、これを面倒だと思う方もいるかもしれません。しかしガイドはプレイしていて、だんだんキャラクターと一体感を持つ自分を感じました。そして実は、その細かな操作1つ1つの中に、つまりあなたがキャラクターを操作して、どこへ行き、何を見て、何を手に取り、誰とどんな話をするのかという1つ1つの中に、物語への影響を与えるものが潜んでいます。
例えば今、目の前に銃があるとして、その銃を手に取らなければ、未来あなたはその銃で助かることはできませんし、一方で、人を殺すこともありません。このゲームにおいて、銃を手に取るということは、そういう意味を持っています。もちろん、銃を手に取っても、撃たなければいいと思うかもしれません。確かにそうでしょう。しかしあなたは、いざその時がきたら本当に撃たずにすませられるでしょうか?
QTEというよりは、とっさの行動
とっさの時に、慌ててボタンを押し間違えば、ゲームの中のキャラクターも間違うのです
こういった特定の操作をとっさに要求する仕組みは、ゲーム業界ではクイックタイムイベント、頭文字をとってQTEと呼ばれます。ゲームの歴史的にはシェンムーやバイオハザード4でQTEが採用されたことが有名です。デトロイトにおける突発的なコマンド操作は、その部分だけを取り出せばまさしくQTEですが、ゲーム全体における役割を考えると、上記のようなゲームのQTEとはちょっと意味が違うかもしれません。
説明した通り、基本的に何をするにもこのゲームではコントローラーの操作でプレイヤーキャラクターの動作を表現しているのです。そして、物語の中で必然的に緊急を要する場合がある、というだけのことであって、唐突にQTEがはさまれるわけではありません。そして、QTEに失敗したということが何を意味するか、それは、前述のドアの例で言えば慌てていてドアの鍵を開けるのに手間取った、という選択をプレイヤーがしたことになり、その選択に従って物語が進むのです。
この手法は実に巧みで、選択肢をボタンで選ぶような場合でも、短い制限時間の中で選ばなければいけない場面があります。会話の中で、つい言ってしまった、というようなことがこのアドベンチャーゲームでは起こり得ます。予期せぬ出来事にびっくりして、とっさに取った行動で思わぬ事態に、なんてことも。その結果、プレイヤーが望まない結果をもたらすことがありますし、ガイドもプレイしていて後悔する行動や発言がいくつもあります。
もちろん、リセットしてやり直すことも可能です。しかし、最初のプレイはぜひやり直さず、失敗も含めて物語であると思ってプレイすることを強くオススメします。それを後悔する気持ちが、プレイヤーキャラクターの内面として表現されているようにも感じられて、物語に不思議なリアリティをもたらすのです。
そのうち、緊迫した場面では、本当に緊張感をもって、悔いのない行動をしようと心掛ける自分に気がつきます。まるで、画面の中のキャラクターのようにです。コナーやマーカス、カーラ達の運命を左右するような場面では、あなたがコントローラーを握る手にもきっと力が入ることでしょう。
あなたの世界の結末へ
世界のプレイヤーやフレンド達は、どのくらいの割合の人がどんな選択をしているか、知ることもできます。それも大変に面白いのです(イラスト 橋本モチチ)
自分の求めるような結末になるとは限りません。あらゆる行動、発言が、ままならないことがあります。ハンクというキャラクターがいます。あえてどんな容姿の、どんなキャラクターかは言いませんが、ガイドはこのハンクがこのゲームにおけるヒロインだと思っていました。ガイドから見ると、ハンクは愛らしく、どうしても振り向かせたいキャラクターでした。しかし、どうしても、どうしてもうまくいかないのです。そんなつもりじゃなかったのに……思わずそんな言葉が口からでそうになります。
しかし、どんな結末も、自分が一生懸命求めて招いた結果です。残念な結果には後悔しますし、求める結果が得られた時は本当に嬉しくなります。この感情は、小説や、ドラマや、映画とはまた違う、ゲーム独特の感情でしょう。圧倒的緻密さと密度で描かれる物語のもたらす没入感の中、登場人物の気持ちになりきり、自らの手で行動を選択し、そして得た結果なのですから。
ぜひ興味を持った方は、アンドロイドとなって、デトロイトに降り立ち、あなたの物語を体験していただければと思います。2012年にカーラが解体される姿を見てドキっとした気持ちは、デトロイトでは比べ物にならないぐらい、大きく、複雑なものとしてプレイヤーの心に訪れます。カーラが示した未来を、ぜひ体験していただきたいと思います。
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