「恐怖心で言うことをきかせる」は指導法として適切か

理不尽な指導に耐え続け、指導者の思うままに動いてしまうのは、「恐怖」を煽る指導を受け続けた結果であることが少なくない

理不尽な指導に耐え続け、指導者の思うままに動いてしまうのは、「恐怖」を煽る指導を受け続けた結果であることが少なくない

人を指導する際に、「簡単に言うことを聞かせる方法」があります。それは、相手の「恐怖」を煽ることです。例えば次のような恫喝が該当します。

・「言うことを聞かないと、殴るぞ!」(大人→幼い子ども)
・「これをやらないと、卒業させないからな!」(教師→生徒)
・「俺の言う通りにやらないと、試合に出られなくするぞ!」(コーチ→選手)
・「この仕事は絶対にやれ。失敗したらお前の席はないぞ!」(上司→部下)

危険な目に遭う可能性やキャリアや収入源を断たれる可能性を示され、生命や生活の安全を守れなくなる恐怖や、進路や自分の存在意義を絶たれてしまう恐怖を煽る言葉は、その場でとにかく「言うことをきかせる」という点においては効果てきめんのようです。

特に権威のある相手からこれらの言葉をぶつけられると、冷静な判断ができなくなり、指導者の言葉通りにやるしかないという心境になってしまいます。

ストレスで「扁桃体」が恐怖を感じると、冷静な判断が困難に

では、なぜ人は恐怖を与えられると、冷静な判断ができなくなるのでしょう。その謎を解くカギが、脳の「扁桃体」という部分にあります。扁桃体は、脳の側頭葉の内側にある神経細胞の集まりで、生命の維持にかかわる危険性を瞬時に評価し、恐怖などの情動反応の処理を司る部位です。脳における「危険アラーム機能」などと呼ばれています。

たとえば、人影まばらな道でふいに人に出くわすと、急に恐怖の情動に襲われて身構えてしまいます。これは、扁桃体が危険を察知してアラームを発したことによる防衛反応です。このように、扁桃体が正常に機能することによって、目の前の危機から脱する行動を迅速にとることができます。しかしこうした脳内アラームが過剰に作動する状態が続くと、大脳新皮質の前頭前野が司る合理的判断が働きにくくなってしまいます

大脳の前頭前野は、脳の中でも最も人間らしい機能を司る部位です。冷静で合理的に物事を考え対処できること、抽象的な思考や創造性を働かせること、他人の感情に共感できること。こうした人間らしい高度な思考や感情は、前頭前野が司っています。この前頭前野の働きを高めることで、子どもも大人も自分の能力を伸ばし、創造的で知的、そして人間味あふれる活動が可能になるのです。恐怖感を与える指導を受け続けることで、これらの脳の働きが鈍ってしまいます。

現代社会で生きる私たちには、生命に危機が及ぶような危険に遭遇する機会はさほど多くはないでしょう。しかし、ひどい言葉や態度で繰り返し恐怖を与えられて扁桃体のアラームが度々作動するような状況が続くと、そのたびに防衛反応を優先させなければならず、常に危険と隣り合わせで生きているような心境になってしまうのです。

恐怖を感じさせる指導……脳へのダメージは低年齢ほど深刻

幼い子どもほど恐怖の指導が脳に与える影響は深刻。激しい虐待を受けると脳が萎縮してしまう。

幼い子どもほど、恐怖の指導が脳に与える影響は深刻。激しい虐待を受けると脳が萎縮してしまう

虐待や体罰、いじめやパワハラを「絶対にしてはいけない」と言われている理由も、このためです。つまり、これらの恐怖の指導を受け続けると、脳の働きを偏らせ、その人本来の能力の発揮を阻害してしまうためなのです。

恐怖の指導が脳に与えるダメージは、幼少期ほど深刻です。福井大学の友田明美教授らの研究によると、幼少期に激しい体罰を受けた子どもの大脳新皮質の前頭前野は約19%萎縮し、その他複数の脳の部位の正常な発育も阻害することが分かりました。

また、体罰やいじめ、パワハラのように、恐怖を与える指導や行動が繰り返されると、脳の扁桃体の興奮をもとに防衛反応が優先され、冷静な判断ができなくなるのは先にお伝えした通りです。こうした指導を受け続けてきた人に「なぜ言いなりになっていたの?」と問うことがナンセンスなのも、このためです。

恐怖を与える指導がなくならない理由と解決法・対策法

上のような機序から、恐怖の指導を受け続けている当事者に、指導者に直接交渉し、合理的に話し合うことを期待するのは、そもそも非常に難しいことであると考えられます。

そして指導者自身、自らの行動の不当性を自覚していける人は、そう多くはありません。なぜならこのような指導者は、所属する家庭、学校、会社・組織などの環境内で絶大な権力を持っていることが多く、周囲も進言できない地位にあることが多いためです。自分の指導を客観性に振り返る機会がないため、極端な指導がエスカレートしていくと、暴力や犯罪、自殺などの大きな問題が発生してから露見することも少なくありません。

このように悲惨な結末にならないためには、被害者が恐怖の指導を受け続ける苦しさに気づいた時に、まずその人から離れることです。離れた後のことは、周囲に相談しながら考えていきましょう。相談できる窓口として、家庭の問題は保健センターなどの地域の相談窓口、生徒や学生はスクールカウンセラーなど、パワハラは職場内外の相談窓口があります。

とはいえ、当事者のみでは解決に向けた合理的な判断がしにくく、上のような窓口を探し当てて相談に行くことも難しいことが多いのが実情です。したがって、周囲の人が当事者に声をかけて気持ちをじっくりと聞き、相談窓口につないだり、一緒に問題の解決を考えていったりできるよう、働きかけていくことがとても大切だということを、ぜひ覚えておいていただければと思います。
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