ミュージカル/注目のミュージカルレビュー・開幕レポート

2018東京ミュージカルフェス・トークショーレポート

2018年3月、「東京ミュージカルフェス」の一環として実施された「ミュージカル・スペシャルトークショー」。ミュージカル界で活躍するスターやスタッフが集い、「海外ミュージカル」「オリジナル・ミュージカル」をテーマに、大いに語り合いました。二日間とも大幅に時間超過するほど盛り上がったトークの様子を、たっぷりレポートします!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

3月26日が「ミュージカルの日」であることをご存知でしょうか。ミュージカル文化振興を目標として設立された「Musical Of Japan」が2016年に制定したもので、以来毎年、この時期に「東京ミュージカルフェス」を開催、様々なイベントが行われています。
第三回東京ミュージカルフェス

第三回東京ミュージカルフェス

その中で3年目の今年は25日、26日の二日間にわたり、豪華な顔ぶれのトークショーが実現。時を忘れるほどの濃密なひとときでは、どのようなお話が飛び出したでしょうか。本稿では両日の内容を、読みやすく整理してレポート。出演者・スタッフのミュージカルに懸ける熱い思いを感じていただきつつ、ミュージカルの観方が広がる機会となりましたら幸いです。

【目次】
  • 3月25日『海外ミュージカルの醍醐味』(本頁)
  • 3月26日『オリジナル・ミュージカルに懸ける夢』(2頁、3頁)

第三回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」
『海外ミュージカルの醍醐味』
(2018年3月25日、東京建物八重洲ホール)

両日とも発売直後にチケットが完売した、今回のトークショー。こぢんまりとしながらも趣あるホールにプラチナチケット(?!)を手にした方々の熱気立ち込めるなか、一日目のプログラムがスタートしました。

はじめに主催であるMusical of Japanの角川裕明さんが挨拶、東京ミュージカルフェスの沿革を語ります。そして企画・司会役である筆者・松島がマイクを受け継ぎ、さっそく第一部のゲスト、岸祐二さん、入絵加奈子さん、綿引さやかさん、法月康平さんが登壇。

岸祐二×入絵加奈子×綿引さやか×法月康平
『In This House』を語る

第3回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『海外ミュージカルの醍醐味』よりundefined写真提供:Musical Of Japan

第3回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『海外ミュージカルの醍醐味』より 写真提供:Musical Of Japan

「通し稽古をやってから駆け付けました」(法月さん)という皆さんが取り組んでいるのは『In This House』(4月4~15日、東京芸術劇場シアターイースト)。とある廃屋で偶然出会った二組のカップルが対話を重ね、互いの人生を見つめなおす物語です。「アメリカの空気を纏いながらも普遍性のある、味わい深い作品」(岸さん)、「今の自分の気持ちにもリンクします」(入絵さん)、「初めて台本を読んだ時に、自然に映像や音楽が浮かんだ(ほど魅力的だった)」(綿引さん)と、その第一印象が語られるなか、法月さんは「初めて読んだとき、意味がわからなかった」と率直に告白。どうやらさらりと読んだだけではわからない“仕掛け”のある作品であることが分かったところで、本作の宋プロデューサーが上演理由を説明。「きっかけとしては偶然ネットサーフィンをしていて発見したのですが、台本を取り寄せたら芝居と歌がちょうど半々のボリュームで、僕らがやりたいと思っている“手触りのある”作品だった」のだそうです。
『In This House』

『In This House』

続いてそれぞれが演じるキャラクターについて、岸さん演じるヘンリーは「人生でやり残したことがある、60代半ばの男。妻ルイーサとの間で起きていることについて、どう前向きに取り組もうかと考えている、素朴で優しい男」、入絵さん演じるルイーサは「普通の主婦ですが、人生で最も深い悲しみを抱えていて、それにずっと耐えている。専業主婦の生活感が出せれば」、綿引さん演じるアニーは「野戦病院などで働くトリアージ・ナースで、ジョニーと2年ぐらい恋愛中。彼が育った愛情いっぱいの家庭に憧れつつもそれが眩しすぎる、複雑な影のある人物です」、そして法月さん演じるジョニーは「警官で、バスケや小説を書くのが趣味。家族もアニーのことも大好きなまっすぐな人物だけど、人生はそれだけでは送っていけないことに、ヘンリーとの会話を通して気づかされる」とのことですが、法月さんはここでも率直な思いを吐露。

「稽古をやっていると、ジョニーの状況は役者としての自分とも重なってきます。これまで2.5次元ミュージカルにたくさん出演してきて、今回、初めてこれほど少人数の(演劇的な)作品に取り組んでいますが、稽古で演技とはこういうものだろうと思って演技をすると、全部……とは言わなくても、8割方でダメを出されてしまう。少人数の芝居だと(足りない部分が)全部ばれてしまうと気づかされ、役者としての引き出しを増やす意味でもこの作品は僕にとって大事な作品になる、“男として覚悟しなくちゃいけない”、とジョニー同様に思いながら(稽古を)頑張っています」。大きな拍手が起きると岸さんが「(拍手を)いただけて良かった。(物語の)結末を言うんじゃないかと思ってハラハラしたよ」と笑わせ、和やかムードに。
第3回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『海外ミュージカルの醍醐味』よりundefined写真提供:Musical Of Japan

第3回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『海外ミュージカルの醍醐味』より 写真提供:Musical Of Japan

音楽についても「それぞれのメロディがすごく自然で、急に音楽がかかる感じではなく、その前からずっとその人のライフストーリーのBGMとして流れている。そこからしゃべりだすように歌に入っていくんです」(綿引さん)など、皆さんかなりお気に入りらしく、最後に入絵さんが「お客様は劇場に慰めを見つけにいらっしゃる。演劇とは鎮魂なのだ、と演出の板垣(恭一)さんがいつもおっしゃっていて、私はとても共感するのですが、この物語を通して皆さんも気持ちが浄化されたり感動していただけると思います。ご自身の物語を見つけにぜひ観に来てください」と呼びかけました。
第3回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『海外ミュージカルの醍醐味』よりundefined写真提供:Musical Of Japan

第3回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『海外ミュージカルの醍醐味』より 写真提供:Musical Of Japan

ここで岸さんが「(主催の)conSeptさんの取り組みを知ってほしい」と、宋プロデューサーにマイクをバトンタッチ。本作で始まった日本語・英語の字幕サービス(聴覚障がい者と外国人が対象)と、ミュージカル振興のため学生に無料でチケットをリリースするカルチケ(カルティベート・チケット=耕すチケット)制度が紹介されます。熱い思いと笑いが交錯したトークは、法月さん&綿引さんの明るくコミカルな「Casa D’Amato」、岸さん&入絵さんの味わい深い「The Days that Passed by」の2曲の楽曲披露で締めくくられました。(ピアノ伴奏・西出真理さん)

吉原光夫×西川大貴
『お月さまへようこそ』上演に向けて

第3回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『海外ミュージカルの醍醐味』よりundefined写真提供:Musical Of Japan

第3回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『海外ミュージカルの醍醐味』より 写真提供:Musical Of Japan

続いては音楽劇『お月さまへようこそ』(4月25~29日=CBGKシブゲキ! 27日に追加公演有)から、演出の吉原光夫さん、俳優の西川大貴さんが登場。過去にも本作を演出したことのある吉原さんですが、今回は「一緒にやりたいと言っていたメンバーで集まって、3つの脚本をプレゼンしたら、みんながやりたいと言ったのがこの作品」で、上演が決まったのだそう。西川さんは「6本の短編で構成されている戯曲ですが、登場人物が全員どこか不器用だったり、葛藤を抱えてもがいている。海外の作品だけど僕らが2018年の日本でやる意味がある」と感じたのだそうです。

『お月さまへようこそ』

『お月さまへようこそ』

タイトルにも登場する「月」について、吉原さんは「自分は超現実的な人間だけど、どこかで人間と月が密接にかかわっている気がして、好きなんですよ。本作では月をメタファーとして登場人物たちが特別なエネルギーで満たされる、そして次のステージに行くということが描かれている」ととらえているそう。稽古は今は本読み……というより、皆で集まってはテーブルゲームをしている段階で、吉原さんは「みんなの手札を読んでます」(笑)。西川さんは「商業(的な舞台)では時間の制約ですぐ立ち稽古に入るけど、こうやってしっかり時間をとって読み合わせができるのはとても大切なこと。響人ならではです」と強調します。

ちなみに“響人”とは今回の主催団体で、09年に元・劇団四季の俳優たちが「挑戦的な演劇を目指して」立ち上げた劇団と言われていますが、吉原さんは「挑戦するつもりはないです(笑)。こんな面白い戯曲があるんだぜ、と言える場所がいつになったら来るんだろう、無いなと思った時、じゃあ自分で作ろうと思ったんです。劇団というより“プロデュース枠”という感じですね」と説明。西川さんは「ふだん、商業で仕事をしていると戦闘モードでないと戦えないけれど、装備を外して芝居と向き合えるのが響人。でもここにもモンスターがいるので(と吉原さんを指し)、装備を外すと思いもしない横やりが入る(笑)。演劇と真剣に向き合えるという意味で、とても大切なカンパニーだし、吉原さんとの創作は自分の中では特別な時間」と語ります。

“吉原さんから見た俳優・西川さん”像をうかがうと、「芸術に届くために精進したり頭を使っているという意味で、本当のアーティスト。俺には到底到達できない」、“西川さんから見た演出家・吉原さん”は「演出家というと“先生”というイメージを持つ人もいるけど、光夫さんは“整理する係”。(一緒にやっていて)面白いし、そうあるべきだなと思います」と互いの信頼の厚さのうかがえるコメントが交わされましたが、その後お二人の“まるで漫才”なやりとりが展開、場内は笑いの渦に。
第3回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『海外ミュージカルの醍醐味』よりundefined写真提供:Musical Of Japan

第3回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『海外ミュージカルの醍醐味』より 写真提供:Musical Of Japan

本題に戻り、どんな舞台になりそうかお尋ねすると、「テレビ番組などの影響で、最近は説明しすぎている作品が多いけれど、それって感性をコントロールすることになりかねない。僕らの芝居はそうではなくて、説明も分かりやすくもしません。想像力で夢にもなるし地獄にもなる、そんな舞台になると思いますね。あとは多くの方が信頼している役者さんたちが、心を使って演じてくれるので、間違いはないでしょう。任せきってリラックスしています(笑)」(吉原さん)、「抽象的な話に聞こえるかもしれないけど、実はめちゃくちゃ具体的で、今の僕らに響く内容です。感覚的に楽しんでもらえれば」(西川さん)とのこと。最後に西川さんが楽曲「君がかわいい16歳だったころ」を披露しましたが、このバージョンは前回の公演で使われたオリジナル曲で、今回、本番では使われない可能性が高いとのこと。一同、心して聴いたところ、そのみずみずしい楽曲と歌唱とに会場全体が引き込まれ、吉原さんも変心? 本番ではどうなるか、新たな注目ポイントが生まれました。

座談会「海外ミュージカルの醍醐味」スタート!
第3回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『海外ミュージカルの醍醐味』よりundefined写真提供:Musical Of Japan

第3回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『海外ミュージカルの醍醐味』より。座談会では初対面の法月さんを「以前から気になっていた」という吉原さんが”いじる”場面も。「2.5次元と一般ミュージカルとどちらが楽しい?」の問いに「生きてる気持ちがするのは一般ミュージカル」と答えた法月さんですが、それに続く何ともユーモラスな本音?!に会場は大いに沸きました。写真提供:Musical Of Japan

いよいよ、全員での座談会。再び『In This House』組の4名にもご入場いただき、“海外ミュージカル”がテーマのお話が始まります。

まずは、多くの人にとってミュージカルの原体験と言えば海外ミュージカルでは、と考えられることから、皆さんに“生まれて初めて観たミュージカル”をうかがってみると、「専門学校時代にミュージカル・マニアの同級生が見せてくれた、『クレイジー・フォー・ユー』の映像」(吉原さん)、「11歳のころ、タップをやっていて出演することになった『アニー』」(西川さん)、「小学生の時、学校で日生劇場に観に行った『魔法をすてたマジョリン』(注・劇団四季のオリジナル・ミュージカル)、楽しかった」(岸さん)、「映画の『ザッツ・エンタテインメント』で初めてアステアやジーン・ケリーの演じるミュージカルに触れ、なんだろうこのわくわくする世界はと思った」(入絵さん)、「4歳ぐらいの時に、福岡のキャッツシアターで観て、暗闇の中の猫目に号泣して客席から出された『キャッツ』」(綿引さん)、「おそらく幼き頃に家族で観た劇団四季のミュージカル」(法月さん)とのことで、やはりどちらかと言えば、海外作品を通してミュージカルと出会う方が多い模様です。

自分を“遠いところ”に連れて
いってくれたミュージカル

海外ミュージカルの第一の魅力と言えば、瞬時にして私たちを古今東西、様々な場所へといざなってくれる点。いわば日本に居ながらにして自在に、それも臨場感たっぷりに“旅”をさせてくれるのがミュージカルですが、演じ手の側はどうとらえているしょうか。

これまで演じた海外作品の中でも、最も自分から“遠い”ところに行けたと感じた作品を尋ねると、岸さん、西川さんから挙がったのが『レ・ミゼラブル』。もっとも、文化圏的な遠さという意味ではなく、「それまで、決められた場所にいって決められた声量でしゃべるのが芝居だと思っていたけど、そうじゃないんだと気づかせてくれたし、ミュージカルという形式は言葉だけでは届かない世界にジャンプできると経験させてくれました」(西川さん)、「僕は(戦隊)ヒーローをやっていたのでそもそもが日常から遠いところにいたけれど(笑)、『レ・ミゼラブル』に出会って役者としての居場所がやっと見つかった、ミュージカルを続けていきたいと思えました」(岸さん)と、表現者として大きな転換点となったことが理由のようです。

綿引さんからは『リトル・マーメイド』(「初めて劇団四季の舞台に出演したことで、違う国にいったような感覚がありました。最初に(人魚の)泳ぐポーズを1時間ぐらいずっと練習して、横を向くときも水の抵抗があるからこう動くんだよと教えていただき、帰途、コンビニの角を曲がるときもその動きになっていました(笑)」)、入絵さんからは2.5次元の先駆的作品『ナースエンジェルりりかSOS』(「アニメのキャラであるということ以前に、人間でないという点で“遠かった”です」)が挙がり、逆に2.5次元ミュージカル出身の法月さんからは「僕は最近、演じることが多い“人間”役のほうが遠くて、2.5次元に出るとむしろ安らいでいる自分がいます。その状況を打破したいです」とのコメントが。

言葉と音楽を巡るあれこれ


ここで、問題提起をしてくれたのが吉原さん。「基本的に、海外作品は全部、“遠い”んですよ。文化の差が邪魔になって、どれだけ必死にやっても難しい。だから、例えば笑いを翻訳するにも、福田(雄一)さん(演出作)みたいに、一つの笑いをピックアップするために日本の砲弾(ネタ)をいっぱい打っていくという方法しかなくなるんですよ」と、海外ミュージカルを上演する上での課題が語られ始めます。

例えば吉原さんがゲイの父親役を演じた『ファンホーム』では、「まずLGBTの受け止め方がアメリカとは違うので、僕のキャラクターも変更に変更を重ねたし、冒頭、ヒロインが“私はレズビアンで漫画家になった”というと、アメリカでは“Yes!”というリアクションだけど、日本では客席が固くなってしまう。ここをどう乗り越えるか」が大変だったそう。さらに『In This House』が複数の人種の登場する作品であることを岸さんから聞くと、「人種の表現も難しくて、以前、アフリカ系アメリカ人の振付師の前で、アフリカ系を演じるので黒く塗って演じた時、彼が悲しそうな眼をしていて……」という体験談が。綿引さんからは「私が出た演目では演出家が逆に“絶対に肌を(黒く)塗らないで、それは差別に繋がるから”とおっしゃっていました」という例も語られました。

もう一つ、海外ミュージカル上演の難しさとしてよく語られるのが“言葉”、とりわけ訳詞の問題です。英語は少ない音節に多くの情報が詰め込まれた言語だが、日本語はそうではないため、音符に乗せた時に圧倒的に情報が少なくなってしまう。「そうすると“詩的”になってしまうんです。ある一音に、英語だと意味のある単語が乗っているのに、訳詞だと“だ~!”しか乗っていなかったりするんです」と吉原さん。西川さんからは「あと、原語だと単語数がたくさんある中で、tsやfといった破裂音も多く使われていて、これがパワーの表現に使われていることも多いけれど、日本語訳では日本人に合った詩的な詞になっている(つまり音ではなく意味優先で言葉が選ばれている)。来日した演出家はそのニュアンスをとれるわけではないから、“そこもっと破裂!パワー、パワー”と言ってこられたりするんです」との指摘も。さらに吉原さんから「文法的に日本語と英語では主語と述語の順が違うから、動きでは先にネタバレしていて、あとで言葉が追い付いてくるということも結構ポップに起こります」と語られたうえで、「でも、希望もあります」。

生みの苦しみから、希望が生まれる。

それは何かというと、「日本語に訳す中で、(本来のニュアンスをいかに的確に伝えようかと)生みの苦しみを経験することで、もっとその作品を知ろうとするじゃないですか。最近はいただいた訳詞について、皆で話し合ったり、元訳(直訳の状態)を見る時間もある。すごくいいエネルギーが生まれています。海外では“いい曲だけ並べておけばいい”というノリで作られる舞台もあるけど、しっかり作り込むのは日本ならでは。そういう意味では、こういった難点は“醍醐味”なんです」(吉原さん)。力強い言葉に頷きつつ、入絵さんは「私は92年に『ミス・サイゴン』でデビューしたのですが、当時はまだミュージカルの公演自体少なくて、場数も踏んでいない中で、訳詞をお客様にきちっと伝える、ということにひたすら一生懸命でした。海外スタッフは“神様”で、物申すなんて考えられませんでしたしね。皆が歌詞について疑問点をそのままにしない今は、すごくいい時代になったんだなぁと思います」と貴重な体験を語ります。

もっとも、“状況”がそうさせる部分もあるようで、「例えば海外ミュージカルの場合、はじめは演出助手の演出を受けて、初日間近に演出家が来日してバトンタッチとなると、二人の言っていることが違っていることもある。そうなると日本人キャストが手を繋いで“この方向でやろう”と決めなくてはいけないですから」と吉原さんが述べれば、岸さんからは「クワトロ・キャストだったりすると、“誰が稽古するか大戦争”がまずあって、そこで4人の意見が違うと進まなくなっちゃったりもするけどね」との冗談半分、実感半分(?!)のコメントも。

さて、“言葉”ではなく音楽面に目を向けてみると、“アドリブの公式化”という現象が挙げられます。海外作品を日本で上演するとき、もともと作曲家が書いた譜面は途中で終わっていて、“あとはアドリブ”となっている。けれども実際のところ、それ以降もメロディは決まっていて、自由に歌えるわけではない。どういうことかというと、初演の際、ブロードウェイ等のキャストが自身の声域や“ノリ”(?)で歌ったものがいつしか“公式化”し、日本のキャストがアドリブを入れる余地は無くなっているというものです。

「それは普通にありますね」というのは吉原さん。西川さんが「逆に、オリジナル・ミュージカルをやると、こうやってアドリブが正式なものになっていって、それを崩す人をタブー視するようになるんだと分かります。もとは緩い感じでフェイクだったところが、譜面に書き込まれ、印刷されて皆に配られると、“これは絶対守らなきゃ”というものになる。そこに利点は一個もないと思うんだけど」の言に、「でも、ここにいるメンバーだったら(アドリブでも)何の問題もないけど、(公式のメロディが決まってないと)ひどいものをぶつけてくる人もいますから(笑)。任せて大変なことになるのなら、決めてしまった方が安定する。これも“醍醐味”かな」と、吉原さん。岸さんが「そういう話で言うと、譜面とは違うメロディが、CDに録音されたためにデフォルトになっている例もありますね。僕は楽譜通りに歌ってるのに、(初演の)CDを聴いたお客様から“違ってますね”と言われてしまう(笑)」と話を広げると、「それって徳永英明あるあるじゃないですか。ライブに行くと、あれ?CDのほう(のメロディ)で聞きたかったな、という(笑)」「玉置浩二あるあるでもある。ららら~って」と続く吉原さん、西川さん。すかさず「長渕剛あるあるでもある」と応じる岸さん、流石です。

ここまで挙げられてきたように、海外作品を日本で日本人が上演するにあたっては、様々なディスアドバンテージがあることは明白です。私たちが海外ミュージカルを観て感動できるのは、こうしたディスアドバンテージに対してキャスト・スタッフが正面から向き合い、イマジネーションと表現力、技量をもって一つ一つの課題をクリアしていらっしゃることによるものであって、決して作品のクオリティのみによるのではないことは、観客の側も心しておきたいところです。

お客様にも、求めていただけたら。

ここで吉原さんから、一つの提言が。「(海外作品に依存することには)限界を感じることもあります。日本には日本の良さもあるので、これからはもっと日本のオリジナル・ミュージカルを作っていかなくちゃいけないし、お客様にももっと求めて欲しいです。やはり僕らの仕事はお客様次第の部分もあるから、そういう声が高まれば、作れる環境ももっと増えていくと思う。作ったものに対してお客様が評価してくれれば、それだけで(オリジナル・ミュージカル文化が)育っていくと思うんですよ。2.5次元だって日本の大切な文化に育ってきているし。まずは“流れ”を作っていくことだと思う」。岸さんが「最近は新たな才能も現れてきていて、そういう人たちとオリジナルを作れたらいいな、どういう内容がいいだろうというのはMonSTARS(橋本さとしさん、石井一考さんとのユニット)でも話しています。まずは“作っていくこと”ですよね」とまとめ、皆さんが笑顔で頷いたところで、会はお開きとなりました。

*次ページで二日目『オリジナル・ミュージカルに懸ける夢』のレポートをお送りします!*


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