(3月26日東京ミュージカルフェス
スペシャル・トークショー「オリジナル・ミュージカルに懸ける夢」続き)

大・座談会「想像だにしないものの誕生に立ち会える、
それがオリジナル・ミュージカルの喜び」

第三回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『オリジナル・ミュージカルに懸ける夢』写真提供:Musical Of Japan

第三回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『オリジナル・ミュージカルに懸ける夢』写真提供:Musical Of Japan

そして第四部は、お待ちかねの座談会。ステージ狭しと椅子が並び、ずらりとゲストが揃います。まずは俳優の皆さんに、海外ミュージカルとオリジナル・ミュージカルの違いをどんな部分で最も感じるかをうかがうと、やはりはじめに挙がったのが、訳詞でした。

彩吹さんからは「まっさきに思うのは、英語のために作られたものを日本語で歌う大変さですね。英語と日本語のイントネーションは違うから、譜面を見て最初に歌うときに、このままだと盛り上がりにくいなとか、ここは大阪弁みたいになっちゃうから変えたいなとか、いろいろ作業が発生します。でもオリジナル・ミュージカルであれば、歌詞にあわせてメロディも作られているので、その作業がないという意味でひと手間違いますね」、続いて笠松さんから「海外ミュージカルをやっていると、メロディで一番大事なところが訳詞では助詞の“が~”になっていたりして、もどかしさを感じることはありますね」というお話が。

具体例として、木内さんからは「日本語に訳すとなった時に、例えば英語でparadiseというとparaとdiseの2音節で済むけど、日本語だとパ・ラ・ダ・イ・スの5音必要。『ミス・サイゴン』の"夢“(ユ・メ)も、英語だとdreamの一音節で済んでしまう。日本語に訳すと情報量が減るから、それによって俳優自身が表現しなければならなくなるんですよね」との例が。「でも、逆に言うと伝えたいことがよりシンプルになるのは、必ずしも悪くなることではないのかもしれませんね」と、考えながら木内さん。なるほど、役者さんにとっては表現力を発揮する場でもあるのですね。「そういうことなのかもしれません」

海外ミュージカルの翻訳の現場の様子を少しお話くださったのは神田さん。「僕もたまに参加させていただくことがあるのですが、翻訳家の方々は、稽古が始まる何か月も前から会議をされているんですよ。この言葉をこう訳すと日本のミュージカルとしてはふさわしくないとか、一つ一つの言葉について、ものすごい量の言葉が交わされている。苦しみながら丁寧に訳されています」。

もう一つ、外国人の感覚で動き、しゃべることを求められる時に抱く違和感を、笠松さんが指摘します。「海外で育った演出家の演出を受けると、彼らは“Oh, my God”という大きなリアクションをする文化で育っているから、感情表現を普通にやっていると“そうじゃないでしょ”と言われることがある。でも、日本人としてはそこで“オーマイガッ”とやることのほうが宇宙人のように見えてしまうわけで、その差を埋めてゆく作業が凄く難しいと思ったことはありましたね。

違う文化の中で生まれたものをどう日本テイストで演じるか。いわば日本にあるインド料理屋さんのように、“美味しいし、日本テイスト”な味で、と(笑)。オリジナル・ミュージカルであれば、そういう作業は無いですね」。作品によっては、海外ミュージカルの場合、一挙手一投足が“契約”によって決まっていることもある、と神田さん。

「『ミス・サイゴン』のような作品は、動きは全部決まっていて、その中でどう(自分の動きを)埋めてゆくかが要求されます。どうしてこう動くのかを尋ねても、そう決まっているからということが多いんですね。オリジナル・ミュージカルでは(こうした制約を)考える必要はないので、俳優としてのクリエイティブな部分が、オリジナルと海外ものでは全然違いますね」。

では、オリジナルミュージカルの“良さ”を抽出するとすれば、どういったことでしょうか? 彩吹さんからは、“日本人が日本人を演じる安心感”が挙がりました。「そこには逆に難しさもあります。やる人の人間性が現れてしまうので、試されてる部分もあると言えますね。でも、やはりストレートに日本語を話せるのはいいですね」。
『Suicide Party』写真提供:TipTap

『Suicide Party』写真提供:TipTap

笠松さんからは、まず詞とメロディのフィット感が挙がります。「日本語の詞を見ながら作られているので、イントネーションを素直に歌えるんです。(歌ってみると)言葉から音楽が生まれてきている感覚がありますね」。もう一つ、新作にオリジナル・キャストとして取り組む際の喜びが格別であることを、最近出演したTip Tapの『Suicide Party』を例に語ってくれました。「作品に取り組む時に、難しい部分があってなかなかうまくできなくても、作家の方は、ここを私に喋らせよう、任せようと思って書いてくださったのだと思うと、とても幸せで。感動することが多かったです」。

神田さんも“ゼロから作る喜び”を、「作者自身が稽古場にいるというのは大きいです。僕が台本を読んで読み取れることには限りがあるけれど、作った人はどう思って書いているんだろう、何が台詞に込められてるんだろう、これはもしかしたらこっちの意味で書いたのかということが、直接作者に聞けるし、台本をより深く読みこめる。もちろん海外ミュージカルでも、作者が来日されることもあるけれど、だいたいいらっしゃるのは初日(笑)。同じ言語を通して作品をより深く知ることが出来るのはオリジナルならではの楽しさだし、そのアドバンテージがあるだけ、(できないときは)誰のせいにもできないし、お前はもっと先に行けと鼓舞されているような感覚もあります」と語ります。
『Suicide Party』写真提供:TipTap

『Suicide Party』写真提供:TipTap

いっぽう、最近は簡単に“海外もの”“日本製”と分類できない作品も生まれていることを指摘してくださったのは木内さん。「オリジナルにもいろいろあって、本はアメリカ人が書き、それを日本人が書きなおして、作曲者はアメリカ人だけど編曲者は日本人。それを日本人キャストが演じる……というケースもあって、それは日本で作っている作品ではあっても、外国の方にお願いした音楽だから、“今はこういう感情ではなくなったからこう変えましょう”と言うことになっても、それを(ボツには出来ず)使わなくちゃいけない。話し合いの結果、メロディは変えないけど編曲や伴奏を明るくしようとか、演出を変えて俳優がその方向性で見せなくちゃいけないことも起こってきます。そういう意味では、(純粋な和製作品のほうが)アドバンテージがあって、自分の気持ちに正直に作れると感じます」

さて、このあたりでクリエイティブ・サイドの方々にも、お話をうかがいましょう。まず、海外ミュージカルは現地で一度成功したものが持ち込まれており、いわば“品質保証”されている作品ばかり。それらに対抗する作品を作る、というハードルを意識することはあるでしょうか?

「海外で作ってる人と特に違う感覚で作っているわけではないです」とおっしゃるのは上田さん。「海外で毎年、何百本と作られている作品との違いを意識することは無く、たまたま日本で作っているだけです。日本の場合、小さな作品が商業的に成功するというレールがあまりないけれど、僕らは自然に自分たちの目指すミュージカルを創っています。例えば僕の作品を“いつかシアタークリエで”というものはなくて、(観客に)届く距離で作品を届けられればいいなと思うし、日本で素敵と思ってもらったら、違う国に持っていけたらいいなと思っています」。上田さん、クリエで自作を上演する野望は無し……でしょうか?

「680人に届けるものと300人に届けるものはおのずから変わってくるので、小屋が大きくなると作業が必要になってきますから」と上田さん。「大きなところで(やって)と言われたら考えますけど」とおっしゃるところを見ると、可能性がゼロではない模様です。

いっぽう、海外作品は手掛けず、創立以来、オリジナルにこだわっているのがイッツフォーリーズ。松本プロデューサーは「(創立者の)いずみたくは、“ミュージカルは歌が命。(日本語の)歌詞の一文字一文字を引き立たせることに命をかけている”と言っていました。そうして作った作品の中には、海外に招かれて韓国やアメリカで上演したものもあります」と語り、日本語を生かした音楽にこだわって作ったからこそ海外でも評価を得ているという自負がうかがえます。

ところで、今後の日本のミュージカルを考えた時、少子高齢化が避けられない中で、日本のミュージカル・ファンだけに依存していては、残念ながらミュージカル産業は先細りの運命を避けられません。今後は海外へのコンテンツの輸出といったことも必要になってきますが、それにあたり、どんな作品がふさわしいでしょうか。世界に問題提起するようなものがいいのか、あるいは家族のようなより普遍的な物語のほうがよいのでしょうか。

上田さんいわく、「僕らは家族(柴田さん)二人でやっている劇団で、家で“こういうのをやりたいね”と言ったものが作品化されていくという感じなので、それほど(海外進出を前提にするなど)大それたことは考えていません。ただ、僕らの場合、ファンタジックなものは得意なものではなく、人間を描くことにこだわっている。そのキャラクターの感情がお客様にただただ届くものを作るということを考えてやってきている」のだそう。

「早稲田(大学)の(ミュージカル)サークルから始まった団体で、みんなの“やりたい”という気持ちから始まったので、その形を続けていけたらと思っています。一豪さんも東宝さんで(『キューティ・ブロンド』等)演出をさせていただけるようになってきたので、それはお仕事としてやっていただきつつ(笑)、チップタップではその時々に、“作りたい”という思いを一番出せる作品を作っていければ。幸い、“チップタップでやりたい”という俳優さん、スタッフさんも少しずつ増えて有難いことなので、そういう方たちとやっていったり、人材を発掘するというようなこともやっていけたらと思います」と言葉を添える柴田さん。ここで上田さんが「うち(チップタップの演目)に出ても儲かりません(笑)。ただただ、“やってよかった!”と思っていただけるものを作ることがすべてです」と言い、笑わせます。

「僕は、客席の人と僕らのやりたいことが一直線に結びついた時が嬉しいと思っています」というのは松本プロデューサー。「『遠ざかるネバーランド』では、劇団では初めてご一緒するスタッフばかりで、全員が演出家のようにこだわりを持っています。それはそれぞれが“より良いものにしたい”という気持ちであって、そういうこだわりを僕は大切にしていきたいですね。子供向け、今回のようにティーネイジャー向け、大人向けといろいろな作品を作っているけど、観た方が“どこで観たかは忘れたけど、あの芝居のあのシーン、忘れられない”とか、記憶の片隅に残るような作品を作れたらというのが僕の思いですね」
第三回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『オリジナル・ミュージカルに懸ける夢』写真提供:Musical Of Japan

第三回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」『オリジナル・ミュージカルに懸ける夢』写真提供:Musical Of Japan

では、俳優諸氏はどう思っていらっしゃるでしょうか。「一豪さんのおっしゃった感覚はすごく大事にしたいです」というのは、彩吹さん。「出演が決まる時って、タイミングであったり、役が合うといったようないろいろな理由がありますが、根本的に自分の中で、“この本、面白い”“この演出家さんとご一緒したい”といった感覚があるんです。そして結果的に、みんなで稽古場で積み重ねながら、ゴールを信じて作っていけるカンパニーに出会えた時には、大きな喜びを感じます。こういう作品に出たいというより、“この人たちと同じ釜の飯を食べて頑張れる”という感覚は外せないですね。逆に、それさえあればなんでも出たい、と率直に思います」

現在、そして未来の日本ミュージカル界への期待を語ってくださったのは笠松さん。「私が子供の頃はミュージカルを観る人は周りにあまりいなかったけれど、今はたくさんいらっしゃるし、デートでミュージカルを観に行くことが普通になってきていると感じます。日本人の生活の中に、ミュージカルが息づいて来ているんですよね。そうした中で、さきほどおっしゃったように海外からくる作品は既に評価されたものばかりだけど、日本でも私が想像もつかないような素敵な作品が生まれているし、これからも生まれて行くと思うんです。

例えば先日出演したチップタップの『Suicide Party』は自殺がテーマということでびっくりしたけど、とても素敵な作品でした。いろんな作品に出会いたいし、出てくださいと言ってもらえる自分でいたいです」。

ちなみに、『Suicide~』は上田さんの“自殺”というテーマに対する個人的な関心から生まれたものなのかをうかがうと、上田さんは「僕の中では“生きてることって何かを考えること”が演劇なのですが、お芝居に始まりと終わりがあるように、人生にも始まりと終わりがある。自殺についてはずっと扱ってみたいと思っていて、自殺した知人もいるし、歌詞にも書いたように40秒に一人はこの世界のどこかで誰かが自殺していることを考えると、自殺というのはそんなに特別な話ではないんですね。せっかく新作書くのなら向き合ってみたらと勧められて、じゃあ書きましょうかということになったんです」と語り、柴田さんが「“Life”三部作が一区切りついて新作を書こうとなった時に、しばらく彼の中で悶々と、筆の進まない時期がありました。そこで、これから死ぬまでに10本発表するとしたら、そのうちの一つはどんな題材にしたいのと尋ねてみたら“自殺”をあげたので、“自殺か……”とは思いましたが、クリエイターとしてやってみるべきじゃないかと思って書かせたんです」と補足。作品誕生までの二人三脚の様子がうかがえたところで、再び俳優諸氏の思いをうかがいます。

「皆さんの話を聞きながらずっと考えていたんですが、僕は“これ”というものはないんですよ」というのは神田さん。「僕一人が“これをやりたい”というより、作品って出会いだと思うんですね。これは神田だったらできるかもと思って(声をかけて)くれた作品のほうが、自分が知らない自分に出会える可能性が広がる。自分が知ってる自分なんて、一部でしかないですから。本当にどうしても出たい作品があれば(チップタップの)『Count Down My Life』のように、自分からお願いしますと言いますが、それ以外は、人の力で人の作品と出会って行くことの方が重要だと思っています。これまで、未知の作品によってこれだけ(自分は)成長させていただいたので、選んでくれたスタッフさんを信頼しています。スタッフの方々は、(作品をよりよくするため)僕の何百倍も悩んでいる。だったらそういう(チームに参加する)ほうが絶対面白い。そして、そういう作品に出ていきたいです」
『遠ざかるネバーランド』撮影:日高仁

『遠ざかるネバーランド』撮影:日高仁

そして、木内さん。「僕も今、ずっと考えていたのですが、今回『遠ざかるネバーランド』のカンパニーは、19歳から30代の若いメンバーが多くて、“何が何でもいい作品にしよう”という熱量がものすごいんです。僕もそうだけど、若い子たちが未熟なりに、家で台本を読み込んできて、稽古で“今日、何か新しいものを生みだそう”としているのがひしひしと伝わってくる。スタッフさんもスタッフさんで、“ピーターパンの話なんだからワイヤーでつるそうよ”と突然言い出したりと、いいものにしたいからこそ、突拍子もないアイディアが出てくる。そういうみんなの思いや期待に応えられるよう、こちらも頑張らなくちゃいけないと感じます。そしてそういう作品にこれからも関わっていきたいです」

ふと気が付けば、この日も大幅に予定時刻をオーバー。登壇の皆さんの“まずは、志を一つに。そんな場を求めたい”という熱意に、これからの日本におけるミュージカル創造への期待がいや増す中、トークショーは終了と相成りました。

豊穣なるひと時をご一緒くださった登壇者の皆様、来場の皆さまに、心より御礼を申し上げます。




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