不思議な体験は特別な能力か、精神病性の症状か

サイコシス

見えないはずのものが見え、聴こえないはずの声が聴こえる……これは個人の能力でしょうか? 治療が必要な病気でしょうか?

一般に、精神病性の精神症状といえば、見えるはずのないものが見える、聞こえるはずのない声が聞こえるといった精神体験が挙げられます。日常生活でもそれに近い経験をすることは、実は誰にでもあるものです。そしてそれはもちろん疾患のレベルとは大きく異なります。しかし、かなりこうした経験が多くなっても、それらが病気の症状ではなく、その人の特殊な能力のように本人や周りが捉えるケース、も現実には少ないとはいえ、あることです。実際にそのような能力があるのかどうかは医学的な見地からはわからないことですが、今回は精神医学的な見地から、紐解いていきたいと思います。

今回は心の病気を正しく理解していくための基礎知識の一つとして、精神症状の考え方も解説します。違和感を感じる出来事があったとしても、気にしなくてよい日常的なレベルのものが、治療が必要な疾患と判断されるレベルのものになるまでには、いくつかの段階があります。精神病性の精神症状を例に詳しく解説しますので、ぜひ頭に入れておいてください。
 

サイコシスとは……誰にでもある精神病性的な体験

「サイコシス(psychosis)」とは、精神疾患の代表的なものの一つです。日常的にあまり見聞きしない言葉のため、人によっては何か極端で特殊なものをイメージするかもしれませんが、直訳すると「精神病」です。少し専門的な言葉になりますが、サイコシスの症状が現れていることを「精神病性がある」と表します。

「サイコシスの症状」をごく簡単に説明すると、現実と非現実の境がぼやけてしまったような精神症状と言えるでしょう。具体的には、幻覚や妄想などです。

サイコシスの原因は、一般に精神疾患であることが多いです。代表疾患の一つとしては、まず統合失調症が挙げられるでしょう。また、場合によっては精神疾患ではなく、内分泌系の機能異常などの身体疾患が原因で同様の症状が現れることもあります。

「サイコシス」「精神病性」といった言葉だけ聞くと、何か特別な病気のように感じる方がいるかもしれませんが、同様の体験は、日常的に誰にでも起こりうるものです。たとえば音楽を聞いている時にスマホが鳴った気がして慌てて確認してしまったり、他人の会話から耳に入った言葉が、自分に対する話題のように聞こえたり、といったケースです。前者では、音楽に集中しているときに、実際に何らかの物音があり、それを着信音と聞き違えてしまったのかもしれません。後者では、他の人は自分に対して言ったわけではなくとも、実際に自分に関係のある言葉を何かしら発したのかもしれません。いずれも、現実だったのかどうか、なかなか確認できないものです。

こうした「現実か非現実かの違いを見極められないもの」は、広く捉えると精神病性的な要素とみることができます。こうした日常的な聞き違えや見間違いとも言えるようなものが、サイコシス的な精神要素の最初のレベルです。そして、この程度のレベルのものは、ほぼ全ての人に経験があるものだと思います。
 

サイコシスの進行……自分の名を呼ぶ声や被害妄想的な観念も

そして一部の人には、この精神症状が少し進んだ状態で現れます。例えば、街中を歩いていると、突然自分の名を呼ぶ声がはっきり聞こえたり、何か考え出すとすぐに被害妄想的な観念が頭に広がってしまったり……という場合です。

これらは妄想や幻覚などのごく軽いものとも言えますが、仮にこうした精神体験があっても、頻度が稀で、自分自身でもその状態をある程度自覚できるのであれば、日常生活にそれほど大きな問題は現われないでしょう。精神医学的には、ごく軽いレベルで、なおかつ一時的な問題とはいえ、現実と非現実の区別がはっきりつかない点では「精神病性的な要素がはっきり現われている」と考えますが、治療が必要なものではありません。

このレベルの症状は自分には全く関係がないと思う方が多いかもしれませんが、もし過去に周りの人を疑り深くなった時期があったりした場合、その時期はこのレベルに該当していた可能性もあります。
 

症状が進行しても、日常生活に支障がなければ病気ではない?

さらに症状が進行すると、症状による問題が一層はっきりとしてきます。しかし、それでも日常生活は回り、必要な仕事はできていたり、周りの人ともそれなりに人間関係を保ったままつきあえたりしているケースは少なくありません。

通常、日常生活がしっかり機能していれば、精神疾患の診断はなかなかつけにくいというのが現状です。そもそも精神疾患のマニュアル的な存在である、いわゆる「診断基準」では、「日常生活に深刻な問題が生じていること」を、診断する際の前提にしています。そのため、精神症状と見なせる問題がはっきりと現われていたとしても、日常生活に問題が生じていなければ、一般の疾患レベルとは分けて考える必要があるのです。

具体的にはサイコシスの特徴的な症状である幻覚などが明らかに現われて「いないはずの人が見える」「みんなには聞こえない声が聞こえた」といったことを公言していても、日常生活に何も問題がなければ、通常の疾患レベルとは分けて考えるということです。

そして、いわゆる霊能者と呼ばれるような方は、このパターンに該当することが少なくありません。周りの人が見えないものが見える、周りには聞こえない声が聞こえる……といった科学的には説明がつかないものは、精神医学的な面から見るならば、そうした精神症状として当てはまるものでもあるからです。

精神医学的には幻覚と見なせるものでも、日常生活に問題が生じておらず、むしろその精神症状において、周りから特別な人物だと認識されていて社会生活も成り立っているような場合、精神的な疾患とは捉えられません。

このように精神症状の深刻さを評価する尺度は、症状の内容よりも、むしろその症状が生み出す「日常の問題の大きさ」になっていることは、ぜひ頭に入れておいていただきたいと思います。
 

症状ではなくパーソナリティの問題と捉えられることも

さらに深刻さが増すと、疾患レベルの一歩手前とみなされる状態になります。具体的には、猜疑心や、幻覚のような錯覚、魔術的思考が現れて強くなったり、まわりの人が明らかな違和感を覚えるような言動をしたり、気持ちの不安定さや睡眠障害といった問題が持続的に現われたりします。

しかし、これらの症状が全て現れている場合でも、精神的な疾患とは診断されないことがあります。それは、日常生活が一応機能している場合です。そのような場合、現れている症状は精神科を受診すべき問題とは本人も周りも考えず、当人のパーソナリティや生活態度の問題のように受け取りがちです。

そのためにこれらの症状がさらに深刻化し、実際に精神的な病気を発症するか否かは、残念ながら現段階では見極める確かな術はありません。しかしもし仮に先々日常生活が成り立たないほどの病気の発症につながるならば、これら症状が出ている時期に精神科的な対処を始めていれば、経過が大きく違う可能性があることは、広く指摘されています。

実際にまだ病気を発症していない1歩手前の段階で、いかに治療を開始するかは、現在の心の病気に対する、治療する側の大きな課題の一つになっています。
 

日常生活が困難になっている場合は、やはり適切な治療が必要

サイコシスでどのような症状が現われるかには、かなりの個人差があります。疾患特有の幻覚や妄想などがはっきり現われているときも、問題の出方は人それぞれですが、それらの問題の本質には「現実と非現実の違いが分かりにくくなっている」という点が共通して挙げられます。

強い幻覚や妄想がもし持続的に現われていれば、通常はそれまで通りの生活を送ることは、かなり難しいでしょう。そしてこれらの問題は、精神科を受診して、必要な治療を開始しない限り、いつまでも続いてしまう可能性もあります。なぜならこれらの症状の原因は、脳内の機能に問題が発生したことだからです。抗精神病薬などの治療薬でこれに対処しないかぎり、事態はさらに深刻化してしまう可能性もあります。もし日常生活が困難なレベルになっていれば、その時点ですぐ精神科を受診すべきだということは、ぜひ覚えておいていただきたいことです。

以上、今回は精神病性的な要素が現われる精神体験を日常レベルから疾患レベルまで詳しく解説しました。なお、サイコシスの初発年齢は16歳から30歳頃までが大半です。発症率は人口の数%程度と言われています。発症前から現われてくる違和感のある言動などは、その年代特有のものだと勘違いされやすいこともありますので、ご注意いただければと思います。
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