ミュージカル/注目のミュージカルレビュー・開幕レポート

2017年11~12月の注目!ミュージカル(3ページ目)

実りの秋が深まり、街は早くも年末モード。昭和の流行歌に彩られた『きらめく星座』から伝説のカルト・ミュージカル『ロッキー・ホラー・ショー』、昨秋の話題作の再演『スカーレット・ピンパーネル』まで、一年を締めくくるのにふさわしい舞台が続々登場します。記事アップ後も随時、取材記事や観劇レポートを追加掲載しますので、お楽しみに!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド


『王様の耳はロバの耳』

2017年12月22日~1月8日=自由劇場

【見どころ】
『王様の耳はロバの耳』撮影:山之上雅信

『王様の耳はロバの耳』撮影:山之上雅信

寺山修司さん脚本の名作ミュージカルがこの冬休み、自由劇場で上演。昭和を駆け抜けた奇才・寺山さんと、劇団四季との縁はともすれば見落とされがちですが、青森から上京し、劇団四季の『間奏曲』に感銘を受けた彼は、60年のストレートプレイ『血は立ったまま眠っている』を皮切りに計4本の台本を劇団四季に執筆。本作はその2本目にあたり、『はだかの王様』と並んで劇団の重要なファミリー・ミュージカル・レパートリーとなっています。

王様の秘密を巡って起こる騒動を、いずみたくさんのメロディに乗せ、軽快なテンポで描いた“真実”と“勇気”の物語。930回を数える上演の歴史に、また新たな一ページが加わりそうです。

【王様役候補・牧野公昭さんインタビュー】
牧野公昭undefined富山県出身。演劇実験室「天井桟敷」を経て『レミング』『毛皮のマリー』等に出演。04年劇団四季オーディションに合格し、『思い出を売る男』に始まり『ウエストサイド物語』『コンタクト』『魔法をすてたマジョリン』等で幅広い役柄を演じている。(C)Marino Matsushima

牧野公昭 富山県出身。演劇実験室「天井桟敷」で『レミング』『毛皮のマリー』等に出演。04年劇団四季オーディションに合格し、『思い出を売る男』に始まり『ウエストサイド物語』『コンタクト』『魔法をすてたマジョリン』等で幅広い役柄を演じている。(C)Marino Matsushima

――『王様の耳はロバの耳』は、牧野さんにとってどんな演目ですか?

「初めて稽古キャストに選ばれた時、作品研究のために資料を観ていて、“あれ?”と耳を疑いました。“王様の耳はロバの耳”という、いずみたくさん作曲の、一度耳にしたら忘れられないメロディが聞こえてきて、これって数十年前にテレビの舞台中継で観た演目ではないかと。

しかも、私の演劇との出会いである寺山修司さんの戯曲だと知って、二度びっくりしました。私は寺山さんが作った劇団天井桟敷の出身なんです。師匠の作品ということもあって、心して臨みました」

――台本をお読みになって、いかにも寺山戯曲らしいと思われる部分はありますか?

「寺山さんの言葉遣いは独特で、今読んでも斬新です。50年以上前に書かれたというのに全く古いと感じないのは凄いですよね。例えば、森の精たちが歌うナンバー“おやすみ”には“レモンのような月が出た、鳩の巣、リスの巣、森の夢、本当のことは眠ってる”という歌詞があります。このように“ああなんて美しいんだろう”と思えるような歌詞もあれば、すごく毒を含んだギラギラした言葉も、ユーモラスな言葉もある。宝石のような台本だと思います」

――そんな戯曲に、俳優の皆さんはどうアプローチしていらっしゃいますか?

「今回、演出スーパーバイザーからは“リアリティがあれば自由に演じて構いません。大きく演じて下さい”と言われていまして、それぞれに工夫して取り組んでいます」

――寓話の世界でリアリティを持って演じる、とは?

「どの役も、イメージを膨らませ、その役を生きるということだと思っています。俳優がその瞬間にリアリティを持っているか、嘘をついているかということはお客様、とりわけ小さいお子様にはすぐに見抜かれてしまいます。俳優は作品と台本の言葉を信じて、瞬間、瞬間を役として生きていく。その結果として、お客様が共感してくださったり感動してくだされば、俳優としてこんなに嬉しいことはないと思っています」

――演劇の世界では、強烈なキャラクターを、演者の強烈な個性を前面に出して演じるというやり方もありますよね。

「以前、所属した劇団では、スターへの当て書きという作品もありました。しかし劇団四季は作品主義なので、“俳優は作品の前では透明になれ、肉体と声だけを貸してくれ”と言われた時は、こういうやり方があるんだと目から鱗、でしたね。以来、必要以上に言葉にニュアンスを入れたりということはせず、全身全霊で作品の中に入り込んでやっていこうと思うようになりました」

――そのうえで、牧野さんの“王様”はどんな王様でしょうか?
『王様の耳はロバの耳』撮影:阿部章仁

『王様の耳はロバの耳』撮影:阿部章仁

「王様はわがままで人のことを考えず、そのため神様に耳をロバの耳に変えられてしまいました。演出スーパーバイザーからは“そこに権力者の哀しさが出るといいね”と言われています。国を統治していく中で自分以外の人々は不幸になってしまっているということは分かっていて、悪いことをしているという良心の呵責もある。でもそういうふうにしか生きていけないという哀しさがある。そのような王様の一面も感じていただけると嬉しいですね」

――では最後に改心するのは、王様にとっては解放なのですね?

「解放です。中盤で森の精たちに、“あなたはすべてを持っているがこの国で一番幸せじゃない”と指摘された時に、“幸福なのは余だけで充分だ”と言い返すくだりがあります。はじめ私は台本の読み込みが足りず、わがままでやんちゃな王様だと解釈して台詞を発していたのですが、“そうじゃない、苦しむんだ”とアドバイスをいただき、はっとしました」

――再演を重ねていらっしゃいますが、今回はどんな抱負で臨んでいらっしゃいますか?

「深めることも大事ですが、それよりもその瞬間にどう自分の心を動かすかということを意識していますね。よく伝統芸能の方が“初日が一番(出来がいい)”とおっしゃいますが、余計なものをつけていかないよう、回を重ねるのは簡単ではありません。今回の公演では(新人を含め)フレッシュな俳優も多くて、彼らから学ぶことも多いですね。毎回新鮮な気持ちで全力でぶつかっていこうと思ってます」

――ファミリーミュージカルとあって、お客様には子供達もたくさんいらっしゃると思います。

「子供達は本当に正直で、感性もきらきらしています。以前、『人間になりたがった猫』という作品でスワガード役を務めた時に、劇中で怪我を負うのですが、その後のシーンで怪我をした方の手を挙げたんですよ。それがお客様から見えやすい方向だったので。そうしたら終演後のお客様をお見送りする時に、“どうして怪我したほうの手を挙げるの?”と聞かれました。子供達は細かいところまでよーく見ていて、どきっとすることをよく言われます(笑)」

――私事ですが、うちの子供はファミリーミュージカルの送り出しの時、悪役の方のいらっしゃる列を怖がる傾向があります(笑)。

「本当は優しい人なんだよと教えてあげてください(笑)」

――かしこまりました(笑)。今回、どんな舞台になるといいなと思っていらっしゃいますか?
『王様の耳はロバの耳』撮影:阿部章仁

『王様の耳はロバの耳』撮影:阿部章仁

「幅広い世代のお客様に楽しんでいただける舞台になるようみんなと作り上げたいですね。親子、あるいは三世代で御覧いただいて、終わったら話に花が咲いて楽しく帰っていただけるといいなと思っています」

――プロフィールについても少し伺わせてください。なぜ劇団四季を志したのですか?

「寺山さんの劇団に入りたての頃、参宮橋で寺山さんと稽古場に向かっていたら、劇団四季の稽古場の前を通りかかったんです。ピアノの音を聞きながら、寺山さんが“ここの劇団はな、芝居だけで団員を食わせようとしているんだよ。そんなことができると思うか?”とおっしゃって、そんなことは夢物語でしたから、びっくりしました。それから数十年、紆余曲折のなかで劇団四季という存在は常に頭にありましたが、自分には歌やダンスの能力は無いので縁はないだろうと思っていたんですね。しかしある時知人から“君は四季で勝負してみたらいいのに”と勧められ、調べてみたところもともとストレートプレイから始まった劇団であったことを知ったんです。浅利慶太先生の書かれた論文“演劇の回復のために”にも感銘を受け、こういうところで芝居をやってみたいと思い、オーディションを47歳で受けました。当時の最年長記録だったと思います」

――では歌、ダンスは入団してから?

「そうです。オーディションの最終選考では急に歌うことになり、少しだけ歌いました。『人間になりたがった猫』の“すてきな友達”という曲でしたが、高音部で緊張して、声が裏返り、“ああこれはダメだ”と思いました。それから3、4年後にまさかスワガード役でまたこの曲を歌うことになるとは思いませんでした。

入団後、最初はストレートプレイに出演していましたが、3作目で『クレイジー・フォー・ユー』に出演しました。青天の霹靂でしたね。一節ソロもありまして、悪戦苦闘したのを覚えいます。でんぐり返しをしたりと、体育会系の動きもありましたし。その後『エビータ』『雪ん子』では大いに歌い、毎回いっぱいいっぱいでした」
『アラジン』撮影:荒井健(C)Disney

『アラジン』撮影:荒井健(C)Disney

――多くのお客さんにとっては、やはり『アラジン』ジャファーの印象が強いかと思います。

「ジャファーの役作りは大変でした。求められているスケール感がとても大きいんですよ。出てきた瞬間から真っ黒なものが劇場空間に垂れ込めるように、空気を変えて下さいと言われ、どうやったらできるのかと(笑)。

でもあの衣裳や杖に助けられ、(纏った)その瞬間に役に入り込むことができましたね。(嫌われ役で)手下のイアーゴが唯一の心のよりどころで、悪の華を咲かせようねと二人で言い合っています。仲はいいですよ。“理想の相棒”です(笑)」

――どんな表現者を目指していますか?

「劇団四季に入って、どんな役にもはまればいいなと思うようになりました。私は悪役を務めることが多いのですが、キャスティングされる度に“自分にできるかな”と思うんですよ。私のキャラクターではないなと。でも意外と、やっていくうちに自分にこういう一面もあるんだと気づかされることもあるので、これからもいろんな役に挑戦して成長していきたいですね」

――意外といえば、『ブラックコメディ』のハロルド役、はまっていました。
『ブラック・コメディ』撮影:上原タカシ

『ブラック・コメディ』撮影:上原タカシ

「あの役は、最初は、“なんで私なんだろう”とまず思いました。大学生時代、劇団四季が上演していたのを観て面白いと思った作品でしたが、まさか自分がハロルドかと。今までの公演では優男系の方がやっていらした役ですのでね。でもやってみたら、皆さんから「ぴったりだった」と言われて、自信がつきました。

でも思い起こせば寺山さんの劇団に入ったばかりの21歳の頃、ある作品で主人公の母親役を演じているんです。それも髪の毛を真っ白にさせられて、黒いシミーズに裸足で。二枚目を目指していた21歳の青年としてはどんどん傷ついて行きましたが(笑)、“母親っていうのは寺山さんにとっては永遠のテーマなのよ、光栄なことなのよ”と諭され、やってみたらそれが評価されたんです。そういう経験も芸の肥やしになったのかなと思いますね。今後、ミュージカルで女性役も、ですか? 美しくなれるなら、やってみたいですね。ぜひぜひ!(笑)」

【観劇レポート】
『王様の耳はロバの耳』撮影・阿部章仁

『王様の耳はロバの耳』撮影・阿部章仁

進行役の男女が幕前に現れ、「幕を開ける歌」を歌い始めると、舞台袖からは劇中のキャラクターたちも続々登場。まるで絵本から飛び出してきたような彼らのカラフルな衣裳もあいまって、場内はたちまち“ワクワク感”に包まれます。ちなみにこの展開と幕開けの歌は『はだかの王様』も同様。作者(作・寺山修司さん、作曲・いずみたくさん)が共通していることで実現している、貴重な共通パターンです。

幕が開くと、町の人々が何やら噂。王様が髪を切る度に国内の床屋が一人、また一人と呼ばれて行き、帰ってこないが、いったい彼らはどうなったのか、というのです。そこにお城から使いがあり、最後に残っていた若い床屋も駆り出されることに。出かけた先でとんでもない光景を見てしまった床屋は、“何も話さない”条件で町へと返されますが、あまりの苦しさに森を訪ね、木に向かって話しかけます。するとどこからともなく“お言いなさいな、本当のことを……”と優しい歌声が響き、森の精たちが登場。私たちはいつでもあなたの味方、という精たちに励まされて、床屋は勇気を振り絞るのですが……。

『はだかの王様』が少年という無垢な存在によって救われる物語であるのに対して、本作では“自然”が人間の悩みを受け止め、行動のきっかけを与えます。陽だまりの精(小林由希子さん)らの美しい歌声と、(人間界のヒップホップ要素を含むダンスとは対照的に)多分にクラシック・バレエ的な森の精たちのダンス(振付・謝珠栄さん)が、自然界の懐の深さ、おおらかさを表現。またクライマックスではなんぴとも力で抑えつけようとする王様側と“王様の耳はロバの耳”と本当のことを訴えようとする町の人々側の歌が激突、一度は劣勢となった人々に観客も加勢する……という劇団四季ファミリー・ミュージカルの王道パターンが展開。親しみやすいメロディを4回ほど繰り返し歌えるとあって、観ている側も白熱せずにはいられません。

とうとう追い詰められた王様は、皆の前で膝を折り、許しを請います。それまで全身に漲らせていた傲慢さがすっと抜け、謙虚さを取り戻すという変化がよく分かる、この日の王様役・牧野公昭さん。“許してくださいこの私”という王様に対して陽だまりの精は“許しましょう”と優しく歌い、奇跡が起きます。その素敵さには、つい“これが今、世界の暴君と言われる人々にも起ったら”と素直に願わずにはいられません。王様の取り巻きを演じるローストビーフ役・青羽剛さん、アブラハムハム侯爵夫人役・八重沢真美さんらベテラン勢も、ほどよいカリカチュアぶりで劇世界に貢献しています。

やはりファミリー・ミュージカルの“お約束”である終演後のロビーでのキャスト見送りでは、キャストと握手できるだけでなく、一人一人凝ったデザインの衣裳を間近に見られるのも本作の魅力。動く度に羽がゆらゆら揺れる蝶の精なども目を奪いましたが、筆者の7歳の子は重厚感たっぷりに翻る王様のローブが“かっこいい”と気に入り、帰りの電車内でお絵かきを楽しんでいました。

メンフィス

2017年12月2~17日=新国立劇場中劇場

【見どころ】
『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

1950年代のメンフィスを舞台に、人種の壁を音楽が打ち砕いてゆく様を、デヴィッド・ブライアン(ロックバンドBon Jovi)による濃厚なソウル・ミュージックとともに描き、2010年のトニー賞作品賞を受賞。15年に日本初演された本作が、再び山本耕史さん(今回は演出も担当)、濱田めぐみさん主演で上演されます。白人のラジオDJヒューイが禁を破り、ブラックミュージックのレコードをかけたことで、若者たちの文化は一変してゆくが……。

音楽に希望を見出すヒューイと歌手志望のフェリシアの夢と愛を、魂を込めて演じ切った初演から2年。山本さん、濱田さんのさらに深化した演技とともに、今回も続投のジェフリー・ページによる、ステージ上の人々がそれぞれに独特のポーズを繰り出す、個性的な振付が必見です。

【製作発表レポート(11月2日)】
『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

都内ホテルで行われた会見は、作品の楽曲メドレー歌唱からスタート。ムーディな「Underground」(ジェロさん)からゴスペル調の「The Music of My Soul」(山本耕史さん)、ノリノリのロックンロール「Big Love」(伊礼彼方さん)、ブルージーな「Colored Woman」(濱田めぐみさん)、再びゴスペル調の「Say A Prayer」(米倉利紀さん、伊礼さん)、そして本作で唯一Bon Jovi風のロック・ナンバー「Steal Your Rock’n Roll」(全員)まで、それぞれにメロディが立った多彩な楽曲が飛び出し、場内はたちまち作品世界に染まります。
『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

続いてホリプロの堀義貴社長、キャストお一人ずつのご挨拶の後、質疑応答。代表質問含めいくつかの質問がありましたが、筆者(松島)としては今回の演出がどのようなことになっているのか、興味がありましたので、その部分の問答を以下にご紹介します。
『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

(松島)――今回、演出家としてジェフリー・ページさん、山本さんのお二人のお名前がクレジットされていますが、どのようにすみわけをされているのでしょうか?

山本「始まる前にジェフリーといろいろリサーチしながら、おおまかなプランを僕の方から出し、稽古が始まると振付もありますので彼がアイディアを出したりと、どちらかに偏ると言うよりかはいいアイディアをお互いに採用し合うような感じですね。出演者が自信を持って動けるものを採用しようね、と。大枠は僕のほうからばばばばっと出していますが、ここからどういうふうになるのかはまだ(これからの稽古次第)かなと思っています」
『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

(松島)――前回とはかなり変わると思っていてよろしいですか?

山本「台本は同じですが、全く違う。空間的に全然変えちゃうので。前は抽象的な空間で、それも一つの手で芸術性があると思いますが、今回はもっとリアリティがあるほうが観ている方もやる方も演じる場所が想像しやすいかなと。今回の方がより演じやすいと思います」
『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

(松島)――皆さんは演出家としての山本さんをどう御覧になっていますか?

伊礼「頼りになる兄貴というか、その中でも好きに遊ばせてくれもする。とても楽しいし、ネタバレになるので言えないこともあるけど、山本さんの頭の中にあるものが、日本初なんじゃないかなと思うものもあります」

山本「初めてのことなのかもしれないですね。スタッフの方が大変なんじゃないかと思いますけど、なんで今までこれやってなかったのというようなことも提案しています」
『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

『メンフィス』製作発表にて。(C)Marino Matsushima

(松島)――何か大掛かりなものが出て来るとか?

山本「大掛かりなものが出て来るというよりかは、お客さんに移動していただくというような……。お客さんとしては二度楽しめるんじゃないかと思います」

上記の答えに、会場にはざわめきが。どんな趣向が登場するのか、これは見逃せない“新演出”となりそうです。

【観劇レポート】
音楽と愛の力で時代を切り拓いてゆく者たちの
栄光と悲哀を生き生きと描く

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

デルレイ(ジェロさん)や妹の歌姫フェリシア(濱田めぐみさん)が歌い、日常の憂さを晴らそうとばかりに人々が踊るナイトクラブのシーンで舞台は開幕。熱狂が一息つくと、風変りな白人青年ヒューイ(山本耕史さん)がふらりと訪れ、場の空気は一変する。デルレイが「ここは黒人地区だ」と迷惑がり、ヒューイが彼らの音楽への純粋な共感から訪れたことを歌で訴えるなかで、観客はこの物語が米国、特にその南部で厳然と人種差別が蔓延していた時代の物語であることを再確認します。

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

根っからの“音楽オタク”、それもブラック・ミュージックに心酔するヒューイは、ラジオ局で不意打ち的にかけたレコードが白人の若者たちに大うけし、DJデビュー。自身の番組でフェリシアの歌手デビューのきっかけを作る。幼少時から虐められ、さえない人生を送ってきたヒューイが、ブラック・ミュージックの核にある“虐げられる者の魂の叫び”を理解していることを知り、フェリシアの警戒は解け、二人は急接近するのだが……。

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

若者たちが“音楽”と愛の力で因習を乗り越えてゆく様を、抜群にノリのいい音楽(作曲・デヴィッド・ブライアン)に彩られつつ、ジェットコースター的に描いてゆく本作。再演となる今回の舞台では、劇世界を立体的に“解剖”し、キュビスムのアートのような面白みを感じさせた初演の美術とは一転、リアルかつシンプルなセットを使用。

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

DJブースやデルレイのナイトクラブ、ヒューイの家など、過不足のない舞台装置の中では物語がより分かりやすく、直球で届けられ、製作発表で(共同演出を手掛けた)山本耕史さんが話していた意図が明確に伝わってきます。

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

各登場人物の人物造型もそれぞれに粒立ち、山本さん演じるヒューイは歴史を変えたヒーローになり切れず、あと一歩を踏み出せない愛すべき“ダメ男”を軽やかに好演。クライマックスでヒューイが思いがけない行動に出るシーンでは、前回はすさまじい気迫でヒューイの“意思”を見せていたのに対し、今回は理屈ではなく“本能”に導かれ、自然にその行動に出てしまうていが新鮮です。

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

濱田めぐみさんは差別と隣り合わせに生きて来たフェリシアの芯の強さをダイナミックな歌声と立ち姿で表現、降ってわいたようなチャンスをものにしてゆく生き方に説得力を与えています。

フェリシアの兄役・ジェロさんは白人のヒューイに対して簡単には打ち解けられないシリアスな“背景”を漂わせ、無口なゲーター役・米倉利紀さんは1幕のクライマックスでまさに“ソウルフル”なゴスペルを歌い出し、場をさらいます。

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

ラジオ局の掃除夫から大変身を遂げるボビー役・伊礼彼方さんはとぼけた味と歌唱における圧倒的な明るさが得難く、局のプロデューサー役・栗原英雄さんは“振り回されキャラ”をユーモラスに演じながらも、プロデューサーとしての抜け目なさを、大人の余裕とともに滲ませます。

そしてキャラクター揃いの本作の中でも最もパワフル(!?)なのが、根岸季衣さん演じるヒューイの母・グラディス。慎ましい日々から“人生大逆転”と見えて……という振り幅の大きな役をペーソス豊かに演じ、デルレイとボビー、ゲーターを従えた2幕のナンバーでは迫力の歌唱で魅せています。どのキャラクターもそれぞれにチャーミングに見えるのは、演出家・山本さんの“こだわり”でもあるのでしょう。

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

『メンフィス』(C)Marino Matsushima

単純なサクセスストーリーとは言い難いほろ苦い物語でありながら、幕切れの余韻は至って爽やか。これもまた、“今”の空気感をすくいとり、山本さんが観客のために選び取ったものなのかもしれません。

*次頁で『青空の休暇』、映画館上映『ホリデイ・イン』をご紹介します!
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