メンタルヘルス

思春期の「シナプス刈り込み」が心の病気の発症要因に

心の病気の発症リスクを高める要因として、中枢神経系の問題が挙げられます。そして、人が子供から大人へと成長する過程である「思春期」にも、中枢神経系に問題を及ぼす恐れのあるリスクファクターがあります。将来的な統合失調症などの心の病気の発症に関わる可能性があるということです。思春期に知っておくべき成長の特性と、この時期に避けるべきことについて詳しく解説します。

中嶋 泰憲

執筆者:中嶋 泰憲

医師 / メンタルヘルスガイド

思春期に脳が受けた影響が、将来的な心の病気の発症要因に?

思春期の若者たち

心身共に大きく成長する思春期。近年、大脳の成熟過程で起こる「シナプスの刈り込み」も、心の病気の発症要因だと考えられています

うつ病や統合失調症などの心の病気は、多くの場合、脳内の機能の何らかの不調が原因で起こります。人は生まれてから大人になるまで心身ともに大きく成長していきますが、中枢神経系もまた、大人になるに連れて発達していきます。その成長過程で、心の病気、特に統合失調症などの発症に関わる問題が生じ得ることが、近年わかってきました。

今回は心の病気の基礎知識として、人の成長過程である「思春期」に起き得る中枢神経系の問題を取り上げます。思春期の脳に起こること、さらには思春期の飲酒や喫煙を始めとする薬物使用などの問題行動が、将来的な心の病気発症にどのように影響を与えるかについて、詳しく解説します。

思春期のシナプス刈り込みとは

人の体は、基本的に細胞で構成されています。中でも「神経細胞」は、大脳などがある中枢神経系の基本的な細胞のことです。心の病気を発症するということは、この中枢神経系を構成する神経細胞の機能に何らかの問題が生じたためとも言えます。

心の病気の場合、一般にこの神経細胞間の情報伝達を担う部分である「神経伝達物質」の機能に問題が現われることが多いです。例えば統合失調症の場合、数ある神経伝達物質の中でも、特に「ドーパミン」の機能の問題が原因となる傾向があります。そのため、統合失調症を発症した場合、この機能を調節する抗精神病薬が治療薬となります。実際に、抗精神病薬を適切に使用することで、幻覚や妄想などの特徴的な精神症状はかなり効果的に改善することができるのです。

一方で近年、統合失調症の発症には、この神経伝達物質の問題によるもの以外に、少し違ったタイプの問題が関わるケースがあることが分かってきました。

具体的には、「思春期に大脳が成熟していく中で起き得る問題」です。大脳の成熟過程では、脳内の神経細胞間のネットワークの全体的な機能を向上させるために、脆弱な部分を取り除いていくプロセスがあります。

このプロセスを「シナプス刈り込み」と呼びます。少し乱暴に例えると、植木屋さんが樹木の手入れをする際、伸ばしたい枝の成長のために、不要と判断した無駄な枝を取り除いていくようなものです。このプロセスに起き得る問題には遺伝子が関わるとも指摘されていますが、思春期における疾患の発症要因が関わっている可能性があるのです。

心の病気の発症要因にもなる中枢神経系の問題とは

心の病気の発症を防ぐ基本的な方法は、その疾患の発症要因(リスクファクター)となるものをできるだけ回避していくことです。

うつ病や統合失調症などの心の病気は、一般に単一の要因で発症するわけではないと考えられています。それぞれの疾患の発症に関わる遺伝子はいくつか知られていますが、実際に発症に至るかどうかは、遺伝子だけでは決まらず、その他の複数のリスク要因が関わる必要性があると指摘されています。

これらの要因の一つとして、「思春期のシナプス刈り込み」が、統合失調症のリスク要因となり得ると考えられていますが、もちろんこれだけが原因で疾患を発症するとは言い切れません。統合失調症の発症は、基本的には当人が元々持っている遺伝子が発症の素地に大きく関わると考えられています。遺伝子が持つ遺伝情報は、私たちの体を構成する細胞が機能していくために必要なタンパク質の設計図とも言えます。「遺伝子の問題」というと抽象的に聞こえてしまうかもしれませんが、要は、通常とは少し異なるタイプのタンパク質が体内で作り出されることで生じ得る問題、とも言いかえることができるでしょう。

例えば統合失調症の場合、通常は、思春期後半から成人前期に初めて発症するケースが多いです。つまり、この時期までに外的なストレス要因などにより中枢神経内に問題を累積させてしまうと、発症リスクを上げてしまう可能性があると考えられています。

思春期までにある程度出来上がった発症の素地に、シナプス刈り込みという思春期時期特有の中枢神経系の問題が加わることで、統合失調症の発症につながる素地が完成してしまう可能性がある、と言うこともできるでしょう。見方を変えれば、将来的な統合失調症の発症を回避するためには、思春期に生じ得るリスクファクターを回避することも重要と言えるのです。

薬物使用は避けるべき思春期のリスクファクター

思春期のリスクファクターとして特に注意が必要なものは、いわゆる薬物使用です。違法なドラッグなどはもちろんのこと、アルコール、タバコなどもこれにあたります。未成年は法律により飲酒や喫煙が禁じられていますが、この時期の中枢神経系の発達に問題を起こさないためにも、これらは大変重要なことなのです。

大人がアルコールを飲むことと、思春期の未成年が飲酒することは、中枢神経系に及ぼす問題のレベルが全く違ってくるという事実を、ぜひ覚えておいていただきたいと思います。

万一、違法薬物に指定されているような薬物に手を出してしまった場合、場合によってはそれが統合失調症発症の原因になることもあり得る、ということです。薬物使用はさまざまな弊害がありますが、疾患の発症率を高めるという面に限れば、もともとその疾患の発症素地を持つ人、言い換えれば、その時点ですでに発症に関わる中枢神経系の問題を持つ人が薬物に手を出してしまった場合、その素地が完成してしまう可能性があると指摘されています。

また、疾患の発症の素地があるか否か、つまり、その時点で中枢神経系に問題があるか否かに関しては、実は検査して判明するようなものではない、微妙な問題だと言われています。発症前の段階でリスクの高さが目に見えるものではないことからも、やはり不要にリスクを高めて、将来的な心の病気の発症リスクを高めるような行為は、精神医学的な見地からも避けるべきと言えます。

以上、今回は心の病気の基礎知識として、思春期における脳内のシナプス刈り込みに関連する問題を取り上げました。今回はリスクファクターの一例として薬物使用の問題を取り上げましたが、そのほかにも継続的にいじめや虐待を受けていたといった日常生活での深刻な問題も、もしその時点で将来、心の病気の発症に関連する可能性のある問題が中枢神経系にあれば、その問題をさらに拡大させてしまう可能性もあります。こうした思春期における深刻な問題は心の病気のリスクファクターになっていることは、特にこの年代のご家族を持つ方はよく知っておきたいことだと思います。
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