あらゆる建築様式が集うデザイン都市、グラーツ
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グラーツ歴史地区の味わい深い街並み。右奥の建物がラートハウス、その手前がハウプト広場
■グラーツ歴史地区(Googleマップ/航空写真)
■グラーツの見所(同上/世界遺産&見所マップ)
グラーツは神聖ローマ帝国やオーストリアの要衝で、代々の皇帝・大公・貴族たちが財を投入して築き上げた美しい町。たった1km四方+お城というとてもコンパクトな街並みに、中世から現在に至るあらゆる建築様式の建物が残されている。
たとえば旧イエズス会神学校やラントハウス(州庁舎)は均整の取れたルネサンス様式で、エッゲンベルク城やマウソレウム(霊廟)はルネサンスから重厚なバロックへ移行する途上にあったマニエリスム様式、アッテムス館や聖母救済教会はバロック様式で、エッゲンベルク城の内装はバロックをより軽快かつ華やかにしたロココ様式となっている。
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シュロスベルクから眺めた歴史地区。中央の風変わりな建物がクンストハウス (C) Marek Slusarczyk
グラーツがデザインの町であることは、2011年にデザイン都市 "City of Design" としてユネスコの創造都市に指定されたことでも示されている。特に歴史地区には中世~現代までのあらゆる建築様式が集中しているので、つれづれに歩き回ってみてほしい。
<関連サイト>
皇帝や大公たちに愛された町グラーツの歴史
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シュロスベルクから眺めたラートハウス。尖塔ドームとファサードの調和が見事
13世紀にハプスブルク家のルドルフ1世が神聖ローマ皇帝位に就くと、同家は拠点をスイスからオーストリアに移し、首都をウィーンに定め、グラーツは南部の中心都市として繁栄した。
15世紀にフリードリヒ3世が皇帝になると居城をグラーツに定めて王宮や大聖堂を建設し、華やかな街並みが誕生した。その息子マクシミリアンは「戦争は他家に任せよ。幸多きオーストリア、汝結婚せよ」と欧州各地の名家と結婚政策を推し進め、やがてブルゴーニュ、スペイン、ポルトガル、ハンガリー、ボヘミアなどの国々を手に入れた。大航海時代にアフリカ、中南米、アジアの一部を支配すると、いつでも領地のどこかに日が当たるという「太陽の沈まぬ帝国」を完成させた。
この過程でハプスブルク家は皇帝位を世襲化し、グラーツからもフェルディナント2世や3世をはじめ皇帝や大公を輩出した。時にグラーツは事実上の帝国の首都となり、さらに華やかに整備された。
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ルネサンス様式の三層アーチが特徴的なラントハウス (C) Andrew Bossi
19世紀にナポレオンに支配されると1806年に神聖ローマ帝国が消滅。さらにプロイセンとの戦争に敗れると、ハプスブルク家はオーストリアを領有するのみとなってしまった。多様な民族・文化を誇るオーストリアはさらに分裂の危機を迎えたが、ハプスブルク家は多文化・多民族主義を掲げて文化活動を奨励し、ウィーンやグラーツは芸術の都として華開いた。ヨハン大公がヨアネウムなどが建設したのもこの頃だ。
ちなみにこのヨハン大公、22歳年下の平民・アンナにひと目惚れし、猛アタックの末、周囲の大反対を押し切って結婚している。その後、大公が農業や学校建設を促進し、アンナが孤児院や料理を研究したおかげで、グラーツの産業や教育・食文化は大いに発展した。
世界遺産グラーツ市の見所1. シュロスベルク
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シュロスベルクの時計塔と歴史地区の街並み。通常とは反対に、長針が時間、短針が分を示している
■時計塔
ナポレオン占領後、城砦や城壁は取り払われたが、市民は時計塔と鐘楼を買い取ってこれを守った。高さ28mの時計塔は16世紀半ばの建設で、時計は1712年から時を刻み続けている。
■鐘楼
1588年の建設で、オスマン帝国がシュロスベルクを攻撃した際に放たれた砲弾の金属を溶かして製造した5tの鐘がつり下げられている。
世界遺産グラーツ市の見所2. 王宮地区
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簡素な造りのグラーツ大聖堂。その分、バロックの内装はかなり豪華 (C) Taxiarchos228
■グラーツ大聖堂
フリードリヒ3世が15世紀に建設した皇家の教会。後期ゴシック様式で、バロック様式で改修されている。南壁に描かれたフレスコ画「災厄の絵」はペスト、オスマン帝国、イナゴの襲来を描いている。パイプオルガンの音色も見事。
・Dompfarre Graz(公式サイト。ドイツ語)
■マウソレウム
17世紀に築かれた皇帝フェルディナント2世の霊廟。「町の王冠」と呼ばれるマニエリスム様式の華麗な建物で、設計は宮廷建築家ジョバンニ・ピエトロ・デ・ポミス、内装はバロックの巨匠フィッシャー・フォン・エルラッハ。内部は美しいフレスコ画や彫刻・スタッコ細工で覆われている。
・Mausoleum(公式サイト。ドイツ語)
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現在は州政府が管理している旧王宮 (C) gugganij
王宮はフリードリヒ3世が大聖堂とともに建設したもので、皇帝や大公の居城となっていた。一角にある後期ゴシック様式の二重螺旋階段は15世紀に建設されたもので「和解の階段」と呼ばれている。
■鐘楼広場
聖堂の南西に位置する広場で、ドイツ語でグロッケンシュピール・プラッツ。11時、15時、18時になると24の鐘が鳴り響き、時計仕掛けの人形が踊り出す。
世界遺産グラーツ市の見所3. ハウプト広場周辺
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ハウプト広場のヨハン大公像。奥の建物はラートハウス (C) Andrew Bossi
■ラートハウス
16世紀にルネサンス様式で建設され、19世紀に新古典主義様式に改装された市庁舎。ファサード・内装ともに豪華でギャラリーなどを見学できるほか、婚礼の間は結婚式場となっている。
■ラントハウス/ツォイクハウス
州庁舎で、庁舎と中庭は16世紀のイタリア・ルネサンス様式の傑作として知られている。コンサートやイベントなどが開催されるほか、ツォイクハウス(兵器庫)は武器博物館として公開されている。
・Landeszeughaus(ツォイクハウスの公式サイト。英語/ドイツ語)
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壁面がフレスコ画に覆われているゲマルテスハウス。アポロンやバッカスなどギリシャ・ローマの神々が描かれている
英語で "the painted house" といわれる家で、バロック画家ヨハン・マイヤーが18世紀に描いたギリシャ・ローマ神話のフレスコ画で覆われている。
■聖血教区教会
フリードリヒ3世が大聖堂とともに建設した教会。バロック様式の見事な鐘楼と、パイプオルガンの音色はシュタイアマルク州一と称えられている。第二次大戦で破壊されたステンドグラスを再建する際、ヒトラーとムッソリーニの姿が描き込まれた。
世界遺産グラーツ市の見所4. ムール川周辺
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軟体動物を思わせるクンストハウス。横に突き出しているのは展望台・ニードル (C) Marion Schneider & Christoph Aistleitner
■クンストハウス
2003年に建設された美術館で、絵画や写真・彫刻をはじめとする現代アート作品を収めている。BIXファサードと呼ばれる正面部分のライトアップも美しい。
・Kunsthaus Graz(公式サイト。英語/ドイツ語)
■ヨアネウム
ヨアネウムはヨハン大公が設立した博物館組織で、グラーツの多数の博物館・美術館を統括している。東岸のヨアネウム地区には現代絵画を展示するノイエ・ギャラリーや自然科学博物館があるほか、18世紀以前の絵画を収めたエッゲンベルク城のアルテ・ギャラリーや、バロック様式の宮殿を改装した宮殿ミュージアムなども管理している。
・Universalmuseum Joanneum(公式サイト。英語/ドイツ語)
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ヴィト・アコンチ設計の貝殻状の現代建築、ムアインゼル
現代的なデザインで知られる2003年建設の人工島。中央には円形劇場があり、カフェ・レストランが併設されている。
・MURINSEL(公式サイト。英語/ドイツ語)
■聖母救済教会
17世紀に建築されたバロック様式の教会で、18世紀に取り付けられた2本の美しい鐘楼で知られる。
世界遺産グラーツ市の見所5. エッゲンベルク城
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エッゲンベルク城。大広間、惑星の間、日本の間、惑星庭園などの他に、アルテ・ギャラリーや考古学博物館なども入っていて見所は多彩
■エッゲンベルク城
テーマは宇宙で、4つの塔、12の門、365の窓、24の広間はそれぞれ四季、12か月、1年の日数、1日の時間数を表している。15世紀に建設がはじまって随時改修・改築されており、ルネサンス様式の幾何学庭園、マニエリスム様式の宮殿、ロココ様式の内装等々が見事に調和している。
・Schloss Eggenberg(公式サイト。英語/ドイツ語)
ワインやビール片手に町を歩こう! 食べ歩きの町グラーツ
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ムール川に浮かぶ人工島ムアインゼル。中央に円形劇場があるほか、カフェ・レストランではワインやビールも楽しめる
たとえば町のあちらこちらで見掛けるワイン居酒屋・ブッシェンシャンク(ホイリゲ)や市場(マルクト)。人々が昼間からお酒を飲んでいたりするのだが、こんな場所で地元のワイン片手に気のよい人たちとともに過ごすひとときがたまらない。
お酒とグラーツの関係は深く、グラーツが位置するシュタイアマルク州は古代ローマからワインの名産地だった。特に南部の一帯は、水はけがよくミネラル分を豊富に含んだ火山灰の層がすばらしいワインを生み出すということで「ワイン街道」と呼ばれている。
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シュロスベルクの城砦跡を利用したオープンエアーのイベント会場。収穫祭などでバーとして利用されることもある
■ワイン
ワイン街道の白やロゼが有名で、香り高くキリッとしたやや辛口の味わいが典型。濃厚な甘さを誇る貴腐ワイン=クラッハはデザート代わりにオススメ。秋になると、発酵がはじまったモストや、発酵が進んだ微発泡のシュトルムといったワインのどぶろくが楽しめる。
■ビール
オーストリアはビール大国でもあり、消費量はドイツ人を上回るともいわれる。そもそも瓶詰めのラガービールはオーストリアで発明されたものだ。同国でもっともビールがおいしいといわれるのがシュタイアマルク州。グラーツにもプンティガマーやレイニングハウスをはじめ数々の醸造所がある。
■パンプキンシード・オイル
グラーツでもっとも人気の高いお土産が「黒い黄金」といわれるカボチャのオイル。シュタイアマルク州はカボチャの名産地で「カボチャ街道」なんて言葉もある。そのままパンやサラダ、スープ、デザートにかけるだけで味わいがグッと広がっていく。
■豚肉
シュタイアマルク州は放牧が盛んで豚の名産地でもある。特に生ハム=シュペックが有名で、豚肉を塩漬けして6~27か月ものあいだ熟成・乾燥させて作られる。ヴルカンランド・シュペックはその最高峰だ。
グラーツへの道
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エッゲンベルク城の中庭。日本の間に収蔵された「豊臣期大坂図屏風」が縁となり、同城と大阪城は友好城郭を提携した (C) Canonrobi
日本からグラーツへの直行便はないので、フランクフルトやチューリヒなどを経由する。格安航空券で12万円前後。
あるいは首都ウィーンに入ってもよい。こちらも直行便はないのでフランクフルトやワルシャワ、ドバイなどを経由する。格安航空券で8万円前後から。ウィーンからグラーツまで電車やバスで2時間半程度。
■周辺の世界遺産
ウィーンには「ウィーン歴史地区」と「シェーンブルン宮殿と庭園群」があり、ウィーンの南東45kmほどには「フェルテー湖/ノイジードラー湖の文化的景観(オーストリア、ハンガリー共通)」がある。また、ウィーンとグラーツの間には「ゼメリング鉄道」がある。
グラーツのベストシーズン
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グラーツのランドマーク、シュロスベルクの時計塔
年間降水量は少なく、降水量がもっとも多い6月でも東京の冬より少し多い程度。雨は5~9月の夏に多く、12~3月は非常に少ない。雨はさほど気にすることはないだろう。
ベストシーズンは寒い冬を除いた春~秋。
世界遺産基本データ&リンク
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時計塔とつづら折りの260段の階段 (C) Jean Francois Riemer
登録名称:グラーツ市-歴史地区とエッゲンベルク城
City of Graz - Historic Centre and Schloss Eggenberg
国名:オーストリア
登録年と登録基準:1999年、2010年範囲変更、文化遺産(ii)(iv)
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