2017年版稽古場レポート
『アニー』稽古より。写真提供:日本テレビ
さて、時間となって二幕後半の通し稽古がスタート。アニーの両親探しに懸賞金をつけたところ、ウォーバックス邸には両親を名乗る男女が殺到。グレースが1000人以上との面接を終えたところに、ホワイトハウスを訪れていたウォーバックスとアニーが帰ってきます。手がかりだと思っていたロケットが量産品だったことが分かり、落胆するアニーにウォーバックスは“(経済的に)望むものは手に入れた(でも)いま孤独に気づかされた”と本心を打ち明け、二人はワルツを踊ります。小柄な野村里桜さん演じるアニーに合わせ、大柄な体をかがめて彼女に目線を合わせる藤本隆宏さん。優しさの溢れる光景です。
この流れで養子縁組がまとまり、舞台は喜びに包まれますが、そこに現れるのが怪しげな夫婦。本物の両親である証拠の品を持つ彼らに、アニーは翌朝、引き取られてゆくことに。皆が急転直下の成り行きに肩を落とすなか、一つの知らせがもたらされ、舞台は誰もが望むエンディングを迎えます。ジェットコースター的な展開ながら、一つ一つの場面での登場人物、とりわけウォーバックスの心の動きが鮮やかに表現され、観ている側は引き込まれずにはいられません。
秘書グレースをフェミニンに演じる彩乃かなみさん、ドラマを愉快にかきまわしてくれるハニガン役マルシアさん、ルースター役・青柳塁斗さん、リリー役・山本沙也加さんはもちろん、そこはかとないユーモアを称えた執事ドレーク役の鹿志村篤臣さん、アニーが引き取られることになり、ほんの一瞬ながら舞台に一人残って泣くピュー役の坂口安奈さんら、アンサンブルもいい味。間もなく初日を迎える舞台が、ますます楽しみなものとなりました。
2017年版 観劇レポート
スピード感と情味、華やぎを絶妙にブレンドし
“人生で本当に大事なもの”を描くミュージカル・コメディ
2017年版『アニー』孤児院を飛び出したアニー(会百花)は出会った犬にサンディと名付け、“明日はしあわせ”と「トゥモロー」を歌う。写真提供:日本テレビ
最も顕著なのが、ぽんぽんと飛び交う台詞の応酬。文末を簡潔化するなど、全編にわたってスピード感が行き届いた新訳の台詞を、登場人物たちはナチュラルスピードでたたみかけ、ブロードウェイで英語のミュージカルを観ているかのごとき軽やかさで、物語を進めてゆきます(演出・山田和也さん)。この“スピード感”は他要素にも共通しており、例えば孤児院で「ハード・ノック・ライフ」が歌われるシーンでは、ナンバーが近づくと、直前の意地悪先生ハニガンと孤児たちのやりとりが進行しつつ、オーケストラがかなり早い段階からイントロのビートを刻み始める。ハニガンがいなくなると、彼女たちの“うんざりモード”が最高潮とばかりに、間髪入れずに歌が始まり、イントロに耳が慣れていた観客はごく自然に歌へといざなわれてゆきます。
また可動式の舞台美術(二村周作さん)を多用した場面転換も鮮やかで、アニーが孤児院を抜け出し、街なかでサンディに出会って「トゥモロー」を歌うシーンでは、後半に差し掛かると背景が上下左右にはけ、2軒の建物だけに。それもはけ、入れ替わりに大恐慌で零落した人々が身を寄せる掘っ立て小屋が登場、いつしか次の「フーバー・ビル」のシーンへと移行しているといった具合です。(その背後には、富の象徴たるマンハッタンの高層ビル群の夜景が美しく浮かび上がり、“こちら側”の暮らしをいっそう切なく見せる効果が)。
2017年版『アニー』アニー(会百花)の孤児院脱出を、「あたしにはなんだってお見通しさ」としたり顔で阻止するハニガン(マルシア)。写真提供:日本テレビ
また今回は、初めてアニーと対面したウォーバックスが彼女のもてなし方がわからず、グレースが仕草でヒントを示すもなかなかピンと来ないため、グレースのジェスチャーがだんだん大きくなり、様子をみていたアニーが「映画!」と当てるというコミカルなシーンを挿入。仕事一筋のウォーバックスがいかに人間の機微に疎く、グレースがいかに彼に尽くしているか、そしてアニーの利発さが強調されます。
2017年版『アニー』ハニガン(マルシア)は孤児たちを一列に並ばせ、床磨きを命じる。子供たちは“未来はないよ希望もないよ”と「ハード・ノック・ライフ」を歌いながら掃除を始める。写真提供:日本テレビ
2幕直前の休憩時間には、幕前にアンサンブルの谷本充弘さんが現れ、無言で観客と“拍手練習”、その訳が2幕のラジオ番組収録シーンで分かるというちょっとした“お楽しみ”もあり、サービス精神もたっぷり。そして山田さんが以前、本作の重要ポイントとして挙げていた2幕のワルツ・シーンでは、両親探しが暗礁に乗り上げたアニーに対してウォーバックスが手を差し出し、彼の周りが小さく四角に照らし出される(照明・高見和義さん)。そこにアニーが足を踏み入れ、弦楽器の音色が優しく響く中ワルツを踊る光景は情感に溢れ、見事に本作のクライマックスとなっています。
2017年版『アニー』ウォーバックス(藤本隆宏)とグレース(彩乃かなみ)は、庶民の娯楽、映画を観に行こうとアニー(会百花)をNYのタイムズ・スクエアに連れて行く。写真提供:日本テレビ、
そんなアニーによって“人生で本当に大事なもの”に気づかされるウォーバックス役、藤本隆宏さんは、日本版ウォーバックスの歴代最年少。恵まれない環境から身を起こし、億万長者に成り上がった人物をブルドーザーのような覇気で演じ、アールデコ様式の豪奢なお屋敷に住んではいるが自身に教養は無い、という設定も、勢いのある喋りや歌声でうまく表現しています。そんなウォーバックスが、終盤にはおそるおそるステップを思い出しながらアニーとワルツを踊り、グレースの真心に応えて手を差し伸べ、ハニガンの悪事を暴く段では“すべてお見通し”とばかりにおどけて歌いだす。一気に人間的な幅を広げてゆく様が、実に微笑ましく映ります。
2017年版『アニー』アニーが大富豪の養子になるかもしれないと聞いたルースター(青柳塁斗)とリリー(山本紗也加)は、ハニガン(マルシア)を巻き込み一獲千金を目論む。写真提供:日本テレビ
アニーの楽観主義に触発され、閣僚たちに「一緒に歌って」どころか「ハモって!」とまで指示してしまうルーズベルト大統領役・園岡新太郎さんらも好演です。チーム・モップの孤児仲間たち(今村貴空さん、年友紗良さん、久慈あいさん、吉田天音さん、相澤絵里菜さん、野村愛梨さん)もおとなしかったりこまっしゃくれていたりと各キャラクターを表現しつつ、歌い踊るナンバーでは思い切り蹴り上げる動きに生命力が漲り、物語の“その後の彼女たち”を楽しく想像させてくれます。
上演32年目にして第三ステージへと突入した日本版『アニー』。新たな魅力を得た今年、春夏の公演の間にどのように磨きをかけ、来年へとバトンを渡してゆくでしょうか。この先、どのような歴史を作ってゆくのか、いつまでも見届けてゆきたいと思える舞台です。
2017年『アニー』の演出家・山田和也さん(左)とキャストの方々。左からルースター役・青柳塁斗さん、ハニガン役・マルシアさん、アニー役・野村里桜さん、ウォーバックス役・藤本隆宏さん、アニー役・会百花さん、グレース役・彩乃かなみさん、リリー役・山本紗也加さん
『アニー』
2018年4月21日~5月7日=新国立劇場中劇場