【2018年版ウォーバックス役・藤本隆宏さんインタビュー】
“大人のサウンド”が素敵な作品だけに、
二度目の挑戦では特に歌に磨きをかけていきたいです
藤本隆宏 福岡県出身。競泳選手としてソウル、バルセロナオリンピックに出場後、95年に劇団四季研究所に入所、『キャッツ』等に出演。98年に退団。舞台『Into The Woods』『エリザベート』、テレビドラマ『坂の上の雲』『真田丸』、映画、コンサート司会等、幅広く活躍している。(C)Marino Matsushima
――藤本さんは2017年の新演出版で『アニー』に初出演されましたが、出演の前と後では、作品についてのイメージは変わりましたか?
「変わりましたね。以前は、子供の出ている子供のためのミュージカルかなと思っていたけれど、実際は子供が主役の“大人のミュージカル”なんだな、と。子供だけでなく大人もしっかり楽しめる、本格的なブロードウェイ・ミュージカルだと感じました。本作の楽曲はバラエティに富んでいるし、台詞もとても深いんです」
――前回公演の藤本さん演じるウォーバックスは、日本での上演史上最も若いウォーバックスということもあってか、ブルドーザーのように勢いのある実業家として映りましたが、ご自身の中ではどのような人物像を抱いていらっしゃったでしょうか。
「おっしゃるようにブルドーザーのようにまっすぐで、信念を持つビジネスマンではあるけれど、その方向性がお金の方向に行きすぎていた人物として演じました。現代で言えばドナルド・トランプのような、口角泡を飛ばしながら仕事をしている実業家ですね。自分では思い切りやっているつもりでも、 “ちょっと優しすぎる”というご指摘もあったので、次回は優しさを封印したウォーバックスにしてみたいと思っています。殻を破っていけるような思い切りの良さ、破天荒さをもったウォーバックスを、特に1幕の登場シーンでお見せしたいですね。
そして2幕では、アニーを見守るにあたって、自分の心が動いてもあまりそれを表に出し過ぎない、大人なウォーバックスに出来れば。前回は“Maybe”リプライズの後ですとか、アニーが自分の胸に飛び込んできた時、涙が止まらなくなってしまったことがあって、その気持ちは間違いではないけれど、ぐっと我慢しなければ、と思っています」
――ウォーバックスは、孤児院の子供とクリスマス休暇を一緒に過ごすという慈善活動の一環で、グレースが選んできたアニーを受け入れますが、はじめは無関心だったのが、いつしか彼女を“養子にしたい”と考えるようになります。彼女を孤児という境遇から救うというより、ウォーバックスの側がアニーという存在を必要としたのですね。
「そうですね、生きるのに精一杯の筈なのに飛び切り前向きで、大人に対して“明日のことを考えて行こう”と言ってくれるアニーに接するうち、親子になることで、(彼女を救うというより)自分のほうも生きるエネルギーが欲しい、と願ったのでしょうね。
でもアニーに対して“養子にしたい”というシーンは、なかなか難しいものですね。すんなり言える台詞ではないし、それに対するアニーの返答もそう。公演を重ねるうち、だんだんお互い、時間が伸びていったような気がします(笑)。逆に言えばウォーバックスとアニーの芝居が出来てきたということなのかもしれないけど、あそこの気持ちをうまくコントロールするのも課題かなと思っています。」
――前回公演は、藤本さんにとっては久しぶりのミュージカルだったそうですね。
「はい、まずはどう発声すればいいのかというところから振り返ってやって行きましたが、演出の山田さんからは、心の内面についてのご指摘が多かったです。やっぱり映像も舞台も同じく、相手の台詞を聞いてどう心を動かし、どう応えるかが大切ですが、それを追究するうち千穐楽になたという感覚がありますね」
――ふだん映像で活躍されている方はしばしば、ミュージカルでは台詞から歌への切り替わりが難しいとおっしゃいますが。
「僕の場合、そこでの苦労はそれほど大きくはなかったですね。例えば(ビッグ・ナンバーの)“N.Y.C”にはそれまでの勢いのある芝居のまま行けましたし、“I Don’t Need Anything But You”も、意外と前奏までに心を動かすことが出来たので、スムーズに歌に入っていけたような気がします」
――本作の音楽を、どうとらえていらっしゃいますか?
「一言でいえば、“大人のサウンド”でしょうか。ジャクソン5(60~70年代に絶大な人気を得たグループ。マイケル・ジャクソンがリード・ボーカルを務めた)的な要素もあるのは、70年代に作られたミュージカルだからこそだと思いますし、“Maybe”にしても“Hard Knock Life”、“Tomorrow”、“Something Was Missing”にしても、聞けば聞くほどいい曲だなと思います。
本作は本当にいい曲揃いだというのが、演じながら感じられましたね。ただ、自分が歌ってみると予想以上に難しいんです。例えば“N.Y.C”は冒頭、低音から、ウォーバックスの高揚感を表現しているのでしょうが、一気に高いCに上がるので、外さないよう注意が必要なほど音域が広いし、調も3回変わります。いっぽう“ワルツ”は中音域がメインで、はじめに低い方を響かせてしまうと全体の響きが変わってしまうので、気を付けなければなりません。
たしか数年前にブロードウェイでウォーバックスを演じていたのが、(『レ・ミゼラブル』の)バルジャンをやった方で、クラシカルな素晴らしい歌唱でした。やっぱりメロディをなんとなく語るのではなく、きちんと音を取ってちゃんと音符をなぞっていかないと成立しないミュージカルだなと思いましたね。私もはじめはきちんと音をとりましたが、途中、“歌える”と思って感情優先にしてしまい、しっくり来なくてもう一度ピアノで音を取りなおしたことがありました。音ってとてもデリケートなもので、僕は楽器や声楽をやっていたわけでもないので、本当に毎日やらないといけない、とミュージカルのハードさを教えていただいた作品です」
――新演出版のウォーバックスは、ダンスも“がっつり”なさっています。
「本番ではこなしましたけど、稽古場でははじめ、笑いが起きるぐらいダメでした(笑)。基本的に踊りは得意な方ではないけれど、稽古で一回動けば、昔スポーツをやっていたこともあって体がすっと覚えてくれるんですね。次回はより磨きをかけて、しっかり頑張らなきゃいけないなと思っています」
――次回のアニー役の女の子たちには、既にお会いになっているのですよね。
『アニー』2018製作発表にて。(C)Marino Matsushima
「まだ2回しか会っていませんが、元気なお子さんたちです。緊張しているけどそれを楽しんでいますと言っていて、度胸があるなと思いましたね。一人は(『レ・ミゼラブル』の)リトル・コゼット、もう一人は『ガンバの大冒険』でジャンボをやったことがあるということで舞台経験もあるから、こちらが心配する必要はないでしょう。大人としては、彼女たちの良さを伸ばしていけるよう対応できればと思いますね。やっぱりアニーって主役ですし、子供たちが憧れるような存在であって欲しい。そういう輝きを持ってる二人なので、今回共演するのが楽しみです」
――ご自身の中で、今回“隠しテーマ”にされていることはありますか?
「やはり歌に関して、オーケストラとの合わせ方であるとか、もっと音楽を研究して、完成度の高いものを目指していきたいなと思っています。そのために海外版のCDを聴きなおしたり、音楽監督の佐橋さんや演出の山田さんにも相談したいですね。とにかく素敵な音楽、素敵なミュージカルですから、一音、一音、なぜこの音なのかと考えながら、もっともっと上を目指していきたいです」
――藤本さんのプロフィールについてはご存知の方も多いと思いますが、競泳選手として活躍(ソウル、バルセロナオリンピックに出場)された後、劇団四季に在籍されました。四季で学んだことで最も大きかったのは何でしょうか?
「俳優としての基礎を教えていただきました。努力が必要であることはスポーツと全く同じで、劇団ではカリキュラムも組まれ、みんな自然にやっていましたね。退団後、映像の世界に入ってからは、俳優には遊びや、いろんな情報を得て人間的に成長することが大事だと思っていましたが、ことミュージカルに関しては芝居も歌も踊りも、基礎をやった上で初めて人間的なプラスアルファを加えることができるのだと、『アニー』に出演したことで思い出しましたし、その基礎を教えていただいたのが四季だったと感じます。
劇団時代の思い出というと、努力の仕方がわからず、ひたすら一人でピアノをたたいていたことですね。劇団では週に一回、ソルフェージュ(注・楽譜を音名(ドレミ)で正確に歌う練習などを通した、音楽の基礎訓練)のレッスンはあったけれど、1時間しかありません。いただいた役で一小節か二小節、ソロがあっても、どう歌うのが正解かは誰が教えてくれるわけでもなく、個室に入って自分でピアノをたたきながら練習していました。音大を出ていらっしゃる方は出来るのだと思いますが、僕はスポーツ選手あがりでしたし、どういう声がいいのか、正解が分からないんですね。何とか見つけようと、必死でした。でもそれが今に活きていて、それは感謝しています。
いまだに、ミュージカルが“わかってきた”とは思いませんが、音に関しては敏感にやって行かなくてはならない、もっと聴く耳をもって、冷静になってやっていかないといけないと改めて思います。それによって、レベルを少しでも上げていきたい。ミュージカルが好きでこの世界に入りましたが、やっぱりミュージカルはいいですね。心を動かされます」
――どういったミュージカルが好みですか?
「基本的には、音楽があれば何でも。例えば今年(2017年)トニー賞作品賞をとった『Dear Evan Hansen』、ポップな音楽がいいですよね。最近は“いい曲”が少なくなってきたといわれるけれど、実にいい音楽だと思います。ブロードウェイには最近行けていませんが、元気をもらえる場所なので、また行きたいなぁ。(『アニー』に限らず)ミュージカルにも、機会があればどんどん出演していきたいです」
*次頁にルースター役・青柳塁斗さんインタビューを掲載しました*