メンタルヘルス

若者から高齢者まで起こり得るセルフネグレクトとは

身だしなみ、食生活、身の回りの維持……。こうした最低限の日常生活における自己管理を放棄してしまう「セルフネグレクト」。近年は孤独死やゴミ屋敷などの社会問題との関係でも聞くことがあります。若者から高齢者まで、あるゆる年代で起こりうるセルフネグレクトについて、詳しく解説します。

中嶋 泰憲

執筆者:中嶋 泰憲

医師 / メンタルヘルスガイド

セルフネグレクトとは

孤独

身だしなみや食生活、金銭管理などの自己管理力が著しく低くなってしまうセルフネグレクト。自力での回復は難しく、深刻な問題につながることもあるため注意が必要です。

毎日を健康的に生きるためには、食事やお金のこと、部屋の掃除、健康管理など、苦手であっても最低限の自己管理をしていかなくてはなりません。しかし、頭でははっきり分かっていても、なかなか理想通りにできないと感じている人は少なくありません。

例えば、部屋を片づけたいと思っていても、散らかっていく一方。健康に悪いとわかっていても、ついついタバコに手が伸びてしまう……。理想に行動が伴わないことは誰にでもあるものですが、時として、その「できない」ことが通常のレベルを超えてしまうことがあります。

例えば部屋が片づけられないというレベルではなく、「ゴミ屋敷」に近いほどの状態になっている場合や、食事の支度が苦手というレベルではなく、毎日の一定の時間に最低限の食事をすることすらできないというような場合、「セルフネグレクト(Self neglect)」の可能性もあります。

セルフネグレクトとは、比較的新しい言葉ですが、「成人が通常の生活を維持するために必要な行為を行う意欲・能力を喪失し、自己の健康・安全を損なうこと。必要な食事をとらず、医療を拒否し、不衛生な環境で生活を続け、家族や周囲から孤立し、孤独死に至る場合がある(『デジタル大辞泉』)と定義されています。近年は、ゴミ屋敷や孤独死などの様々な社会的問題の背景としても、このセルフネグレクトが挙げられることが増えてきました。

食事内容、金銭管理、最低限の身だしなみなども含めて、身の回りの管理が極端に不摂生になってしまう「セルフネグレクト」は、誰にでも起こり得る問題です。詳しく解説します。

努力だけでは止められない…セルフネグレクトの進行

セルフネグレクトの状態になってしまう要因は一つではありません。もともと本人に何らかのパーソナリティ的な素地がある場合もあるでしょうが、それに拍車をかける要因も通常いくつか挙げられるものです。

周りからの干渉がほとんどないほど社会的に孤立している、深刻な持病を抱えている、生活環境がとても厳しい……。セルフネグレクトはこうした厳しい現状に対し、本人が半ば無意識に選択した心理的反応と見なせる面もあると思います。

そしてセルフネグレクトの大きな問題点は、自分ではなかなかその現状を認識できないことにあります。気づかないので当然自分の意思でストップをかけることが難しいですし、仮に周りの人がセルフネグレクトの状態に気づいて何らかのサポートをしようとしても、本人がそれを望まないケースもあります。また、サポートを申し出る相手に対し、何らかの疑いの気持ちを感じてしまい、はっきりと拒否しまう可能性もあります。

セルフネグレクトに医学的な問題を伴う場合、治療が必要

セルフネグレクトの引き金になったり、それを深刻化させたりする要因として、何らかの疾患が未治療の状態で放置されている可能性もあります。

たとえば高齢者の場合、もし家が荒れ果てている場合、その原因として、認知機能の低下が関与している可能性もあります。その際は認知症だけでなく、うつ病などの疾患でも認知機能の低下が症状として現れる可能性があることには注意していただきたいです。

うつ病は高齢者に好発しやすい疾患の1つですが、抗うつ薬などで効果的に対処できる疾患でもあります。治療を開始して、抑うつレベルがある程度落ち着けば、セルフネグレクトの要因になっていた認知機能も元のレベルに戻っていくでしょう。

実際、セルフネグレクトの背景に精神疾患が関わっている場合は少なくありません。それはうつ病だけとは限らず、統合失調症などが関わっている可能性もあります。うつ病は若年層から高齢者までどの年代でも初発する可能性がありますが、統合失調症は通常10代後半から30代までに発症します。もし妄想や幻覚といった、統合失調症に特徴的な症状がはっきり現われ始めれば、周りの人もこの疾患の発症に気づきやすくなるでしょう。しかし、その明らかな発症の前段階として、ある程度の期間は一見、日常的な問題で片づけられそうなセルフネグレクトの状態が起こることがあります。場合によってはその時点ですでに妄想や幻覚といった陽性症状も現われ始めている可能性もありますが、精神疾患は一般に早期に治療を開始することが、予後を大きく左右します。

若年層のセルフネグレクトに対しては、こうした精神疾患の可能性があることも念頭において対処したいものです。

飲酒問題などがセルフネグレクトを深刻化させている可能性も

また、飲酒によるアルコール依存、喫煙によるニコチン依存など、依存症の原因になり得る物質には注意が必要です。こうした薬物問題はセルフネグレクトにしばしば関係するからです。

薬物問題はその原因薬物が何であれ、程度が進んでいけば日常の生活機能が低下しやくなります。深刻化すると、身の回りも不摂生になりやすいものです。例えば治療薬を飲まなければならないような状態でも、お酒やタバコを買いに外出して治療をなおざりにするようでは、健康状態はさらに悪化していく可能性があります。

セルフネグレクトに対処する際は、もしその背景にアルコールや喫煙を含む何らかの薬物問題がある場合、それに対しても精神科的な対処が必要になってきます。

セルフネグレクトではない事情がある場合も……

では、日常生活が荒んでしまっている場合、全てのケースは心の病やセルフネグレクトと考えてよいのでしょうか? 毎日の食事が許容しにくいほどいい加減になっていたり、持病を抱えているのに治療薬を飲まなくなっていたりする場合は、どうでしょうか? こうした状態に周りの人が気づいた場合、それは「セルフネグレクトだ」と判断されてしまうかもしれません。

しかし決めつけてしまわないよう注意が必要です。これらの状態の背景には、実は心理的な問題としてのセルフネグレクトではなく、他に深刻な事情を抱えている場合も少なくないからです。例えば家計が非常に厳しく、毎日の食費や治療薬の費用の捻出が厳しくなっていたり、体調が悪化し過ぎて外出が困難になっていたりする場合もあるでしょう。いずれにしても周りの支援や理解が必要な状態であることに変わりはありませんが、生活の変化=セルフネグレクトと判断しないようにしましょう。

以上、今回はセルフネグレクトについて解説しました。要因は様々ですが、本人が自力でそれにストップをかけることが難しいことは、いずれの場合も同じです。セルフネグレクトとは何か、その状態においては周りからの適切なサポートが必要であることを、ぜひ多くの方に知っていだたきたいと思います。
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