ガチャを採用した任天堂と、故岩田元社長の基本方針
生前の元岩田社長は、ガチャによって高額課金を誘発するビジネスモデルを行わないと明言していました。
シミュレーションRPGの人気シリーズであるファイアーエムブレムをベースに、スマートフォンで遊びやすいよう、6×8マスのコンパクトなマップで、味方の出撃英雄はたった4体、1ステージが数分で終わるという、モバイル端末で遊びやすいようにまとめあげています。
しかし、それらのゲーム内容よりもことさら多くの人の話題に上がったのは、くじ引き型の課金方式である、いわゆる「ガチャ」を搭載していることでした。というのも、任天堂は、ガチャによって射幸心を煽り、高額課金を誘発するビジネスモデルを明確に否定していしていたからです。以下は、2012年4月27日に行われた決算説明会で、当時任天堂社長だった故岩田 聡氏による発言の引用です。
「構造的に射幸心を煽り、高額課金を誘発するガチャ課金型のビジネスは、仮に一時的に高い収益性が得られたとしても、お客様との関係が長続きするとは考えていないので、今後とも行うつもりはまったくない」
【関連サイト】
2012年4月27日(金)決算説明会 任天堂株式会社 社長 岩田聡(任天堂公式サイト)
上記の発言をしたのは5年も前ではありますが、モバイル端末向けゲーム開発に向けてDeNAとの協業を発表した2015年にも、インタビューなどで近い内容の発言をしています。また、岩田氏は胆管腫瘍により、2015年に亡くなっていますが、その後社長となった君島 達己氏は、岩田氏の基本方針を継承していくことを発表しています。
さて、このような状況で採用された任天堂のガチャの仕組みは、どのようなものだったのでしょうか?
ガチャの仕組み
未成年は、月額12,000円の課金上限が設けられています
ガチャを回すにはオーブというアイテムが必要で、これが3つで240円で販売され、1つあたり80円。まとめて買うとお得になり、最大140個で8,800円で1つあたり約63円となります。ガチャは1回にオーブが5個必要ですが、連続で回すこと必要数が少なくなり、最大で、オーブ20個で5体の英雄を手に入れることができます。この5回が1セットで一旦リセットされ、また必要なオーブの数は5個に戻ります。ですので、多くのユーザーはオーブを20個ためて5回連続でガチャを回します。
星5つの英雄が出る確率は基本が3%、さらにイベントで特定の英雄の出る確率がさらに3%UPします。ガチャを5回行って、星5つの英雄が登場しなかった場合は、星5つの登場確率が0.5%ずつ上昇します。さらに120回行って星5つが出ないと、次回は100%、必ず星5つの英雄が登場することとなり、これがいわゆる天井の設定となります。この確率上昇の効果は、前述した5回1セットで有効なので、120回連続で星5を外すと、次の5回は5体とも星5つの英雄が出てくることになります。ちなみに120回連続で外すまでの課金額をオーブ1個あたりの価格63円で計算すると、30,240円となります。
また、天井に達したからといって、それは星5つのレアリティが確約されるだけであって、自分の好きな英雄が手に入るわけではありません。別の救済措置として、星4つ以下のレアリティの英雄でも、育てることですべての英雄を星5つにすることができます。ただし、星の数を増やすには別のアイテムが必要となります。課金をせずに星4つの英雄を星5つにする為のアイテムをそろえようとすると、現状では1体につき数ヶ月程度の地道なプレイが要求されるものと思われます。
無課金でも遊べる?
コンパクトでサクサクと合間に遊びやすい設計です
また、オーブは課金によるものだけではなく、ゲームをプレイしていると、ストーリーのステージクリア時、特定の条件を満たすことでクリアできるミッションクリア時、その他ログインボーナスなどのキャンペーン等、様々な場面でもらうことができます。
もちろん運によりますが、課金をせずに星5つの英雄を複数体手に入れた人も決して珍しくはないでしょう。どうしても高いレアリティのお気に入りキャラが欲しいとか、一気にストーリーをクリアしたいとか、プレイヤー同士のランキングがつく闘技場で強い相手に勝ちたい、というようなことにこだわらなければ、無課金でも十二分に遊べます。
むしろ、ゲームの面白さの話でいえば、強い英雄で蹂躙し続けるよりも、勝てるか勝てないかのギリギリのところで工夫する方が面白さが発揮されます。手に入ったそれなりの英雄を工夫してミッションを突破する楽しさはファイアーエムブレムらしい「手強いシミュレーション」かもしれません。
限界突破と個体差
この英雄の星5つがどうしても欲しい…といったことにこだわらなければ無課金でも問題ありません
その例を2つ程ご紹介しましょう。1つは限界突破というシステムです。簡単に言えば、同じ英雄を2体用意することで、より強くすることができるシステムです。FEHはレベル40まで育てることができますが、限界突破を使えばまさしく限界を突破して強力な英雄を育成することができます。ただし、限界突破して能力値を底上げするには、同じ英雄で同等以上のレアリティが必要となります。1つの英雄につき限界突破は10回まで行うことが可能となっていますが、最大まで育てようと思えば、星5つの同じ英雄が11体必要な計算になります。
もう1つが個体差です。FEHの英雄は、同じレアリティ、同じ英雄でも、それぞれ微妙に能力が違います。レベル40まで育て切ると、最終的なステータスの総合計はほとんど変わらないようになっていますが、英雄によって攻撃力が高めだったり、防御力が高めだったり、というようなステータスごとの得手不得手が出るようになっています。特に重要視されるのは「速さ」のステータスで、速さのステータスは、5以上の開きがあると、「追撃」といって速い方が1回多く攻撃をすることができます。FEHにおいて追撃が起こるということは、攻撃力が2倍になると言ってもいい絶大な効果がある為、個体によって速さに5以上の開きがでることは、大きな差であると言えます。
どちらの要素も、のんびり遊んでいくのであれば全く気にしなくていい内容です。気にしないどころか、同じ英雄に個体差が存在するなんて知らないで遊んでいる、というユーザーも少なくないでしょう。一方で、限界突破や個体差まで考えて英雄を育てたいと思えば、相当な課金額が想定されます。
かっこ悪い任天堂
ファイアーエムブレムシリーズがどうなっていくのか、そして他のIPへの影響も注目が集まります(イラスト 橋本モチチ)
見も蓋もない言い方をすれば、任天堂は、社会問題になりつつも儲かるとして競合他社が過当競争を繰り広げているガチャビジネスに、故岩田元社長の掲げた方針を撤回して数年遅れで参入してきた、ということになります。任天堂なりの筋の通った理由があるのか、業績回復を考えれば背に腹は代えられないということなのか、それともファイアーエムブレムだけは任天堂の中で例外なのか。任天堂の中にどのような考えがあるにせよ、客観的には相当に「かっこ悪い」に形になっているように思えます。
ビジネス的な側面で見ると、ガチャによる収益向上だけでなく、手軽に始められる基本無料のゲームは、過去にファイアーエムブレムシリーズを遊んでいるユーザーの掘り起こしにつながる可能性もあります。ゲーム的にはファイアーエムブレムシリーズを土台にしてはいるものの、小さいマップや少ない出撃枠、命中率の廃止など、かなり簡略化されている部分もあり、シリーズ本編との差別化もできていると言えます。IPを活用することで、タイトルへの接触機会を増やし、キャラクタービジネスやコンシューマーの本編へと繋げる、という意味では、良い按配に仕上がっているのではないでしょうか。
「ポケモンGO」が「ポケットモンスター サン・ムーン」の世界的な販売に好影響を与えたように、FEHが、例えば2017年4月20日に発売予定のニンテンドー3DS用タイトルの「ファイアーエムブレム Echoes もうひとりの英雄王」の売上に貢献できれば、大変な好循環となります。
しかし、かつて任天堂自身がそういっていたように、ユーザーとの信頼関係という点において、ガチャによって高額課金を誘発するビジネスモデルにはリスクもあります。今後、FEHが高額課金者を多く誘引していくかは、現状あるシステムのみならず、そのシステムをどう運営するかに大きく関わります。FEHがガチャによって大きく利益をもたらす時、そのリスクも膨らむ形になります。
FEHでガチャを採用したことは、任天堂にとって、単にかっこ悪いで済む話であれば大きな問題ではないのかもしれません。しかし、冒頭でご紹介した故岩田元社長の「仮に一時的に高い収益性が得られたとしても、お客様との関係が長続きするとは考えていない」という懸念が的中するのであれば、それはかっこ悪いだけでは済まないでしょう。そういう意味で、FEHが今度どう運営されるのか、どのような形で利益拡大を狙うのか、そしてそれが成功するのか、他のIPへも影響していくのかなども含め、今後の動向が注目されます。
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