2016年も残すところわずか。年の瀬には、人間の内面を掘り下げた再演舞台『貴婦人の訪問』『Play a Life』が登場するいっぽう、ついにヴェールを脱ぐ日本初演『マーダー・バラッド』『わたしは真悟』『プリシラ』『ノートルダムの鐘』も開幕。年末まで目の離せないミュージカル界です!
*11~12月開幕の注目!ミュージカル
『貴婦人の訪問』11月12日開幕←観劇レポートUP!
『Play a life』11月16日開幕←広瀬友祐さんミニ・インタビュー&観劇レポートUP!
『わたしは真悟』12月2日プレビュー←観劇レポートUP!
『プリシラ』12月8日開幕←稽古場&観劇レポートUP!
『嵐の中の子どもたち』12月23日開幕←観劇レポートUP!
*今月の話題の映画
『戦火の馬』(ナショナル・シアター・ライブ)11月11日上映初日
*All Aboutミュージカルで特集のミュージカル
『マーダー・バラッド』出演・
平野綾さんインタビュー&観劇レポートを掲載!
『ノートルダムの鐘』
オーディション&製作発表、稽古レポート&演出家・キャストインタビュー、観劇レポート、作曲家インタビューを「完全レポート」として掲載!
『キャバレー』出演・
小池徹平さんインタビューを掲載!
『ロミオ&ジュリエット』出演・
大野拓朗さんインタビュー、
古川雄大さんインタビュー、
平間壮一さんインタビューを掲載!
『フランケンシュタイン』出演・小西遼生さんインタビューを掲載予定
12月8~29日=日生劇場
『プリシラ』Photo by Leslie Kee
【見どころ】
1994年に公開され、カルト的な人気を博したオーストラリアのロード・ムービーが、06年に同国で舞台化。以来、英米はもちろん世界各地で上演されてきた本作が今回初めて、日本で上演されます。
都会から砂漠の町に赴くことになった3人のドラァグクイーンの珍道中を彩るのは、ドナ・サマーやティナ・ターナー、シンディ・ローパーらの往年のヒット曲と、目にも鮮やかな極彩色の衣裳たち。日本版では旅の発起人となるティックを山崎育三郎さん、また性転換者で夫を亡くしたばかりのバーナデットを陣内孝則さん、そして年若くちょっと生意気なアダムをユナクさん(超新星)、古屋敬多さん(Lead)がダブルキャストで演じ、既に宣伝ビジュアルで予想以上に(!?)美しい女装姿を披露しています。稽古を挟んで、本番での彼ら(彼女たち)のドラァグクイーンぶりにどこまで磨きがかかるか。また“ポップスはお手のもの”の彼らがあの名曲・この名曲をどう聴かせるか、大いに期待できそうです。
【稽古場レポート】
『プリシラ』稽古より、山崎育三郎さん。(C)Marino Matsushima
二室に分かれて進行していた、この日の稽古。メインキャストが集まっての抜き稽古を訪ねると、既にキャストはスタンバイ。開始時刻となって演出の宮本亜門さんが現れ、まずは台本細部の変更連絡。“この台詞、“に”が近いところで二度登場するので、一つは取りましょう”など、日本語の語感にもこだわり、日々細やかに検討されていることがうかがえます。一度さらりと本読みを行い、亜門さんが“じゃあ、やりましょう”と立ち上がり、机を部屋の端に寄せると、キャストも次々に立ち上がり、しゅっと場の空気が引き締まる。これから、このシーンの動きがつけられるのです。
『プリシラ』稽古より、左から古屋敬多さん、陣内孝則さん(C)Marino Matsushima
場面は2幕半ば、3人が目的地に到着するも、感情がむき出しになるシーン。ティックに無鉄砲な行動を責められたアダムは泣き出し、バーナデットに慰められます。亜門さんがてきぱきとバーナデットの立ち位置を決め、自ら動きながらティックたちの動線を示すと、一緒に動いていたキャストは瞬時に把握、台本を手放して早速シーンの輪郭を見せていきます。まずは動きを体に入れ込む段階とはいえ、山崎育三郎さんは一発目から感情を全開、叱責される古屋敬多さんは自然と涙目。そこにさりげなく言葉をかける陣内さん、照れて自分に突っ込みを入れるくだりで、お茶目な表情を差し挟みます。
『プリシラ』稽古より、左からユナクさん、陣内孝則さん(C)Marino Matsushima
キャストが変わってアダム役がユナクさんになると、先ほどかわいらしく見えていたアダムが今度はちょっとセクシーに見え、ほんの数分の場面でもダブルキャストの醍醐味たっぷり。山崎さんは休憩時間にも“ここにこの音が来ると、ブレス(息つぎ)が……”と、訳詞のごく細かい部分について亜門さんに相談したり、古屋さん、ユナクさんと振りを確認し合ったりとフル回転。主演俳優としての責任感が漲ります。
さて別室に移ると、こちらは2幕頭のカントリーボーイたちの振付中。西部の暮らしを謳歌する人々の楽天的なナンバーを、フォークダンスのテイストも交えながら少しずつ組み立てていましたが、もう一室での抜き稽古といい、こちらの振付といい、限られた時間で細部にこだわりつつ、実に丁寧に作られています。筆者はこの舞台をシドニーで観た際、単に華やかな“懐メロ”依存ミュージカルとなる可能性もあってバランスが難しい作品かも、と感じましたが、この細やかさを見れば日本版は心配ご無用。
『プリシラ』ダンスナンバーの稽古。左から谷口ゆうなさん、大村俊介さん、和音美桜さん(C)Marino Matsushima
そうそう、この場面にはティックの別居中の妻マリオン役の和音美桜さん、ディーバ役の3人やシャーリー役・谷口ゆうなさんも参加。『レディ・べス』『レ・ミゼラブル』など静的な役の多い和音さんが快活に踊る図……かなりレアな光景(?)ですので、お見逃しなく!
【観劇レポート】
綺羅星のような80年代ポップスに彩られ
大らか&ゴージャスに描かれる“人間愛”
『プリシラ』写真提供:東宝演劇部
「社会がまだLGBTのことを理解していなかった頃の物語」のフレーズが照らし出され、舞台上の楽屋セットには主人公ティック(山崎育三郎さん)が登場、メイクを始めようとする。
『プリシラ』写真提供:東宝演劇部
すっきりとシンプルな舞台、と思いきや、賑々しいサウンドとともに、ディーバ3人組(ジェニファーさん、エリアンナさん、ダンドイ舞莉花さん)が宙乗りで降臨。(この構図を観て14年のメトロポリタン・オペラ『ラインの黄金』冒頭シーンを思い出したのは筆者だけでしょうか!?)
『プリシラ』写真提供:東宝演劇部
砂漠の真ん中の町、アリス・スプリングスのカジノでショーを行うことになったティックは、伴侶を亡くしたばかりのトランスジェンダー、バーナデット(陣内孝則さん)と美しく小生意気なドラァグクイーンのアダム(ダブルキャスト・この日のキャストは古屋敬多さん)を誘いますが、品のいい「ご婦人」ドレスを着こなす陣内さん、ボンテージ衣裳でマドンナになりきる古屋さん(女性も見惚れる脚線美)の役へのはまりっぷりと言ったら!
『プリシラ』写真提供:東宝演劇部
そんな彼らが「Don’t Leave Me This Way」(コミュナーズ)や「Material Girl」(マドンナ)をはじめ、80年代を彩った数々のポップスを歌う姿は爽快です。(イントロが始まる度に歓声があがるような“懐メロ依存ミュージカル”の方向に向かってゆかないのは、英語圏のプロダクションとは異なり、歌詞のほとんどが丁寧に翻訳され、キャストもあくまで“ヒット曲”としてではなく、作品世界の文脈で歌っているためでしょう)。
『プリシラ』写真提供:東宝演劇部
旅の途中で車が故障し、立ち寄った町で欲求不満気味の人妻シンシア(ダブルキャスト・この日はキンタロー。さん)に対抗意識を燃やされ、仰天パフォーマンスを見せつけられたり、バーナデットが気のいい修理工ボブ(石坂勇さん、滋味があり魅力的)と急接近するといった紆余曲折を経て、一行はついにアリススプリングスへ。それまで“受け身の主人公”だったティックはついにこれまで会ったことがなかった息子(ダブルキャスト、この日は加藤憲史郎さん)と対面、物語の前面へと躍り出ますが、不安な心を乗り越えようとするくだりで山崎さんの演技が光ります。
『プリシラ』写真提供:東宝演劇部
ここで彼がしきりに息子との対面、対話を恐れていたのは、冒頭で示されたように、それが「社会がまだLGBTを理解していなかった時代」であったため。(実際、劇中には前時代的な男たちによってアダムが蹂躙される、痛々しい描写もあります。)しかしそんなティックに対して、息子ベンジーは思いがけない言葉を発する。このベンジー君の発想はほかならぬ母マリオン(和音美桜さん)のリベラルな教育の賜物なのですが、これを起点に登場人物たちは“同士”から緩やかな“ファミリー”として、新たな絆で結ばれてゆきます。出番はそう多くないものの、結果的にこの結末の仕掛け人となる“グッジョブ”なマリオンを、さらりと演じる和音さんが爽やか。
『プリシラ』写真提供:東宝演劇部
日生劇場も狭く感じさせるほどゴージャスなセット、衣裳が次々に飛び出す舞台ではあれど、いかにも作品の舞台、オーストラリア的なおおらかさの中、人間愛という素敵な終点へと着地させる日本版『プリシラ』。デートにもぴったりな、心温まる舞台です。
11月12日~12月4日=シアタークリエ、12月9~11日=キャナルシティ劇場、12月17~18日=中日劇場、12月21~25日=シアター・ドラマシティ
『貴婦人の訪問』写真提供:東宝演劇部
【見どころ】
スイスの作家デュレンマットの小説を舞台化して昨年日本で初演、人間の業を深くえぐりだした舞台として高く評価されたウィーン・ミュージカルが、アンコールに応えて再登場。かつて恋人に手ひどく裏切られ、町を追われた女クレアが、数十年後、大富豪の未亡人として帰還。彼女の思いがけない申し出によって人々の本性があぶりだされてゆく様が、迫力の音楽に乗せて描かれます。
かつてクレアを愛した雑貨店主アルフレッド役に山口祐一郎さん、クレア役に涼風真世さん、市長役に今井清隆さん、警察署長役に今拓哉さん、校長役に石川禅さん、牧師役に中山昇さんと初演メンバーが揃う中で、今回はアルフレッドの妻マチルデを瀬奈じゅんさんが担当。実力派スターたちが集結し愛憎、欲望、絶望、愚かさ、儚さ…と、人間のさまざまな側面をさらに色濃く描き出してくれそうです。
【観劇ミニ・レポート
人間の愚かさと儚さを
圧倒的な“厚み”をもって描く寓話】
『貴婦人の訪問』写真提供:東宝演劇部
初演から1年、マチルデ役以外のメインキャストは再登板ということもあり、今回の再演はさらに滑らかに、隙無く流れながらも、各役の造型がいっそうくっきりとしたものに。特に市長に警察署長、校長、牧師といった町の要人たちが、根っからの“悪人”ではないものの、それぞれの立場から倫理観をかなぐり捨ててゆく様が今井清隆さん、今拓哉さん、石川禅さん、中山昇さんの手堅い演技で浮き彫りとなり、人間の“弱さ”が束となって社会全体を狂気に駆り立てる構図が鮮やかです。
『貴婦人の訪問』写真提供:東宝演劇部
涼風真世さんは非情な申し出で人々の倫理観を揺さぶるクレア役にさらにダイヤモンドのような磨きをかけていますが、ところどころで漏れ出る“女心”に悲痛さが増し、前回よりもその内面に心を寄せやすいクレア像と言えるかもしれません。また初登場のマチルデ役、瀬奈じゅんさんは夫に依存しきっていた妻が皮肉にも、この非常事態に直面することで“脱皮”し、自立してゆく姿を堅実に演じ、物語をより立体的に見せています。
『貴婦人の訪問』写真提供:東宝演劇部
この舞台を観るにつけ、難しい役どころだと思われるのが主人公のアルフレッド。“脛に傷持つ”身、それも潔い大悪党ではなく小心者でかつて打算に転んだ役柄ながら、主人公として最後まで観客の視線(同情)を集めなければならない。とりわけ日本人の感性としては、あまりリアルに彼の焦燥を表現されても観る側はいたたまれない、という面もあります。そんな難役アルフレッドを、山口祐一郎さんは優柔不断さに絶妙の“ふんわり”とした軽やかさを加え、生々しい人間ドラマを“寓話”へと転換。さらに今回は後半、マチルデ、クレアとの対峙、そして裁判において諦観のオーラを漂わせ、何とも言えない感慨深さが残ります。
ウィーン・ミュージカルらしい、肉厚で迫力のある音楽に彩られながら、人間の愚かさと儚さを描く本作。その日本版は、キャストの豊かな表現力を得、エンタテインメント性と人間ドラマとしての迫真性がこれ以上ないバランスで同居していると言えます。
*次頁で『Play a life』ほかの作品をご紹介します!