アドバイス1 完済時79歳の住宅ローンはあまりに危険
実家売却のため、新しい住まいを見つけなくてはならない。その事情はよくわかった上で言えば、マンション購入はFPの立場からはお勧めできません。2000万円借り入れて27年返済、毎月の返済額が7万2000円とのことですが、ここでもっとも問題なのは完済が79歳ということ。無理のないローンの完済年齢は、一般に長くても65歳。それ以上はリスクがあると考えられます。70歳を過ぎて、毎月ローンの支払い+管理費で計9万5000円を払い続けることは、ほぼ収入が老齢基礎年金プラスαだけですから、相当な家計負担です。実際は、これに固定資産税が上乗せされますから、毎月の負担は10万円超となります。もちろん、途中で繰上返済ができれば、返済期間は短縮できますが、完済時期を65歳まで縮めるには、1000万円超の資金が必要になります。
さらに、住宅コストは上がる可能性があります。
まず、修繕積立金のアップです。築16年ですから、完済の79歳には築43年です。当然、何かしら大型修繕がその間、1回ないし2回はあるはず。そのとき積立金で足りればいいですが、それが不足して困っている例は国内のマンションで数多く発生しています。毎月の修繕積立金を値上げするか、一時金として各戸ごとにまとまった額を大規模修繕時に負担するか。
もうひとつが、金利上昇のリスクです。借入条件から判断して、おそらく金利は1.2%程度。そうなると、金利タイプは変動か固定金利期間選択型(○年固定)のどちらかでしょう。今は、住宅ローンの金利は底ですから、全期間固定でない限り、そのリスクは絶えずあると考えていいでしょう。
また、頭金の捻出にも問題があります。個人年金保険の解約返戻金を充てるというのは、30代前半で、まだ老後まで30年近くあるという世帯ならわかります。しかし、相談者の小豆さんは8年後には一応定年となります。しかも、公的年金の支給が始まる65歳までの期間をカバーしてくれる、大事な収入源です。それを失うデメリットは小豆さんが思っている以上に大きいと思われるのです。
アドバイス2 少なくとも老後資金1500万円は必要
もちろん、老後になって、10万円超の住宅コストがずっと支払うことができれば、問題はありません。しかし、そのためには、まとまった老後資金が必要です。たとえば、65歳から年金生活になり、住宅コスト以外の生活費を10万円に抑えたとします。手にする公的年金の額はわかりませんが、15万円(20年以上厚生年金した場合の平均額)としても、税金や保険料が天引きされて13万円。結果、79歳までは月7万円の赤字です。
トータルの赤字は、この時点で1200万円ほど。それ以降は管理費と固定資産税だけになり、生活費はほぼトントンですから、これだけ用意できれば計算上は間に合いますが、何かあるかわからないので、余裕資金として最低でもあと300万円は欲しいところ。つまり、65歳の時点で少なくとも1500万円の老後資金を作れるかどうか、ということです。
現在、貯蓄は月3万円ですから、60歳定年までに288万円。退職金が1200万円以上あれば目標額をクリアできますが、そもそも退職金自体、不確定要素があります。必要な老後資金の大半が退職金頼みということ自体、リスクがかなりあると言わざるを得ません。
また、もうひとつの問題は、60~64歳の家計です。個人年金保険を解約するとすれば、働いて収入を得ることになりますが、その間、少なくとも赤字を出さない、つまり収入が生活費を上回ることが条件となります。今の勤務先に再雇用制度があればいいですが、就職活動となるとそれだけリスクをともないます。もっとも怖いのは、その間、病気やケガで収入のない期間ができてしまうことです。
つまりは普段の貯蓄によって60歳までにしっかり老後資金をつくることが望ましく、それが難しいとなると、そこでさらに住宅ローンという大きな負債を抱えることは、あまりにもリスクがあるのです。
ただし、購入できる条件として、遺産相続の前倒しがあります。1000万円を生前、つまり購入のタイミンクに譲り受けることができれば、比較的無理なく返済できる可能性が出てきます。しかも「住宅取得等資金の贈与税の特例」により、マイホーム購入資金は700万円、暦年贈与と合算すれば810万円まで贈与税が発生しません(住宅の床面積が50~240平米などの条件あり)。
もし、利用条件が合わなければ、「相続時精算課税制度」でも2500万円まで贈与税がかからないため、こちらを利用してもいいでしょう(後に相続税が発生しますが、相続財産が1人1000万円なら全額控除となる)。
仮に1000万円を贈与されたとすると、個人年金保険は解約せず、借入金は1200万円とします。同じ金利であれば、65歳完済にして毎月の返済額は約8万3000円。当初より、1万円ほど返済額がアップしますが、完済期間が大幅に短縮されます。
ただし、この後に述べますが、それでも貯蓄を増やしてかないと、老後生活そのものへの不安は拭えません。
アドバイス3 優先順位で家計から省けるものは省く
現在の家計については、住宅を購入するしないにかかわらず、貯蓄70万円ではあまりに将来が不安ということが大きな問題です。したがって、今すべきことは、それを脱すること。そのためには、省けるものは思い切って省き、貯蓄ペースをとにかく上げていくしかありません。まず、現在、息子さんと同居されていて、今後も同居されるのか。そのあたりが未確認ですが、もしそうだとすれば、たとえ収入が低いとは言え、社会人である以上、月1万円でも2万円でも生活費を入れてもらうべきだと思います。
それが無理だとしても(あるいは同居ではないにしても)、通信費のうち、息子さんのスマホの料金2万円は、本人が負担すべきです。収入が低くその費用が出せないのなら、我慢すればいいだけの話です。
息子さんに掛けている終身保険、共済、医療保険も同様。そもそも独身にこれだけ充実した保険は必要性を感じません。あっても共済だけで十分ですが、ともあれ、その保険料を母親が負担する必要はないと言えます。
子どものためにしてあげたいという気持ちを否定はしません。詳しい事情はわかりませんが、もしかしたら母子家庭だった環境も影響しているかもしれません。それでも、小豆さんにそこまでの資金的余裕がないことも事実なのです。そして、あえて負担しないことは結果的にお子さんのためにもなるはずです。
また、教育ローンですが、データ補足によると、相殺できる別の貯蓄があるとのこと。それがどういう性格の貯蓄がわかりませんが、もし一括で支払えるなら完済してはどうでしょう。
さらに「賃貸ならクルマを手放す」とありますが、駅や買い物に行くにはクルマがないと不便という住環境でなければ、貯蓄ペースを上げる目的でその選択肢は十分にあります。
これらの見直しがすべてできれば、月の支出はほぼ8万円が浮きます。またボーナスも、終身保険の年払い分と車検になどのクルマのコストがなくなれば、実質50万円貯蓄できるかもしれません。そうすれば年間150万円も可能です。定年までの8年間で、退職金を含めずに1200万円もの老後資金ができることになります。
もちろん、一気にこれだけの見直しは難しいでしょう。これまで、貯蓄が70万円であることを考えれば、見えない部分での支出がさらにある可能性もあります。家計管理を再度しっかり見直し、給与天引きや口座振替などの積立貯蓄などを利用して、先取り貯蓄をしていく習慣が必要です。
そして大事なのは、支出に優先順位を徹底して、低いものは削っていくというだけの作業だけで、これだけ老後資金が用意できるということを認識することです。住宅に関しては、基本的には、今慌てて購入せず、比較的安い賃貸にとりあえずは住むことをお勧めします。仮に家賃10万円であれば、住宅コストは水道光熱費も加えれば、5万円以上アップします。その間の家賃は無駄にも思えるでしょうが、リスク回避のコストだと思ってください。
それでも先の家計の見直しができれば、年間100万円近い貯蓄も可能なのです。そして、老後資金は確保した上で、さらに住宅購入の頭金がまとまった額貯まれば、その段階で再度購入を検討されてはどうでしょうか。
相談者「小豆」さんより寄せられた感想
この年齢と貯金とでは無謀な相談でした。これで諦めがつきました。なかなか、信頼できるFPの方を探すのが大変な事と費用が掛かるので誰にも聞けず躊躇していた時に取り上げていただけるとご連絡を頂き本当に助かりました。もしかしたら、購入できるのではないか?浅はかな考えが出ていました。買えば何とかなる!と。今後は、先生のアドバイスに近づけるように、生活全般を見直し、無駄使いをせず目標貯金額を1500万円にして目指して行こうと思います。これから、真剣にお金と向き合おうと思います。教えてくれたのは……
深野 康彦さん
取材・文/清水京武 イラスト/モリナガ・ヨウ
【関連記事をチェック!】
貯金も年金もない54歳内縁の夫。老後生活は大丈夫?
57歳、貯金はあるが、85歳の母親と兄の医療費が不安
60歳無職。この老後資金で生きられるのはどのくらい?