「梨園の妻」の意味とその役割とは?

人気歌舞伎俳優と、女優の結婚といったニュースでは、よく「梨園(りえん)の妻」という表現がされますね。たとえば「片岡愛之助と結婚。藤原紀香『梨園の妻に』」などがそれにあたります。「梨園の妻」とはいったいなんのことかご存知でしょうか?

<目次>  

そもそも「梨園」とはなにか?

まず「梨園」の意味について見てみましょう。新明解国語辞典によれば
[唐の玄宗が、梨の木の有る庭園で音楽を教えたという故事から]「劇壇」の意の漢語的表現。[狭義では歌舞伎俳優の社会を指す](新明解国語辞典より)
とあります。劇壇は演劇関係者の社会。俳優・監督・演出家などの諸種のつながりのこと。つまり「梨園」とは歌舞伎俳優の社会を指すわけですから、「梨園の御曹司」といった言い方ならまだしも、「梨園の妻」という表現は日本語としてなんだか違和感がありますよね。実際、熱心な歌舞伎ファンの方の中にはそういった表現は使わない人もいらっしゃるようです。とは言え、すでに一般的な言葉として広く使われているのも事実ですから、“間違っている”と言い切るほどではないでしょう。

さて、そんな「梨園の妻」=「歌舞伎俳優に嫁いだ妻」は日々何をしているのでしょうか。優雅なイメージがありますが、それほど楽ではありません。具体例を挙げれば、夫の仕事を円滑に進めるための対外的な手配や、食事の心配り、またはお給料の心配からお中元・お歳暮の手配といったお金やスケジュール管理など。歌舞伎は家族総出の商売ですから、そこの“おかみさん業”と考えていいかもしれません。

もちろんそれ以外にも、歌舞伎俳優の妻として求められてくることがあります。

 

歌舞伎俳優の妻として求められるもの

歌舞伎俳優の妻は、習い事やさまざまなしきたりを学ばなければいけません。

歌舞伎俳優の妻は、習い事やさまざまなしきたりを学ばなければいけません。

八代目芝翫の妻である三田寛子さんは新婚当初、茶道・華道はもとより、習字・マナー教室・江戸会席近茶流料理を習い、歌舞伎の歴史、しきたり、200にも及ぶ演目についても学んだそうです。

月に約25日ある公演では、少なくとも初日と楽日に、ご贔屓筋のお客様にご挨拶をするなど歌舞伎界特有のしきたりもあります。またスケジュール管理にしても、毎日同じ時間に家を出るサラリーマンとは違い、歌舞伎俳優は月ごとの出番によって出かける時間も違いますから調整がとても大変。秘書的な役割が求められるとも言えそうです。

ちなみに、故・十八代目中村勘三郎の妻・好江さんは、七代目中村芝翫を父に持つ歌舞伎界の女性。生まれながらにして、さまざまなしきたりに馴染んでいたこともあって、夫の着物の整理、書き抜き(※)、台本、資料の整理など全てをこなしていたそうです。

※役者個人のセリフだけを書き抜いて1冊の本にとじたもの。
 

梨園の妻は、待望の男の子が生まれれば習い事の送迎も必須

夫の送迎だけではなく、子どもが生まれれば、習い事の送迎も必須。男の子の場合、歌舞伎俳優としての自覚がない時分から否応無しに稽古に連れて行かなければならないからです。
「小学校の高学年になって、自分からお稽古に行くようになるまでは、毎日青学(青山学院)の前で、鬼のように待っていました(笑)」(富司純子「女優であること」関容子著)
また、後継である男の子を授かることについても、妻たちは相当のプレッシャーを感じるようです。富司純子さんの場合は、長女のしのぶさんを出産5年後に現・菊之助である和康さんを産みました。
「和康が生まれたとき、父(七代目梅幸)が病室へ入ってくるなり、それまで見たことのないような嬉しそうな顔で握手してくださって(笑)。(中略)お医者様に、男の子です、と言われた途端、スッと意識が遠のいたほど、ほっとしました」(富司純子「女優であること」関容子著)
とはいえ、男の子が生まれなければ、養子を取るなどして各家は伝統を守ってきました。愛之助もまた一般家庭から養子になった人です。
 

主役はあくまで歌舞伎俳優、女優でも目立ちすぎはダメ

梨園の妻としてならば、目立ちすぎるのはあまりよろしくないようです。

梨園の妻としてならば、目立ちすぎるのはあまりよろしくないようです。

歌舞伎俳優の妻としてNGなこと。それは目立ちすぎることかもしれません。あくまでも主役は歌舞伎俳優なのです。

前述した富司純子さんは、尾上菊五郎夫人「寺嶋純子」としての顔と、女優「富司純子」としての顔がありますが、ロビーで挨拶をするときに「大女優」としての華やかさを潜め、控えめな「歌舞伎俳優の妻・寺嶋純子」でいることを徹底しているそうです。

片岡愛之助が結婚発表をしたばかりの2016年4月、藤原紀香さんは、4月9日から愛之助が出演する「四国こんぴら歌舞伎大芝居」の初日に妻として挨拶をするのかが世間の注目を集めていました。

愛之助の養父・片岡秀太郎の当時のブログによれば「金丸座は鴈治郎さんの襲名興行、鴈治郎さんが主役です。その初日に愛之助たちが騒がれては配慮に欠けるので、紀香に初日に金丸座に行くのは遠慮するように云いました」(「秀太郎歌舞伎話」2016年4月1日更新)とあります。

どうしても目立ってしまうが故の、プレッシャー。少し気の毒な気もしますね。
 

女優として返り咲いた「梨園の妻」もいる

歌舞伎俳優の妻というと専業主婦のイメージを抱かれるかもしれません。結婚したばかりのときは歌舞伎界のしきたりやマナーを覚えることに精一杯ですし、子どもができれば子育てがありますから、活動を自粛する妻もいます。

最近では、前田愛さん(中村勘九郎妻)が、芸能活動を自粛して、夫の仕事を支えています。故小林麻央さん(市川海老蔵妻)もまた、小さな子どもたちの育児と夫の仕事を支えることに専念していました。しかし、歌舞伎界のしきたりにも慣れ、子どももある程度大きくなった後に、仕事を再開する例もあります。たとえば3人の息子を育て、2016年の秋に、夫である八代目芝翫と息子3人(橋之助・福之助・歌之助)が同時襲名をした三田寛子さんは、襲名披露の準備をこなしつつ、テレビ出演を増やしていきました。

前述の富司純子さんは、東映の看板女優「緋牡丹お竜」として人気絶頂だったときに結婚をし、一度は芸能界から引退。長女の寺島しのぶさんが生まれた後にワイドショー「3時のあなた」で司会を務めることなどはありましたが、女優業を再開することはありませんでした。しかし引退17年後の平成元年、「富司純子(すみこ)」として本格的に女優に復帰しています。

 

歌舞伎俳優の妻をつとめながら大臣になった例も

富司純子さんよりさらにパワフルなのは、四代目坂田藤十郎の妻、扇千景さんではないでしょうか。扇さんは宝塚歌劇団の女優でしたが結婚後に退団。しかし1年後には映画に出演、二人の息子(四代目中村雁治郎と三代目中村扇雀)を育てながらテレビドラマ、ワイドショー司会、CMなどでの活躍を経て、1977年にタレント候補として参議院議員選挙で初当選。その後、国土交通大臣にまでなりました。

 

「梨園の妻」は日本の伝統芸能を内と外から支える存在

一般家庭から梨園に嫁いだ方、梨園の中で縁があって嫁いだ方、外の世界とつながりながらしっかりと妻として夫を支えている方、内助の功で支えている方、さらにその経験を活かして活躍の幅を広げた方……ひと口に「梨園の妻」と言ってもその背景はそれぞれですが、夫の知名度をあげ、歌舞伎ファンを増やすことも妻としてできることのひとつ。ぜひ、梨園の妻の皆さまには、ご自身の特性を生かしながら、日本のすばらしい伝統芸能「歌舞伎」を内側から外側から支えていただきたいものです。

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