『スウィーニー・トッド』観劇レポート
圧倒的な声で客席へと迫りくる
“「人間」についての絶望と微かな希望”劇

『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

キーンと耳をつんざく音とともに始まる舞台。配管やボイラーに囲まれた無機質な工場空間に一人、また一人と人が現れ、殺人鬼の物語を歌い始めます。声量豊かな俳優たちの歌唱はパーカッションを効かせたオーケストラとあいまって、迫力満点。生身の人間から繰り出される圧倒的な声の渦の中に主人公スウィーニー(市村正親さん)が現れ、観客はたちまち物語世界へと引き込まれます。
『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

脱獄した彼を助けた船乗りアンソニー(田代万里生さん)との語らい(のナンバー)の中で明らかになる、スウィーニーの悲惨な過去。理髪師として妻子と幸せに暮らしていた彼は15年前、美しい妻に横恋慕した判事ターピン(安崎求さん)の陰謀で無実の罪を着せられ、島流しに。その心は憎悪で占められ、アンソニーの親切な申し出を頑なに拒絶、昔の住処へと向かいます。

その1階で“ロンドン一不味いパイ”を売るミセス・ラヴェット(大竹しのぶさん)から、妻がターピンに凌辱されて毒を仰いだと聞き、また昔の商売道具の剃刀セットを渡され、ターピンへの復讐を誓うスウィーニー。ここで市村さんが剃刀を掲げ、“ついに蘇った、俺の完璧な腕が!”と宣言する姿は、歌舞伎の見得さながら。1.5倍ほどにもシルエットが大きく見え、極まる瞬間です。
『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

いっぽう、街角を歩くうち偶然ターピンの養女(実はスウィーニーの娘)ジョアンナ(唯月ふうかさん)の歌声を耳にしたアンソニーは、ターピンと部下ビードル(斉藤暁さん)から理不尽な警告を受け、憤慨。幽閉される彼女の救出を心に決めます。

演じる田代万里生さんは、気のいい青年が自由を束縛された少女に出会い、愛情と正義感に突き動かされてゆくさまを身軽に、鮮やかに体現。その揺るぎない美声は人間の善性を徹底的に疑った本作における僅かな光を担い、ジョアンナ役・唯月さんの、聴く者をはっとさせる可憐な歌声とともに、「キッス・ミー」「ジョアンナ」等の旋律を美しく際立たせます。唯月さんは物語が進むにつれ、男性に対する大胆さや精神の不安定さも覗かせ、単なる“お人形”ではない、興味深いキャラクターとしてジョアンナを表現。
『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

“復讐”“救出”というシリアスなテーマに牽引されたドラマはこの後多分に、ブラックコメディの要素を帯びてゆきます。スウィーニーが理髪師としての名声を得るべく、広場で詐欺師ピレッリと対決する場面には“おまけ”的に“歯抜き合戦”が盛り込まれ、ピレッリの助手トバイアス(武田真治さん)の災難が笑いに包まれて描かれたり、スウィーニーがなりゆきで殺人を犯せばミセス・ラヴェットがとんでもないアイディアを思いつき、パイ店を大繁盛させたり。

“下品”に“おバカ”に人生の複雑さ、滑稽さを物語り、本来の目的である復讐まで遠回りをしてゆく過程では、市村さんはもちろん、倫理観をかなぐり捨てながら女としての輝きを増してゆくラヴェット役、大竹さんら、ベテラン・キャストの力量が圧倒的です。
『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

あれこれと策を講じ、復讐へと近づいてゆくスウィーニーですが、思いがけない事態の連鎖によって、物語は衝撃的な結末へ。ある意味では“因果応報”でもあり、しかしまた新たな理不尽さを生むその結末は、ゾンビのようなメイクを施した俳優たち=死者の世界から蘇った者たちが再び集まり、歌うエピローグへと吸い込まれてゆきます。

この中で大竹さんが叫ぶフレーズが、“人はそれを繰り返す”。このドラマが描いているのは果たして“或る特異な事件の再現”なのか、あるいはテロが頻発する現代世界に向けて、普遍的な“人間の本性”を暴き出したものなのかと考えさせます。スウィーニーが象徴する人間の“闇”は、永劫に無くならないものなのか。絶望とわずかな希望をエンタテインメントとして呈示する本作、豊穣な時間を過ごしたい人々にふさわしい舞台です。



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