『スウィーニー・トッド』観劇レポート
圧倒的な声で客席へと迫りくる
“「人間」についての絶望と微かな希望”劇
『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘
『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘
その1階で“ロンドン一不味いパイ”を売るミセス・ラヴェット(大竹しのぶさん)から、妻がターピンに凌辱されて毒を仰いだと聞き、また昔の商売道具の剃刀セットを渡され、ターピンへの復讐を誓うスウィーニー。ここで市村さんが剃刀を掲げ、“ついに蘇った、俺の完璧な腕が!”と宣言する姿は、歌舞伎の見得さながら。1.5倍ほどにもシルエットが大きく見え、極まる瞬間です。
『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘
演じる田代万里生さんは、気のいい青年が自由を束縛された少女に出会い、愛情と正義感に突き動かされてゆくさまを身軽に、鮮やかに体現。その揺るぎない美声は人間の善性を徹底的に疑った本作における僅かな光を担い、ジョアンナ役・唯月さんの、聴く者をはっとさせる可憐な歌声とともに、「キッス・ミー」「ジョアンナ」等の旋律を美しく際立たせます。唯月さんは物語が進むにつれ、男性に対する大胆さや精神の不安定さも覗かせ、単なる“お人形”ではない、興味深いキャラクターとしてジョアンナを表現。
『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘
“下品”に“おバカ”に人生の複雑さ、滑稽さを物語り、本来の目的である復讐まで遠回りをしてゆく過程では、市村さんはもちろん、倫理観をかなぐり捨てながら女としての輝きを増してゆくラヴェット役、大竹さんら、ベテラン・キャストの力量が圧倒的です。
『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘
この中で大竹さんが叫ぶフレーズが、“人はそれを繰り返す”。このドラマが描いているのは果たして“或る特異な事件の再現”なのか、あるいはテロが頻発する現代世界に向けて、普遍的な“人間の本性”を暴き出したものなのかと考えさせます。スウィーニーが象徴する人間の“闇”は、永劫に無くならないものなのか。絶望とわずかな希望をエンタテインメントとして呈示する本作、豊穣な時間を過ごしたい人々にふさわしい舞台です。