田代万里生さんインタビュー(2016年3月)
およそミュージカルに似つかわしくない題材ながら、ブロードウェイ初演時にトニー賞(1979年)を8部門受賞、その後も世界各地で上演を重ね、08年にはジョニー・デップ主演で映画化もされている『スウィーニー・トッド』。予想のつかない方向へと発展してゆくスティーヴン・ソンドハイムの現代オペラ的音楽が第一の魅力と言われますが、演じる(歌う)方々にとってはどんな音楽なのでしょうか。
脱獄したスウィーニーを助け、後にターピンに幽閉されたスウィーニーの娘ジョアンナに恋する船乗り・アンソニー役の田代万里生さんに、懇切丁寧に教えていただきました。
最“恐”ミュージカルで唯一(?)ピュアな
青年役に再挑戦
――田代さんは5年前の11年にもこの役を演じていらっしゃるのですよね。「当時はデビュー2年目で、何が何だかわからない中でがむしゃらにやっていました。5年たってこの作品に戻ってきてみると、また全然違う景色を見ている感じがします」
『スウィーニー・トッド』
「この作品に出てくる人物が全部おかしいというか、ちょっとミステリアスだったり危険だったりする中で、アンソニーは唯一といっても過言ではないくらいピュアなキャラクターです。それゆえに周りの濃さが引き立つし、逆に彼のまっすぐなところが突出するのかなと思っています」
――本当に汚れのない青年ですが、途中、“彼女(ジョアンナ)を救うためなら何人でも殺せる”という台詞もあります。
「正義感が強いんですよね。でも実際には誰も殺しません」
――彼女にひと目ぼれした際、それを見とがめたターピンに追い払われますが、それでも“I steal you, Johanna”と同じ甘いメロディで歌っていて、めげませんよね。
「(不幸に見える彼女を救わなければという)使命感があったんでしょうね。もう一つ、いろいろな国を回ってきた中でやっと“この人!”と思える人に出会えた、というのもあると思います」
――“船乗り”という設定の意味するところについてですが、彼は船乗りとして世界を回っているから“世間を知っている人”なのでしょうか、それとも船の中という密閉空間で過ごす“世間を知らない人”なのでしょうか?
「両方あるでしょうね。昨日も映画版を観ていたら似たような会話が流れていて、ターピンに“船乗りだから全て知っているんだろう”と言われているくだりがありました。でも、そこまでは知らなそうな気がしますね。極端に世間を知っているとか知らないというより、平均値というか、ごくごく普通の人なんじゃないかな。今後、(演出の宮本)亜門さんと詰めていきます」
常に“ノッキング”を起こす
ソンドハイム渾身のスコア
『スウィーニー・トッド』(2011年公演)撮影:渡部孝弘
「他の作曲家、例えばロイド=ウェバーとかワイルドホーン、バーンスタインの作品は“音楽のスコア(譜面)”であるのに対して、ソンドハイムは自分で台本を書く人でもあるので、“いわゆるAメロがあってBメロがあってサビがあってまたAメロ…”というパターンはもちろん無いし、完全にスコアが『スウィーニー・トッド』という作品を作るための“設計図”になっているという印象です。だから指定する標記もすごく多いし、音楽的に常にノッキング(エンジン過負荷によって起こる異音)を起こさせているんですね。
例えばメロディには、こう流れていたら次はこう来るよね、というものがあるのだけど、こう着地すると思っていたらこっちから邪魔が入ってくるという、常にノッキングの2時間半。そうした中に一瞬、武田真治さんが歌う“僕がついている”という曲だったり、アンソニーが歌う“ジョアンナ”というのはすごくシンプルなコード進行で、一瞬流れたりするとものすごくきれいに決まるんですよ。そこの対比がものすごくよく出来ています。
他の作品だと特定のテーマ、例えばジョアンナを愛するときのテーマであったり、スウィーニー・トッドが復讐を決意するテーマを作品中、何度も登場させるという手法がどの作品でもあるんですけど、ソンドハイムはそれを本当に“チラ見せ、チラ見せ”で、そのリフレインが5重、6重に重なって、しかもタイミングがみんなで“よーいドン”で始まるのではなく、全員ずれて始まって入り組んでいるという、めちゃくちゃ複雑なスコアだなと思います」
『スウィーニー・トッド』(2011年公演)撮影:渡部孝弘
「あれはなんだろう、アンソニーの心情が反映されているというか。ロンドンの街並みのシーンでは、タララララ~と、終始漂っている不気味な音があるんです。復讐心や憎しみ、階級差の物語でもあるし、天候的なものもあるし、いろいろな“晴れない”要素が漂っているそのさなかに、彼が飛び込んでいこうとする音なのかな」
――以前、やはり声楽出身の女優さんとロイド=ウェバーの音楽についてお話していた時、彼のメロディは流麗だけど、実は“次に行くであろう音”から“半音ずれた音”に行く、それによって微妙な感情表現をすることが多い、とおっしゃっていました。それに比して、ソンドハイムはもっと大胆にずれたところに行くような気がします。
「ロイド=ウェバーの場合は、基本は美しいフレーズがあって、そこに不協和音をあてていく、それでクラッシュさせて感情の破裂を起こすということが、全部ではないですが、多いですね。でもソンドハイムは常にクラッシュとノッキング、イレギュラーの連続。それをまた亜門さんがうまく演出して下さるんですよね。クラッシュとノッキングの連続で一見ぐちゃぐちゃに見えるけど、実はすごく緻密に計算されたスコアであって、それがちゃんと脚本とリンクしているのが凄いなあと思います」
『スウィーニー・トッド』(2013年公演)撮影:渡部孝弘
「当時からやりたかったのかもしれないですね。いろんな感情が時空を超えて重なり合う、それも“よーいドン”ではなく、ちょっとずつずれたところから始まっていくというのを、ソンドハイムはかなり面白がってやっていますよね。それはオーケストラの部分もそうです」
――そういう音楽は歌い手からすると“厄介”でしょうか?
「『スウィーニー・トッド』という作品自体にはオペラの要素も注ぎ込まれていて、役によっては声楽的な技術が絶対的に必要な役もありますね。後は単純に言ってしまえば、非常に暗譜が難しくて、歌詞が覚えられないとかじゃなくて、全部リズムが違うんですよね。
アンソニーとジョアンナの“キス・ミー”というナンバーも、同じことを繰り返して歌っているようで実は変わっていて、そのひとくくりを一つと考えると、何十通りにも展開していきます。オーケストラのアレンジもどんどん変わっていくし、そこに違う役が違う歌を差し込んでくる、というのもあるので、非常に巧妙ですね。歌い手のみならず、指揮者やオーケストラも大変だと思います」
男らしい、新たなアンソニー役が生まれる予感
『スウィーニー・トッド』(2011年公演)撮影:渡部孝弘
「僕が出演した5年前の公演では“復讐の連鎖から生まれるものは無い”と亜門さんが仰っていました。前回アンソニーに関しては“とにかく恋したときの気持ちや若さを爆発させてほしい”と一番に言われていましたが、先日5年振りに亜門さんの演出を受けたら、前回とはちょっと違う、新しいアンソニー像のご提案もありました。基本の方向性は同じですが、以前に比べると少し大人で、男らしい新しいアンソニーになりそうです」
――今回、ご自身の中で課題にされていることは?
「やはり、5年前をなぞらないということですね。意識的になぞろうと思ってなくても、今回の歌詞がこの5年の間に変わっていたことに気付いたり、知らず知らず前回の記憶が体に刻まれているんですよ。それをなぞるのではなく、まっさらな気持ちで、初めてという気持ちでやりたいなと思ってます。
今回の相手役ジョアンナは、まだ10代の唯月ふうかさん。まさに前回、亜門さんがジョアンナによく言っていた“ガラス細工のような、触ったら壊れちゃいそうな”雰囲気も兼ね備えているので、アンソニーも自然に“大丈夫だよ”とアプローチできるような気がしますね」
――ジョアンナは後半、一瞬“この人、大丈夫かな?”と思わせるくだりがあって、アンソニーと彼女は恋を成就させたとしても前途多難にも見えますね。
「どうなるんでしょうね。そこは描かれていないけれど、ラストシーンで2人は初めてスタートラインに立てるのかなと思います。幽閉されていた彼女をアンソニーが外の世界へ導く感じがうまく出せられたらいいですね」
――…ということは、今回は“頼もしいアンソニー”?
「そうなれたらいいですね(笑)」
――スウィーニー・トッド役の市村さんとは5年前の『スウィーニー~』のみならず、昨年末の『スクルージ』でも共演されています。少し余裕が出てきた頃かと思いますが、何か“盗めて”来ていますでしょうか?
『スウィーニー・トッド』(2013年公演)撮影:渡部孝弘
――市村さんは役者として、どんな方でしょうか?
「本当に職人気質の方ですよね。舞台初日でもバーレッスンに通ったり、この前、膝をケガをされた時も、“悪いのは膝。上半分は大丈夫だから今、ジムに行ってきた”と、絞れるだけ体を絞っていらっしゃいます。では舞台だけに専念されているかといったらそうではなくて、お子様との時間を大切にしていたり、プライベートもとても充実されているようです。
僕ら若い俳優たちに対しても、アドバイスを下さる時もあれば、手招きして“今の俺どう見えた?”と質問されることもあります。ご飯に誘ってくださったと思いきや、その店まで自転車でいらっしゃったりと、とにかくフットワークが軽い。さらにその一瞬一瞬がすごく濃密で、充実している。“名優・市村正親を作りあげるために、市村さんはこんなに努力されているのか!”と知ると、簡単にはまねできません。とにかく無駄な時間がないんですよね。それはしのぶさんも同じです。お二人とも天真爛漫なところもありつつ、本当に一瞬一瞬が充実していらっしゃるんです。こんなふうに生きられたら本当にいいなと思います」
――今回、どんな舞台になりそうでしょうか?
「とにかく素晴らしい作品ですし、主演の市村(正親)さんと(大竹)しのぶさんはもう4回目とあって、役“そのもの”。前回もすごくお客様が集まって下さって支持されている舞台だと実感しましたが、今回も皆で前回を上回る舞台を作って、お客様に満足していただきたいと思います」
*次頁からは田代さんの“これまで”を伺います。クラシック音楽の申し子として優雅なイメージを持たれがちな彼ですが、実は意外な一面も…?