既成の土俵で戦うことをやめる
新卒採用の準備を始めるときの注意点
大学のキャリアセンターが管理する求人票データベースやリクナビなどの就職サイトには膨大な数の企業情報が掲載されており、多くの学生が利用するツールとなっている。しかしながら、彼らがそれらを使って中堅・中小企業を積極的に検索することはほとんどない。その理由は、昨今の就活生の気質とデータベースの特性に因るところが大きい。
1990年以降に生まれ、物心がついた頃にはバブル経済が崩壊していた今の就活生は、まさに失われた20年を生きてきた世代である。不安定な社会を見続けてきた彼らが安全・安心を求めることは想像に難くないが、そうした安定志向の就活生にとって企業情報データベースは単に企業規模や売上高を横並びに比較するツールでしかないため、中堅・中小企業が掲載しても勝ち目は低い。
FPA戦略(Focus, Passion, Agility)で勝負する
スポーツの世界において日本人が体格の大きい外国人選手と対峙するとき、個の力で真っ向勝負をしても勝てる可能性は高くない。だからこそ、チーム力を最大化する戦略を立てて勝負に挑むことが多い。細かいパスを素早く繋いでいくスタイルのサッカーや機動力で相手の守備を揺さぶる野球などはその一例であるが、いずれも世界を相手に優れた実績を出している。こうした戦略は、“自分達の優れた点を活かせる土俵に相手を誘い込む”という考え方に基づいているが、この発想は中堅・中小企業が大手企業と伍して採用活動を進めるうえでも大きなヒントになる。
大手企業は大量採用を行うことからマスを意識した全方位的な採用戦略を立てるが、それとは真逆のスタンスを取ることで自分達の強みを際立たせることが可能になる。一言で言うと、“ごく少人数に高い満足を与える”ということになるが、そのためのキーワードは、「Focus:選択と集中」「Passion:熱い想い」「Agility:俊敏性」という3つである。これらのワードを以下に示す採用活動の各局面において、具体的な戦略に落とし込むとよい。
[1. 母集団形成フェーズ]
優秀な人材を採用するためには多くの学生と接触する必要があると考える採用担当者がいまだにいる。しかし、多くを集めることよりもキメ細かくマネジメントができる範囲の学生にコンタクトする方が実は効果的である。キラリと光るダイヤの原石は思った以上に高確率で存在するからだ。
■このフェーズのゴール:小さくともロイヤルティの高い母集団を形成する
■そのための施策
- Focus :明確な根拠に基づいてターゲットを限定してアプローチする
- Passion:ターゲットには直接会いに行き自らの言葉でコミュニケーションする
- Agility :研究室やゼミなどの小さな単位に対するアプローチを繰り返す
- 社長や社員の出身大学、取引きや業務上の接点がある大学など(信頼感を得やすい)
- 採用担当者があまり注目しない学部、学科、研究室など(競合が少なく注目されやすい)
コンタクトした学生の応募意欲を高めていくために自社の魅力を伝えるこのフェーズでは、多くの魅力を満遍なく語ることより特に特徴的な事象とその背景について深く濃く伝えるべきである。会社の理念や社員の想い、行動に共感を得ることが学生の動機形成の近道となる。
■このフェーズのゴール:興味を確信に昇華させるために会社のコア理念をシンクロさせる
■そのための施策
- Focus :他社に比べて突き抜けている強みにのみレーザーフォーカスして訴求する
- Passion :単なるプレゼンテーションに終わらず世界観の共有をめざして語る
- Agility :一方的に話さず常に多くの質問を引き出しながらコミュニケーションを図る
- 仕事内容(What)ではなく、仕事への想い(Why)や取り組みの様子(How)への共感をめざす
- RJP(*)の考え方に基づき、取り組みにおける苦労やその乗り越え方も含めて訴えかける
[3. クロージングフェーズ]
ぜひ入社してもらいたいと思う学生は往々にして他社からも内定をもらっており、採用競合には大手企業が含まれることもある。彼らとの競争に負けないためには、マス採用を行う彼らが苦手とする“個”にフォーカスした視点で勝負することが必要になる。
■このフェーズのゴール:長期視点に立ち互いのコミットメントを語り合う
■そのための施策
- Focus :入社を促すのではなく信頼関係の構築に集中する
- Passion :候補者と共に歩み成長を支えていくことにコミットする
- Agility :必要とあらば親御さんや指導教授とも積極的にコミュニケーションを図る
- 候補者の長所も短所も率直にフィードバックしたうえで会社からの期待を具体的に伝える
- 個々の候補者の持ち味や意向を加味した具体的なキャリアプランと育成計画を示す
超早期型の採用スケジュールにシフトする
さて、いかに優れた採用戦略を立案しても適切なタイミングでそれを実行できなければ成果に繋げることは難しくなる。先述の通り就活生の安定志向は根強いため、大手企業が先に“安定性”を訴求した後に“自社の強み”を示しても学生の共感を得ることは難しい。したがって、就活の最初の段階から深く濃くコンタクトしながら自分達の得意な土俵を整備していくことが重要になる。早期のコミュニケーションで共感レベルの動機付けができていれば、その後大手企業からのインプットを受けてもそのインパクトを小さく抑えることができる。そして再びFPA戦略で効果的なクロージングを行えば充分に勝機はある。逆に、この過程を通しても安定性を選ぶ人は中堅・中小企業で活躍することは難しいと思われるため、それ以上深追いする必要はない。
※参考データ
マイナビが行っている学生の意識調査によると、彼らの就職観は以下の通りとなっている。“夢のために働きたい”“人にためになる仕事をしたい”“社会に貢献したい”といった価値観は、動機付けで訴求すべきポイントになるのではないだろうか。
収入さえあればよい 2.6%
楽しく働きたい 32.2%
自分の夢ために働きたい 11.8%
個人生活と仕事を両立させたい 24.1%
プライドもてる仕事をしたい 6.2%
人ためになる仕事をしたい 16.3%
出世したい 1.0%
社会に貢献したい 5.7%
※出展:2016卒 マイナビ大学生就職意識調査