人気沸騰・真田幸村
2015年末、7割近くの子に選ばれ、ぶっちぎったバッチキャラクターは真田幸村。圧倒的な支持率である。なぜか?
ある子は、こう答えてくれた。
「だって、もうすぐ『真田丸』が始まるもん」
そう、2016年のNHK大河ドラマは幸村を主人公にした『真田丸』。放映前からガイドも胸を躍らせた『真田丸』が暖冬の睦月に船出した。
戦国の勝負論は将棋そのもの
子どもの頃、不思議に思っていたことがある。戦国時代最大のエポック「桶狭間の戦い」。その結果に、どうにも合点がいかなかったのだ。今川の殿様が討ち取られたっていったって、残存兵力は圧倒的に今川優位。だのに、なぜ信長の勝ちになるのか、おかしいよなあ。そう幼い心を痛めていたのだ。考えれば、これは織田、今川双方に、いや戦国の武将全般に共通の認識があったからに他ならないだろう。曰く、殿様がやられたら負け。
信長は、圧倒的大軍の今川であろうとも、義元ひとり倒せば勝ちだと考えていた。だからこそ奇襲をかけた。一方の今川軍も義元を失えば負けだと思っていた。だからこそ、歴史的敗北を喫した。
これ、将棋そのものではないか。どんなに、たくさんの駒を持っていようと、「王将」を詰まされたら投了。戦国武将は、この将棋的勝負論を共有していたのだろう。たとえば、細川忠興。彼は将棋を指しながら、兵法を息子に指南したという。その共通性ゆえからか、時を現代に移しても、多くの愛棋家は戦国武将が好きである(少なくとも、ガイドの周りはそうです)。
話しを『真田丸』に戻そう。舞台が戦国時代であり、いつかは出てほしいと期待したアレが、第一回目の記念すべき放映に、いきなり出た!何が出たって、ガイドが期待しているのだから、もちろん、将棋シーンだ。NHKはやってくれるのである。あの朝ドラ『マッサン』にも頻出した将棋(過去記事)。今回は、堺雅人が演じる主人公・信繁(幸村)と、大泉洋の演じる兄・信幸。画面の二人は将棋に興じてるシーンを出してくれた。山崩し将棋である。
なんだ、あの駒は!
山崩し。盤上、無造作に積み上げた駒を山に見立てる。指一本で、どれかの駒をすうっと盤外まで引く。音が立てば失敗、立てずに何枚の駒が引けるかを競う将棋だ。兄が引こうとした駒は「金」。信幸は、兄然として語る。「(山崩しにも)定跡があるのじゃ」
だが、失敗。かちゃりと音を立ててしまう。なんとも、ほほえましいシーンだ。さすが、大泉、良い味を出してくれている。それにしても、ありがとう、NHK。初回からの将棋シーンに涙ぐみかけたガイドの目に、ええっ!一瞬だが、くだんの「金」の後ろにあの幻の駒が見えた……。まさか、嘘だろっ!そう思った瞬間、場面が変わった。
ガイド撃沈
しまった、録画しておくべきだった。私は悔む。流星のように、我が目に飛び込み消えていった駒、それは単なる錯覚か。私は56歳。立派な老眼である。もはや、新聞は素で読めぬ。だが、ありもしない物が見えたりはしない。時々見えるかみさんのツノは、おそらく、本物だ。あっ!そうだ、そのかみさんが、今、横に鎮座ましましているじゃないか。つまり、かみさんもあの駒の目撃者ということだ。しかも、現時点でツノはない。私は喜色満面で語りかけた。「今、映った駒、観たよね。絶対観たよね。で、あの駒……」
「シーッ」
かみさんがキッとにらみ、娘や息子も同調する。ゆえに我、撃沈である。
結果やいかに
しかたがない。録画しているやもしれぬ親戚知人をあたるより他あるまい。撃沈した私は、深海魚・アンコウのように消え入るような提灯を心にともした。ため息が口をつく。ところがである。ところが、捨てる神あれば拾う神あり。明けない夜はない、やまぬ雨はない。放送も終盤にさしかかった頃、主人公・幸村がまたもや盤面に向かったのである。おおっ、ひょっとして。プリーズ・ミラクル・アゲイン!私は、家族の視聴をけっして邪魔せぬように、心の内で雄叫びをあげた。 一人、将棋を指しながら、兄に語りかける幸村。盤面がクローズアップされる。画面に食い入るガイド。真田兄弟は、たぶん大事な会話を交わしたのだろう。しかし、もはや、二人の会話などどうでも良い。私は目を皿にした。将棋の神に祈り、息をのむ。結果やいかに。>>次ページ「酔い狂う、暴れ象」につづく