落語で歌舞伎の予習たあ、乙だね
落語と歌舞伎で同じ話は意外と多いのです。ジャンルで言えば「怪談噺」、「人情噺」、「芝居噺」などです。
「怪談噺」は、牡丹灯籠や東海道四谷怪談など。2015年12月は、国立劇場の歌舞伎で東海道四谷怪談を上演していますね。「人情噺」では、文七元結、芝浜など。これらも、歌舞伎で演じられることの多い人気の演目です。歌舞伎と同じストーリーの噺です。
歌舞伎好きな庶民がユーモラスな芝居噺
一方「芝居噺」は、「怪談噺」や「人情噺」が、「歌舞伎と同じストーリーを語る」というのとはちょっと違います。歌舞伎をこよなく愛する丁稚や若旦那が、歌舞伎での名場面の真似をしたり、旦那に嘘をついて歌舞伎を観に行ってしまったり。これらの噺を聴いていると、いかに江戸時代に歌舞伎が庶民に愛され、生活に根付いていたかわかり、「歌舞伎はむずかしいのでは?」という肩の力がすっと軽くなること請け合いです。
蔵丁稚の定吉に歌舞伎を学ぼう
芝居噺で語られる落語といえば、「忠臣蔵」に題材を得たものが多く、代表的なものは「蔵丁稚」、「七段目」など。どちらも芝居好きの「定吉」という丁稚が出てきます。ここでは、「蔵丁稚」を例に、落語を観るともっと楽しい歌舞伎についてご紹介しましょう。定吉という名前は、丁稚の共通の名称です。まだ子どもっぽいけれど、大人の中で必死にがんばっているから、どこかこまっしゃくれたところもある愛すべき存在としての名称が「定吉」です。
ある日、買い物に行ったはずの定吉の帰りが遅くなる。主人に問い詰められて、あれこれ下手な言い訳をします。主人の方では、もう芝居を見てきたことはお見通しですから、カマをかけた質問をし、まんまと定吉はひっかかります。
「今やっている歌舞伎の忠臣蔵では山崎街道に出てくる猪の前足を市川團十郎、後ろ足を市川海老蔵がやるそうだね」なんて主人はカマをかけます。
定吉は、「そんなわけはありませんよ。猪の足は下っ端がやるのだから」と笑います。なおもしつこく主人が食い下がると「だって、今観てきたんだから(演じていたのはその役者じゃありませんよ)」と言って、あっという間に芝居に行っていたことがばれてしまいます。
蔵の中でも歌舞伎ごっこに余念がない
定吉は、蔵に閉じ込められても芝居の真似事をして遊んでいます。切腹の場面を再現していたところを下女が見て、本当に定吉が切腹をしようとしていると勘違いしてびっくり仰天。
主人に伝えますと、主人も「切腹しては大変。さぞかし腹が減っただろう」と、ご飯をいれた鉢をかかえて蔵にすっ飛びます。
蔵についた主人に、定吉が「待ちかねた~」というのが落ちです。
芝居が大好きで、なんとかやりくりをして観ては、主人に下手な嘘を行ってごまかす定吉。芝居になると時間は止まったよう。あっという間に夕方になっても気がつきません。蔵に閉じ込められても、芝居の真似事を始めれば楽しくてたまりません。
少々お灸を据えてやろうとする主人も、根は優しい心の持ち主です。定吉が切腹をしていると勘違いをしてしまうお清も、こっそり差し入れをしてやろうと考える思いやりのある使用人です。
笑ったあとでほんわか心が温まる落語は、癒し効果のある芸能のひとつ。
「忠臣蔵」を知らずにこれだけ聴いても、とても楽しめますが、これが「忠臣蔵」の歌舞伎を1回でも見たことがあるなら、より一層おもしろいことは確実です。
なぜでしょうか。次のページではその理由について述べます。