ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

Star Talk Vol.28 井上芳雄、剥き出しの愛を究める(2ページ目)

今夏『エリザベート』で闇の帝王トートをダイナミックに演じ、俳優として一層の存在感を示した井上芳雄さん。彼がこの秋、取り組むのは“執着”と紙一重の激烈な愛を描く、ソンドハイムの傑作『パッション』です。稽古序盤の彼を訪ね、新たな当たり役の予感からこれまでの軌跡まで、”濃厚に”お話頂きました。*観劇レポートを掲載しました!*

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド


「単純な愛」など、どこにもないのかもしれない

『パッション』撮影:熊谷仁男

『パッション』撮影:熊谷仁男

――これまで日本で上演されなかった理由として、フォスカの一見、偏執的な愛の強烈さが挙げられると思います。ジョルジオも初めはしごく常識的にフォスカを拒絶しますが、いつしか自分自身の恋愛観を揺さぶられ、序幕と終幕とでは全く違う人間へと変化する。日本人の国民性としてはあまり“愛とは何か”を突き詰めることはないと思われますが、稽古の中で見えてきたものはあるでしょうか?

「まだ決定的に“これだ”というものはないです。でも、誰しも愛について、男女の愛だけでなく、家族などいろいろな愛について、考えることはあるのではないかな。僕らが日々直面している愛だって、単純な愛なんてどこにもないと思います。シチュエーションはちょっと特殊ですけど(笑)、ジョルジオの直面する問題も、実はふだん考えていることと一緒なのかなと思いますね。善に見えるものがそうでなかったり、逆もまたしかりだったり。こうなのかなああなのかな、と今は(本作に登場する価値観を)どうとらえるか、まだ確定はしていないのだけど、そういうとらえ方が面白いと思っています」

――最終的にジョルジオは180度の価値観の変化を見せますが、もしかして彼の中にはもともとそういう要素があったのでしょうか?

「そう思いますね、1幕の稽古をやってみて、フォスカという女性については、見た目の情報であるとか性格とか、ジョルジオとしては拒否したくなるような部分も多いのだけど、細かく見ていくとちょっと僕の役と似ている部分もあると感じたんです。自分を持っている部分や、激しく意見を言って譲らないところなどが共通していて、そう思ってみると、ジョルジオの変化の片鱗であったり“種”はあったのかな、と思います」

――いっぽう、彼がもともと愛していたクララとは、何をもって結びついていたのでしょう?

「利害関係が一致していたのではないかと思いますね。彼女にはある事情があって、完全にジョルジオのものにはならないのだけど、ジョルジオ自身にも、ちょっと人と詰め切らない部分があるんです。彼の歌の中で、“愛とはすべてを求めることではない”というようなことを歌う箇所があるんですね。その距離感で、お互い必要なものを供給し合うというのが良かったんじゃないかな。そういうふうにある種、打算で生きて来たからこそ、フォスカを通してそうではない生き方を見たときに、強い衝撃を受けたのかもしれません」

――本作では“価値観の変化”が一つのテーマとなっていますが、ジョルジオのように、生き方そのものが変わるほどの価値観の変化を、井上さんは経験したことがありますか?

「生き方そのものが一瞬で変わるほどの変化はなかなかないですね。でも日常的に、小さな変化はありますし、変わりたいと思っている自分もいます。例えば発声について、腹式で発声するのがいいんだと思いこんでいたのが、ある日、それが絶対ではなくて、胸で歌うこともアリかもしれない、と発見するようなことは日々、あります。そういうことの積み重ねで、結果的に大きく変わることはあるかもしれないですね」

「一点突破」体験、僕の場合

『組曲虐殺』撮影:渡部孝弘

『組曲虐殺』撮影:渡部孝弘

――フォスカ的な視点に立てば“壁を乗り越えようとする”ドラマでもあります。そのような経験はいかがでしょうか?

「それはありますね。僕はとにかくミュージカルが好きでこの世界に入ったんだけど、お芝居(ストレート・プレイ)はあまり得意でなかった、というか自分はあまり向いていないと思っていたんです。それが井上ひさしさんの最後の作品『組曲虐殺』に取り組んだときに、鳥肌が立ったんですね。初めて“ああ自分は下手なんだ”と認めることができた。それまでは、自分はできる筈だとか、主役だから口に出せないという気持ちがあったんですが、『組曲』では(演じる)小林多喜二という存在が大きすぎて、自分みたいなものは演じるに値しない、と思ってしまった。でもやらなくちゃいけない。これはかっこつけて自分の技術とか、小手先でやるものじゃないなと思ったときに、壁を超えられたのかどうかはわからないけど、だいぶ気持ちが変わったんです。
『組曲虐殺』撮影:渡部孝弘

『組曲虐殺』撮影:渡部孝弘

多喜二の台詞に“体全体でぶつかっていかなきゃだめなんですよ”というのがあって、それは作者の井上さんの言葉でもあったと思うんです。それまで僕はけっこう頭で考えることが多かったけれど、(多喜二という役が)自分と言う存在すべてを使っても跳ね返されるかもしれないくらいの役だったので、“自分は何もできないけれど、とにかく全力でやるか”と思ったときに変わってきた気がしますね。その時から、お芝居をするのが楽しくなりました」

*次頁で『パッション』に取り組む井上さんの覚悟、そして抱負をうかがいます!
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