芸術監督セルゲイ・フィーリン襲撃事件を取り上げた映画『ボリショイ・バビロン 華麗なるバレエの舞台裏』。事件は日本でも報道され、大きな関心を集めました。カンパニー内ではどのように受け止められたのでしょう。
アレクサンドロワ>事件を受け止めるのは非常に辛いことでした。この事件が外側から引き起こされたものではなく、内側から生じた出来事だったということ。どこか別の場所ではなく、自分たちのカンパニーの内部で起こったという事実を理解するのにまず苦しみました。それまで一緒に踊っていた美しいひとが、突然健康を損なってしまう。大きな危険にさらされていると聞いたときの気持ちは、言葉ではとても言いあらわせません。これは全て悪夢で、目が醒めたら全部幻だったと思いたかった。けれど、残念ながら夢ではありませんでした。
一番辛かったのが、この事件に関わっているのが私たちの仲間のアーティストだったということです。こんな酷いことが実際に起こったなんて、劇場の誰もが今でも信じられない気持ちでいます。
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劇中、率直に自身の言葉でお話されている姿が印象的でした。自由な発言が許されるという意味で、ボリショイの体制は非常にオープンに感じますが……。
アレクサンドロワ>映画に出演するにあたり、ボリショイ側から何か圧力をかけられるようなことはありませんでした。最も大変だったのは、マスコミからの圧力です。あの事件が起こってから、コメントを求められたり、話をしてくれと頼まれることが非常に増えた。マスコミから言いたくないことを強要されるような瞬間が沢山ありました。テレビスタジオに招かれ、事件についてこんな風に話をしてくださいと言われることも多々ありました。けれど、私は自分の意見ではなくその番組が必要としているコメントを言うためにスタジオに入るつもりは全くないと答えました。そうした私の姿勢に対して、テレビのコメンテーターが“非国民だ”と発言したこともありました。私が恐れたのは、自分たちを良い人間と悪い人間に分けられてしまうことです。例えば、このひとはこの人間の味方である、このひとはこちら側に付いている、というように分類されるのが一番怖くて一番難しいことだと思いました。
騒ぎを起こしたのは、劇場内にいる人間ではなくマスコミだったのです。今は情報化社会ですから、何か起こったら瞬時にコメントをしなければならないし、ニュースが上手く伝わらなければいけない。そうした余計な圧力がかかったのは恐ろしいことでした。これではいけないと思い、事件が起こってからまもなく、私は新聞やテレビなどマスコミとの関係を完全に絶ちました。ただ沈黙を守ることだけを考えていました。
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