グローバルの本質を考える

グローバル人材、文字通り、地球儀レベルで活躍できる人材を意味します

グローバル人材、文字通り、地球儀レベルで活躍できる人材を意味します

2010年を私は「グローバル元年」と呼んでいます。この年を節目に、大企業や大学を中心に、「グローバル!グローバル!」の大合唱。ダイバーシティー(多様性)、グローバルマインドセット、語学力など、グローバルの定義・キーワードは実は似たり寄ったりです。

文部科学省と経済産業省が共同で事務局を務める、産学人材育成パートナーシップグローバル人材育成委員会は以下のようにグローバル人材を定義しています。この定義が現在最も流通しているものの一つと言えましょう。

“主体的に物事を考え、多様なバックグラウンドを持つ同僚、取引先、顧客等に自分の考え方を分かりやすく伝え、文化的・歴史的なバックグラウンドに由来する価値観や特性の差異を乗り越えて、相手の立場に立ってお互いを理解し、更にはそうした差異からそれぞれの強みを引き出して活用し、相乗効果を生み出して、新しい価値観を生み出すことができる人材”と定義されています。

確かに、キーワードも散りばめられており、なるほど!と言いたいところですが、一番肝心な前提条件が抜け落ちていると思います。

グローバル人材の基本要件は「べらぼう」に仕事ができること

それは「べらぼうに仕事ができること」です。現役大リーガーのイチロー選手、ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授、世界的な指揮者である小澤征爾氏などを見れば一目瞭然です。この専門分野、つまり道を究めた人がグローバル人材の切符を手にするのです。

そういう観点から見れば、まずは腰を据えて自分の専門分野において卓越した成果や実績を出すことが第一歩です。相応のレベルまで到達してから、本人のキャリアプランと照らし合わせてどちらの道を選ぶかを判断すればいいのです。

しかしながら、巷ではグローバルというと英語等の語学力をイメージしてしまうものです。手っ取り早い目標として、“TOEICの得点を800点以上にする!”という目標設定をする訳です。これは本末転倒です。卓越した仕事ができないグローバル人材とはフレームワーク(枠組み)だけでコンテンツ(中身)がないのも同然です。