春野寿美礼 東京生まれ。91年に宝塚歌劇団に入団し、02年より花組トップスター。『エリザベート』トート役などを演じ、07年退団。09年『マルグリット』、12年『エリザベート』のタイトルロール、14年『モーツァルト!』のヴァルトシュテッテン男爵夫人役などで活躍している。(C)Marino Matsushima
数十年ぶりに帰郷した大富豪の未亡人が、自分を裏切った昔の恋人の死と引き換えに、町への莫大な寄付を申し出る……。スイスの作家デュレンマットが、1956年に発表した『老婦人の訪問』は、男女の愛憎劇に全体主義や拝金主義への風刺を絡ませた傑作戯曲として世界各地で上演され、64年には『訪れ』というタイトルでイングリッド・バーグマン主演映画も製作されました。
今回のミュージカル『貴婦人の訪問』は13年にスイスで初演、昨年ウィーンで上演されたばかりの新作。ミュージカルならではの音楽的、視覚的要素によって硬質の戯曲に親しみやすさをプラスし、ウィーン公演では大ヒットとなった作品が早くも日本に上陸します。
『貴婦人の訪問』
愛ゆえの人間の悲喜劇を
エンタテインメント性豊かに描く新作で
「純情一途の妻」役に挑戦
――まずは台本を読んでの印象からお聞かせください。「とてもシリアスな内容だと思いましたが、同時に、ヨーロッパではそれほどシリアスには受け止められていないのかもしれない、と興味深く感じました。本作では人間の深層心理、誰もが思っているけど表に出さないことを扱っていますが、日本ではこういうこと、あまり表に出しませんね。あえてミュージカルで表現してしまうところがヨーロッパらしくて面白い、と感じました」
――未亡人のクレアは何十年も前の男の裏切りを許さず、町民たちに究極の選択を迫るほどの、ものすごい「負」のエネルギーに満ちていますが、マチルデはクレアの申し出を聞いて「何があっても夫を守るわ」と決意を歌う。どこまでも夫を愛していて、観客としては感情移入しやすい役です。
『貴婦人の訪問』ウィーン版より。(C) VBW _Ralf Brinkhoff_Birgit Mogenburg_2014
――そんな噛みごたえのあるドラマが、ミュージカルで表現されるのですね。
「歌やダンスという要素のあるミュージカルだからこそ、明快に入っていきやすくなるのではないでしょうか。お芝居だけで心理的なものを描こうとすると重くなりがちですが、歌やダンスという手法でインパクトを強めたり、親しみやすく作られるのではないかと思います」
――本作には、愛憎劇としての側面と、拝金主義や全体主義を風刺する社会派の作品としての側面がありますが、そのバランスのとり方によって印象が大いに変わりそうですね。
『貴婦人の訪問』ウィーン版より。(C) VBW _Ralf Brinkhoff_Birgit Mogenburg_2014
――マチルデは夫と雑貨屋を経営している役ですが、春野さん、情報によるとかねてからレジ打ちにご興味があったのだそうですね。
「レジ打ちという技術そのものではなく、パートに挑戦してみたかったのです。宝塚で長く男役をやってきたので、スーパーの店員に憧れていました。今回それが遂に叶います(笑)」
――山口祐一郎さんとは、どんなご夫婦になりそうでしょうか。さきほどの製作発表記者会見では、山口さんのユーモア溢れる発言で場内が爆笑の連続でしたが…。
製作発表記者会見にて。(C)Marino Matsushima
――今回、ご自身としてはどんなポイント、もしくは課題を抱いていらっしゃいますか?
「マチルデは派手ではなく、どちらかというと地味な女性。けれども今の生活を幸せに感じている、愛に溢れた純粋な女性です。そんな女性が最後に究極の変化を遂げるところをお見せしたいと思っています」
*次頁では春野さんのこれまでをうかがいます。宝塚を初めて観たとき、春野さんはなんと、男役は全員男性が演じていると思ったのだとか…!!