ミュージカルを始めて、
本番前に台詞を復唱する癖がついた
−−ストレートプレイの役者さんからは、ミュージカルの音楽という制限や枷が耐えられないという声も聞きますよ。
僕も怖いです。ストレートプレイの場合、ちょっとセリフを忘れても、さりげなく間をとって思い出すことができるし、ハプニングがあっても、それを逆手にとって演技に見せることもできる。でもミュージカルはそうはいかないです。僕、ミュージカルを始めてから、舞台袖で台詞を復唱するようになったんですよ。その前は一切、したことがなかった。−−それは、忘れるのが怖いから?
そう。ストレートプレイで、2011年に博多座で『天璋院篤姫』の西郷吉之助をやらせていただいたんです。僕は西郷のタイプじゃないと思ったら、実は肖像画や上野の銅像とはぜんぜん違う実像だという話でした。その時、ブツブツ台詞を復唱している僕を見て、あるベテランの素晴らしい俳優さんが「意外だな」と。舞台上でその方とは絡みが多く、多少台詞が怪しくなっても感情の流れでそのままやりとりしていたんですね。だから台詞を復唱している僕を見て、驚かれたみたいです。その癖はミュージカルのせいかと。
−−素朴な疑問。禅さんは普段、ミュージカル俳優さんと呼ばれていらっしゃるのですか?
ミュージカル俳優ばかりです。ストレートプレイもやりますって言わないと、気づいてもらえない。ミュージカル俳優認定!みたいな(笑)。
−−『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』『回転木馬』『ジキル&ハイド』『エリザベート』『ピーターパン』『ダンス・オブ・ヴァンパイア』『ロミオ&ジュリエット』『レディ・ベス』などなど、これだけ錚々たる作品に出ていらっしゃると、当たり前かもしれませんね。
『エリザベート』のフランツ役を演じる際、
初めてボイトレをして、もっと深い声の道があると知った
−−禅さんは『レ・ミゼラブル』の伝説のマリウス役がキャリアの上での起爆剤だったかと思いますが、その後、もう1ステージ上がれたと実感した作品、役は何でしたか。『エリザベート』のフランツ役です。それまでは我流でこられたんです。ところがフランツ・ヨーゼフは時を刻む役。妻のシシィがいくつになっても美しく若々しいのに対し、フランツはどんどん老けてゆき、幾星霜を経る。演出の小池修一郎さんから、今の歌唱法では役に合わないからレッスンしてくださいと指示が来て、フランツが決まり、半年ほど初めてボイストレーニングをしたんです。当時の僕はマリウスみたいに高く張った声を出すのが一番かっこいいと思っていましたから。若かったですね。
その時、違う!もっと深い声の道がある!と。衝撃でした。地声と裏声を混ぜるミックスボイスは声帯を痛めないだけじゃない。低音をミックスボイスで歌うことで、この声の響きが素敵な役者が大人のいい役者として長くやっていけるのだろうとも思いました。
−−発声の深さを知ったことで、大人の役へ広げることができたのですね。
セットリストに戻りましょう。『エリザベート』の「私だけに」のような、女性の歌は歌いやすいですか。
実は女性の歌でも、自分としては歌えると思える歌とそうでない歌があるんです。たとえば『レ・ミゼラブル』の「オン・マイ・オウン」や「夢やぶれて」は歌えない。女性の恋心や、女性として男に愛され落ちぶれてしまった曲は厳しいんです。そのあたりの女心を僕の声で歌うのは違うかな、と。
「私だけに」はシシィが自我に目覚め、誰に何を言われようとも私・・・と歌う、男性的な強さを持つナンバーです。以前『レベッカ』からダンヴァース夫人の「何者にも負けない」を歌ったことがありますが、男性的に決意をする女性の強さなら歌えるんです。
「私だけに」は歌詞が興味深い。シシィは自由になりたいと願っても、それは無理だとわかっていたわけで、まるで絵空事のよう。実は刹那的で男らしい歌じゃないか、と。そんな物語がある曲は、歌いたくなりますね。