別所哲也 65年静岡県生まれ。87年、慶應義塾大在学中に舞台『ファンタスティックス』でデビュー。90年、日米合作映画『クライシス2050』でハリウッドデビュー後、幅広く活躍。第1回岩谷時子賞奨励賞受賞。 第63回横浜文化賞受賞。99年より日本初の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル」を主宰し、文化庁長官表彰を受賞。内閣府「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」の一人に選出。(C)Marino Matsushima
ハリウッド映画やテレビドラマなど、映像分野の俳優としてのイメージが強いかもしれない別所哲也さん。けれども大学時代は英語劇サークルに在籍し、デビュー作はオフ・ブロードウェイの名作『ファンタスティックス』でした。近年も『レ・ミゼラブル』はじめ、数々の舞台で存在感を放っている別所さん、最新作は韓国発のオリジナル・ミュージカル『シャーロック ホームズ2 ~ブラッディ・ゲーム~』で、バーミンガム警察から派遣されてきた“切れ者の警部”クライブ役を演じます。俳優業以外にも短編映画祭の主宰、社長業と多忙を極める彼が今回、本作に心惹かれた理由とは?
――いろいろなオファーがある中で今回、この作品を選ばれたのはなぜでしょうか。
「作品の音楽と物語性にも惹かれましたが、韓国ミュージカルには『サ・ビ・タ~雨が運んだ愛』や、僕の後輩(野島直人さん)が出ていた『パルレ』など、非常に優れた作品があることを知っていて、一度出てみたいと思っていたんです。かつて僕が演じた『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャン役も、今、帝国劇場で韓国の方(注・ヤン・ジュンモさん)がなさるような時代になりましたし、僕がやっている映画祭でも“韓流”の波といいますか、韓国作品の素晴らしさを知る機会がありまして、その影響も大きかったですね」
――本作は推理ものなので話しにくい部分もあるかと思いますが(笑)、ぎりぎりのところまでうかがえればと思います。まず、別所さんが演じる警部はどんな人物でしょうか?
『シャーロック ホームズ2 ~ブラッディ・ゲーム~』クライブ警部役
――台本を読んだときの第一印象は?
「謎解きものなのでいろいろな伏線があり、濃厚に結び合っている物語だと感じました。どんでん返しもあって面白いですよ。日本の情緒とはまた違った“情の深さ”もありますが、同じ東アジア人として分かる部分はあると思います。社会問題も盛り込まれていて、ミュージカルの作りとしてはよりドラマチック。人間関係に力点を置いた作品だと感じます」
――以前、ホームズ役の橋本さとしさんに前作の『シャーロック ホームズ ~アンダーソン家の秘密~』について伺ったとき、音楽がとても難しいとおっしゃっていましたが、いかがでしょうか。
「いやあ、今回も難しいです(笑)。でも、ソンドハイムや(『レ・ミゼラブル』の)シェーンベルクの音楽もそうですが、難しさと美しさと言うのは表裏一体なんですよね。使われている音符や楽器一つ一つにも意味があるととらえられるし、何故この音はここに行くのか、ここから変拍子になるのか。それはその人の心拍数の変化や、心の揺れを表していたり、フィジカルに走り出すものを表現していたりと、劇的に飛んでゆく瞬間があるので、それを読み解くのが楽しいですね。僕はもともと“謎解き”と人間ドラマが絡み合う刑事ものが大好きで、テレビでも『太陽にほえろ!』などのドラマに憧れていましたが、僕にとっては今回、音楽も謎解きの一つです」
――ストレートプレイでは台詞が担っているものを、ミュージカルでは言葉だけでなく音楽も担っているということでしょうか?
「そうです、この作品にはそういう“ミュージカルの真髄”があるんです。リズムの刻み方がどんどん変わっていったりと、歌う人間にとっては難易度が高いのですが、(役の)気持ちが合致するととても気持ちよく歌えるんですよね。よくできている音楽だと思います」
――今回、ご自身の中で課題にされていることはありますか?
「多重な構造の謎解きものですが、お客さんが何度リピートして観たとしてもまた観たくなるような、肉厚でずっしりとした芝居にしたいなというのが課題ですね。
もう一つ、昨日、演出の板垣恭一さんとお話していてはっとしたのですが、“別所さんのように年齢や経験を重ねた人が演じる時は、そこにいるだけでものすごい情報量なので、新たに何か説明するというより、そこに居るだけでお客さんの方がそれを読み解くほうがいいですね”と言われたんです。つまり、こちらから押して説明するのではなく、お客様に前のめりになっていただくということも大事なのかなあ、と意識しています。作品のテーマとしては、キャッチコピーにありますように“守りたい”ということがあって、それを巡って登場人物たちがいろいろな形で蠢いているドラマです。
『シャーロック ホームズ2 ~ブラッディ・ゲーム~』
――そのためには、ステージング等を美しくまとめる、ということでしょうか。
「今回の演出では、凄惨な場面にしても、血塗られたというより、どこか耽美な、美しい感覚があるように思います」
――歌舞伎の『夏祭浪花鑑』みたいなことでしょうか。「長町裏」という場面では、凄惨な殺人が行われながら主人公が一つ一つの動きで見得を切り、背徳的な美がたちこめます。
「そういうことかもしれないですね。そういった部分で使う演劇的な手法が、今回、オリジナルの韓国版とはかなり変わってくるかもしれません」
――日本版ならではの、面白い舞台が誕生しそうですね。
「そう思っていただければありがたいです」
*次頁からは別所さんのこれまでを伺います。俳優という仕事との出会いは、偶然のようでもあり、必然のようでもあり…。