『かにむかし』はさるかに合戦? それともまさかの桃太郎?
「かにむかし」は「さるかに合戦」と違う?
時と場所を超えて変化する口伝の昔話の面白さ
実は、絵本『かにむかし』では冒頭の「おにぎり」すら登場しません。きびだんごを配るくだりといい、これは一体どうしたことでしょう? 岩波書店によれば、『かにむかし』は「新潟県の佐渡島に伝わる昔話をもとにした木下順二さんの新解釈による再話」となっています。そう聞くと作者の創作が疑われるところですが、どうやらそれは濡れ衣のようです。というのも、江戸時代の猿蟹合戦絵巻にはすでに「きびだんご」の記述があるのです。昔話は、その内容が絵本のように文字や絵として残されている文学ではありません。長い年月や広い地域を経て、人から人へ口伝で語り継がれたお話です。そのため語り手が意図するかどうかにかかわらず、お話は語られる時と場所によって少しずつその姿を変えていきます。これは、自然な流れであり昔話の宿命でもあります。
猿蟹合戦絵巻
『かにむかし』に関して言えば、作者はお話を変えるどころか昔話の語り口を大切にして文章を書いたように思われます。というのも、方言が使われているばかりでなく、訥々と語りかけるような文章と、たたみかけるようなスピード感あふれる文章の両方がお話の展開に合わせて使い分けられていて、とても読みやすいのです。語り口をないがしろにしていては、このような文章は書けません。
一見創作かと思われるような内容が、実はそうではなくて、昔話の口伝の面白さ・不思議さを伝えているこの作品は、他にも魅力がいっぱいです。仇討物語というお話の骨組みは変わらないものの、牛の糞までがきびだんごをもらって仲間になるなどの、ユーモアたっぷりの展開は子どもたちを飽きさせません。清水崑さんが描く絵も、一見地味ながら、のびやかな筆使いが昔話にピッタリです。「昔話は古くてつまらない」とお考えの方にこそぜひ読んでいただきたい作品です。
【書籍DATA】
木下順二:文 清水崑:絵
価格:880円
出版社:岩波書店
推奨年齢:4歳くらいから
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