吉良祭・義士祭・元禄市で賑わう

【本所松坂町公園】
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大石主税と吉良上野介がいっしょにパチリ!


吉良邸跡として残されているのは、この松坂町公園です。当時の吉良邸は2550坪、母屋が318坪40室、東西南あわせて100人余が住む警備長屋426坪を新築していましたが、義士たちによってあっけなく制圧されてしまったのですね。

今は、ほんの小さな敷地に吉良上野介座像、邸内見取り図、上野介の首を洗ったと言われる首洗い井戸、討ち死にをした吉良家家臣の碑、上野介を祀った稲荷神社が残されています。

 

通常は静かな佇まいで、どこに吉良邸があるか迷って
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元禄市は大賑わい

しまう方も多いようですが、この日は吉良上野介や、大石主税などもおり、大いに盛り上がっていました。

元禄市では、地場産品の衣料品、物産展、おもちゃ、ちゃんこ屋台の出店、和太鼓演奏などなど見所満載で多くの人で賑わっていました。元禄汁、甘酒などとても美味しくて冷えたからだが温まりました。

 

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「吉良さんはいい殿様なんだ!」

ここ、吉良邸の地元では吉良びいきの人も少なくありません。 「いい殿様だったんだよ」とツアーガイドさんも力説するので、ガイドも「『フナじゃ、フナじゃ』って浅野内匠頭をいじめたんでしょう、吉良上野介は…」と挑発すると、「いやいや、あれはウソ。堤を作ったり、マメに領内を視察してまわったりして、いい殿様だったんだ」と熱弁をふるいます。

実際、そういった記録は残されています。カッとなって前後を忘れて吉良上野介に斬りかかり、お家は断絶、多くの家臣を路頭に迷わせ、ついには切腹にまで至らしめた浅野内匠頭こそ、あまり褒められた主君ではないのかもしれません。

とはいえ、そこは勧善懲悪の歌舞伎の世界。とことん悪役の吉良が際立つからこそ、庶民は時の政府への不満もあって熱狂したのでしょう。

史実を都合よく変化させて、極上のエンタテインメントに変えていくパワーを持つのが歌舞伎であるなら、今の「忠臣蔵」もまた時代に合わせて、今後変化していくものなのかもしれません。

市川染五郎さんはその著「染五郎の超訳的歌舞伎」(小学館)の中で、史実と異なるイメージを作り上げた「忠臣蔵」に触れ、「僕も歌舞伎役者として『未来の歴史』を作るとともに、『過去』も新たな歴史に塗り替えていきたいと思っています」と書いています。

「さしあたり、美化されている赤穂浪士を、家族を始め多くの人々を犠牲にして計画殺人を犯した悪党たちとする歌舞伎を書こうと妄想しているところです」とのことですから、近い将来、今までとは全く違う忠臣蔵を見ることができるかもしれませんね。



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