12月といえば、歌舞伎の世界では忠臣蔵が定番です。2014年の12月は、松竹の歌舞伎座でも国立劇場でも「忠臣蔵」が見当たらず、寂しい限りのガイドです。

でも歌舞伎を楽しむ方法は、歌舞伎を観るばかりではありません。歌舞伎の演目にゆかりの深いところを歩く歌舞伎散歩はいかがでしょうか。今回は、忠臣蔵にゆかりの深い場所として「泉岳寺」ではなく、憎まれ役・吉良上野介邸付近を歩いてみます!

吉良邸の最寄駅はJR「両国」駅。
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おすもうさんが構内にずらり

国技館があるので、駅構内からすでに相撲博物館のよう。
両国は、ちょんまげ姿のおすもうさんも行き交う、江戸情緒のある街です。

 
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毎年討ち入りの日の近くには義士祭が行われる

毎年12月の第二、または第三土曜・日曜は、吉良邸跡の本所松坂町公園周辺で吉良祭・義士祭・元禄市も開かれます。取材したのもそんな1日。大いに賑わっていましたよ。

 

史実を元にどんどん脚色。今でも人気の「忠臣蔵」

まずはカンタンに「忠臣蔵」のもとになった史実の説明を。

元禄14年3月14日、赤穂の殿様浅野内匠頭(35)が、江戸城松の廊下で刀を抜き、吉良上野介(61)に切りつけてしまいます(腹の立つことがあったわけですね)。上野介は軽傷ですんだものの、浅野内匠頭は即日切腹、お家は断絶お取り潰しを命じられました。これを不服に感じた赤穂家の家臣たちが、1年後の元禄15年12月14日に吉良邸に討ち入り、その首級をあげ、見事主君の仇討を果たしたというものです。

その後元禄16年2月4日に義士たちは切腹を命じられましたが、12日後には早くも「曙夜討蘇我」という芝居が上演されたといいます。江戸時代の芝居というものが、現代のニュース的役割を持っていたことがわかりますね。

その後、脚色に脚色を重ね、全く事実とは異なるエピソードもてんこ盛りの「忠臣蔵」ができあがりますが、それだけ観客のハートを鷲掴みにする作品に昇華していったとも言えるでしょう。

今でも「忠臣蔵」はよく演じられていますし、お正月のテレビドラマなどでも放映されているのはみなさんもよくご存知かと思います。

>>では忠臣蔵お散歩スタートです♪