上海料理の名店が手がける精進料理レストラン
大きな大理石のテーブルが置かれた1階の個室。系列店の「福1015」は世界の食の専門家が投票する「アジアのベストレストラン50」に毎年ランクインしている有名店です。 撮影/中田美佐(すべて)
中国で素菜と呼ばれる精進料理が発祥したのは遥か1000年以上も前のこと。仏教や道教など、殺生を戒める宗教的な思想を背景に生まれました。熱心な仏教徒であった南朝の梁武帝・蕭衍(シャオイエン、464~549年)が奨励したことで、素菜文化は大きく発展したといわれています。
中国の伝統的な素菜は「倣葷菜(ファンフンツァイ)」と呼ばれるいわゆる“もどき”料理が主流。つまり、肉類や魚介類を使わずに、見た目も味も肉や魚そっくりに作るのです。台湾の素菜は特に有名です。
ヘルシー志向が高まっている上海では、年々カジュアルな素菜店や欧米系のベジタリアンダイニングが増えています。なかにはローストビーフを模したものなど、倣葷菜を現代風にアレンジした店も登場しています。
マンダリン・オリエンタル浦東上海など、5ツ星ホテルのレストラン顧問も多数務めている盧シェフ。 写真提供/福和慧
「健康的な食生活を求める人が増え、人々のライフスタイルが変化するなかで、6年ほど前から素菜レストランをつくろうという話がありました。細部までコンセプトを詰め、満を持してオープンしたのです」と、盧シェフ。この店では従来のもどき料理は一切出てこないのです。
グルメをうならせる8品のコース料理
手前は前菜の「無花果(イチジク)」。イチジクは唐の時代から栽培されていたといわれる歴史の長いフルーツ。氷草という食感の異なる野菜と組み合わせ、濃厚な白胡麻のペーストにつけて味わいます。奥はプチトマトを使った突き出し。
メニューにアラカルトはなく、380元、680元、880元の3つの価格のコースのみ。内容は季節によって異なりますが、いずれのコースも8品から構成されています。各料理は「百合」「水蜜桃」など、基本的にはテーマとなる材料が料理名になっています。
たとえば「藜麦(リーマイ、日本語名はキヌア)」という名前の料理は、アンデス原産の雑穀・藜麦と冬瓜を煮たもの。藜麦のプチプチと弾けるような食感と酸味が印象的です。メインディッシュの一つ、「鶏樅菌(ジーゾンジュン)」は雲南省でとれる高級キノコを楽しむ一品。ガラスの密閉瓶に鶏樅菌と火を点した葡萄の木片が入っており、蓋を開けると燻された鶏樅菌の濃密な香りが煙と共に立ち上ります。食感は実に肉厚。噛むと旨みが凝縮された汁が口中に広がり、なんとも重厚で気高い味わい!
料理は一品ずつサーブされます。手前は「藜麦」。和食器のような器に盛りつけられていますが、味わいは中国料理。
なかにはトリュフやセモリナ粉などを使った一見洋風の料理もありますが、口に入れるとそれらはすべて中国料理の味わい。中国料理とは何か、という問いかけがこめられているかのようです。
禅の雰囲気に満ちた美しい空間も必見
ダイニングは個室がメイン。建物の面積は約1000平方メートルもあります。窓には透かし織りの布がかけられ、竹の葉の緑が美しく映ります。
「福和慧」は料理だけでなく、その空間も特別です。レストランは3階建てで、店の周りには竹が植えられています。車の往来が多い愚園路に面していますが、建物の中に一歩入ると静謐そのもの。「石、木、布」という中国の伝統素材が随所に使われ、禅を感じさせる雰囲気が漂います。インテリアを手がけたのは中国を代表するデザイナーの一人・呂永中氏。蝋燭や書、沈香の香りなども印象的に配されています。
ローカル色の強い従来の素菜店とは違い、この店はデートや記念日、商談、または高級ブランドのイベントの場などにも使われています。まさに素菜のファインダイニングなのです。
日本の精進料理は、中国へ留学した禅宗の僧侶が修得した素菜が元になっているといわれています。
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■福和慧(Fu He Hui)
住所:長寧区愚園路1037号
TEL:021-3980-9188
営業時間:11:00~14:00、18:00~23:00 無休 ※要予約
アクセス:地下鉄2、11号線「江蘇路」駅より 徒歩5分