『ヴェローナの二紳士』観劇レポート
“Love and Peace"スピリットを継承する
とびきり破天荒なラブコメ・ミュージカル
『ヴェローナの二紳士』写真提供:東宝演劇部
幕開きはスクリーン上の映像。都会を俯瞰するカメラが地上に降り、昼下がりの日比谷公園で歌いだす若者たちのフラッシュ・モブが映し出されます。ガルト・マクダーモットが作曲したもう一つの代表作『ヘアー』のテーマ「アクエリアス」同様、明るく、希望に満ち溢れた「Summer, Summer」。どこか懐かしく、開放的なメロディを歌いながら、若者たちが周囲の人々をフリー・ハグして歩いている…と思ったら、突如場内が明るくなり、その一団(実は本作のキャスト)が同じ衣裳で客席後方から登場! 映像から現実へ、二つの次元が繋がる不思議な感覚を観客が味わったところで、若者たちが口上を述べ、本編『ヴェローナの二紳士』がスタートします。
『ヴェローナの二紳士』写真提供:東宝演劇部
片田舎のヴェローナに住む青年、プロテュース(西川貴教さん)とヴァレンタイン(堂珍嘉邦さん)。ヴァレンタインは見聞を広めるため大都会ミラノを目指しますが、プロテュースは村娘のジュリア(島袋寛子さん)に愛を告白するべくとどまります。はじめは恋文を渡してもすげなく破り捨てられるものの、そこにキューピッド(武田真治さん、茶目っ気たっぷり)が現れて恋の矢を射ることで、突如ジュリアのハートに灯が。熱烈なラブシーンが展開するものの、目的を達成すると男の気持ちが変わるのは世の常、とばかりにプロテュースにとってジュリアの存在は重くなり、父(斎藤暁さん)に命じられたこともあって、彼も召使のラーンス(坂口涼太郎さん)とミラノへ出立することに。置き去りにされたジュリアは侍女ルーセッタ(保坂知寿さん)とともに男装し、後を追う……。
と、冒頭部分だけでも激動の展開ですが、舞台はここからさらに荒唐無稽な世界へ。ミラノへの道中、なぜかジャングルが現れてワニやゴリラ(の着ぐるみ、ぬいぐるみ)が登場、ついには”あの人“が”あんな姿”で!(やめて~っと心の中で叫んだファンも多々?)
『ヴェローナの二紳士』写真提供:東宝演劇部
やっとのことで辿り着いたミラノは、ラテンのビッグバンドと色とりどりの衣装で歌い踊る人々に彩られた、洗練された大都会……に見えるもつかの間、街を支配するミラノ大公(ブラザー・トムさん)は、異議を唱える者をすぐさま処刑し、問題発言を連発。金と戦争が大好きという、とんでもない暴君であることが判明します。しかし彼が金持ちの青年(武田真治さん)と結婚させようとしている娘シルヴィア(霧矢大夢さん)は輝くばかりに美しく、ヴァレンタイン、そしてその後到着したプロテュースも彼女に一目ぼれしてしまいます。
『ヴェローナの二紳士』写真提供:東宝演劇部
手紙の代筆屋としてシルヴィアと出会ったヴァレンタインは、彼女といいムードになりますが、プロテュースはこともあろうか友人の恋をミラノ大公に密告、彼を遠方に追放させてしまう。「自分が一番大事だもん!」と彼が開き直ったところで、一幕は終わります。どうしちゃったのプロテュース? ヴァレンタインとの友情は、そしてジュリアと誓った愛は…?とはらはらさせて突入する二幕。シルヴィアの“秘密の恋人”エグラモーという、人間なのかファンタジーなのかよくわからないキャラクターが登場することで、物語はさらに混迷を深めますが、大騒動の末に”雨降って地固まる“。人々は収まるべきところに収まり、あるべき姿に立ち返ってゆき、高らかに愛を歌う祝祭的なフィナーレへとなだれ込んでゆくのです。
『ヴェローナの二紳士』写真提供:東宝演劇部
カラフルなキャストはそれぞれの持ち味を発揮し、西川さんは若さゆえに衝動的、あるいは本能のままに行動するプロテュース役を、軽々としたフットワークと演技、確かな歌声で表現。堂珍さんは、メロディに細やかなひだをつける歌唱力もさることながら、本格的なミュージカルは初とは思えないほど自然な演技で、今後のミュージカルでの活躍が楽しみです。
島袋さんはコミカルなだけでなく芯のあるヒロインを力強く演じ、霧矢さんは胸のすくようなダンスを披露するなど、終始魅力的。武田さんはギリシャ彫刻さながらの筋肉美にサックス演奏も披露しつつ、自意識過剰な青年を怪演しています。また本作で最も妙なキャラクター、エグラモー役の上原さんはバリトン・ボイスで場をさらうのみならず、文字通り体を張り(!)、新境地を開拓。(その姿を見せる際にちょっとだけ恥ずかしそうに見えたのがまた初々しく、好感度大!) そして保坂さんはジュリアを心配する侍女として芝居を引き締めるだけでなく、最後になぜか玉の輿に乗ってしまうまさかの役どころに、天性のチャームで説得力を与えています。
『ヴェローナの二紳士』写真提供:東宝演劇部
無邪気さに満ちた舞台は一見、他愛ない恋の狂騒曲。その顛末を追うだけでも十分、楽しくはあるのですが、ちょっとでも日々のニュースに触れている人なら、この舞台の底辺にある、強烈な政治的メッセージに気づかずにはいられないでしょう。暴君であるミラノ大公の台詞には現存する政治的指導者たちの発言がちりばめられ、エグラモーも最後に時事ネタを取り入れた捨て台詞を吐いています。反射的に笑った後で、観客は「現実の世界はこのフィクション同様の状況にある」ことに気づき、慄然とする。徹底した”おバカ“表現は、この”毒”を和らげるための、中和剤であるのかもしれません。
音楽的にはオリジナルよりかなりラテン・テイストの濃いアレンジとなり、衣裳の面でも”今“の躍動感溢れる本作ですが、それでも『ヘアー』に通じる、本作が生まれた時代の「Love and Peace」のメッセージは歴然と存在。今回の演出にあたって作者や初演の演出家にも会い、語り合ったという演出の宮本亜門さんが、作品本来のエッセンスを失うことなく、時を経て見事に「現代化」した舞台と言えるでしょう。