特に子ども達にとって、その影響は大きい。例えば、世界最高峰のサッカープレイヤーであるジネディーヌ・ジダン。彼がサッカーを始めたきっかけは、なんと子どもの頃に見た漫画「キャプテン翼(高橋陽一)」だったと言う。
天才イチローは「ドカベン(水島新司)」に登場する異色選手・殿間のファンであったことを公言している。そう言えば、代名詞となった振り子打法は、殿間のオリジナル、「秘打」の系統に属しているように見えるではないか。
バレーボールプレイヤー・大林素子は「アタックNo.1(作・浦野千賀子)」に励まされ、オリンピックに3度も出場する世界のアタッカーとなった。
以上の例は、氷山のほんのほんの一角だ。著名人に限らなければ、これらの作品がどれほど多くの子ども達に影響を与えたか計り知れない。
水先案内の3要素
もちろん、すべての漫画が水先案内をできるわけではない。まず「表現力」。情熱、迫力、希望、挫折、未来などの内なる世界を、視覚で読者に伝えなければならない。当然のことながら具体物を描き上げる能力とは別のものが要求される。加えて、舞台となる分野において、読者を頷(うなず)かせるだけの「説得力」がなければならない。たとえ子どもを対象とした漫画であったとしても、大人のファン・マニアにも届く専門性を持っている必要がある。例にあげた3作を見ればわかるように、これはリアリティーの問題ではない。リアルを土台にしたファンタジーでありながら、なおかつ専門性があることがポイントなのだ。ファンタジーとスペシャリティーのコラボがなければ、水先案内はできない。
もう一つ大切な要素がある。「誘導力」である。「僕にもできそうだ」「私もこうしてみよう」。登場人物に、そんな思い(これはシンパシーと言い換えても良いだろう)を抱かせる作品でなければならない。ヒーローがぐいぐい引っ張る、言わば「牽引力」ではこうはなりにくい。水先案内船には牽引ロープがついていないのである。このようして、子ども達は小さな舟を造り、現実という未来の大海原へ旅立つのだ。そのほんの少しの成功例がジダンであり、イチローであり、大林であったのだ。
「マサルの一手!」
私が今回ガイドする将棋漫画も、紛(まご)う事なき水先案内船だ。タイトルは「マサルの一手!」。2001年から2006年にわたって、小学館の「小学5年生」に連載された作品である。この作品を「表現力」「説得力」「誘導力」の3点からガイドしていこう。シャンパンのような表現力
作者は村川和宏。村川は「登場人物の目」で表現することに長ずる漫画家だ。前掲の表紙も含め、この作品をお読みの際は、ぜひ、この「目」に注目していただきたい。また、シャンパンの栓を抜いた時のように、爽快感にあふれる、はじけた画風が持ち味だ。
だから静寂を旨とする将棋文化とはミスマッチの感もある。正直に言おう。ガイドは初見した際に、危惧を覚えた。このタッチで将棋を描けるのか。だが、読み進める内に、これがかえって効果的だということを思い知らされた。
将棋という「静」なる勝負が、大胆なコマ割りと背景の躍動感あふれるイメージ・タッチで「動」の世界にみごとに変換されていたのである。将棋漫画にとって、ここが大きな勝負所なのだ。現実の世界に目を移してみよう。例えば、巨星・羽生善治の将棋を観て楽しむと言うことは、文化としての様式美の中に潜む、羽生という猛獣を見いだす(過去記事)ことに他ならない。将棋観戦は「凪(なぎ)」の中に「嵐」を感じることなのだ。
「マサルの一手!」の読者は、漫画という「静」止画、将棋の持つ「静」寂性、この2つの絶対的な「凪」の中に「嵐」を感じさせられるのである。シャンパンは和食にとてもよく合っていたということだ。さらに分析を続けよう。