まずは建築をみてみよう

facciata

カポディモンテ宮殿のファサード (c)Ewa Kawamura


scalone

カポディモンテ宮殿のドーリス式の柱のある大階段 (c)Ewa Kawamura

カポディモンテの王宮は、ナポリの中心部から北に2kmほど離れたカポディモンテの丘に、1738年、当時ナポリを統治していたスペイン・ブルボン家のカルロ7世(のちのスペイン国王カルロス3世)の命により、建設がはじまりました。設計は、ポルティチの王宮やサン・カルロ劇場も担当した宮廷建築家のカネヴァーリとメドラーノですが、19世紀には別の建築家たちの手も加わります。ファサードは、火山由来の石材のどっしりした付け柱、中庭の回廊の支柱の太さも桁外れに太く、とても堅牢な造りとなっています。

stanza pompeiana

カポディモンテ宮殿のポンペイ様式の間 (c)Ewa Kawamura

1825年、両シチリア王フランチェスコ1世の治世下、当時の宮廷建築家アントニオ・ニッコリーニが改築工事を進めます。ニッコリーニはポンペイ遺跡で多数のスケッチをし、古典的なデザインに造詣深く、カポディモンテの王宮の内装の一部をポンペイ風に装飾しました。一方、新古典主義様式のドーリス柱で飾られた大階段は、建築家トンマーゾ・ジョルダーノのデザインで、ナポリから南へ80キロほどにあるペストゥムの古代ギリシャ神殿からインスパイアされたもの。王宮の完成は、1840年、フェルディナンド2世の治世下となりました。カポディモンテの王宮は、王族たちのアパートメント(詳しくはこちらも参照)だけではありません。

interno

カポディモンテ宮殿の内部 (c)Ewa Kawamura

当初は、丘の上の広大な土地で、王が狩猟を楽しむ離宮だけを建てるはずでしたが、カルロ7世の母であるパルマ公女エリザベッタ・ファルネーゼが、膨大な美術コレクションを相続していたため、予定を変更し、彼女のコレクションを保管・展示するための美術館を建てるという目的がメインとなり、イタリア最大の美術館が誕生することとなったのです。

次のページでは、カポディモンテ美術館の誕生の歴史と、カポディモンテの森(庭園)について説明します!