世界遺産/アフリカ・オセアニアの世界遺産

フェズ旧市街/モロッコ(2ページ目)

ほとんど自動車さえも入ることのできない迷宮都市・フェズ旧市街。人々はいまだラマやロバを利用して物資を運び、中世の街並みと暮らしを引き継いでいる。そんなフェズ旧市街で楽しいのは「迷い歩き」。今回はモロッコの世界遺産「フェズ旧市街」のできるだけ安全な迷い方を解説する。

長谷川 大

執筆者:長谷川 大

世界遺産ガイド

フェズ旧市街の見所 1. カラウィーン地区

スイーツの露店街

スイーツの露店街。アルコールが禁じられているイスラム圏ではスイーツが発達している。フェズ旧市街にはさまざまなスーク(市場)があり、同業の店が集まっている

ブー・ジュルード宮殿近くの門

カラウィーン地区、ブー・ジュルード宮殿近くの門。フェズ旧市街はこのような城壁と門に囲まれている

フェズは789年にベルベル人(北アフリカの遊牧民族)のイドリース1世によって建てられた街。808年にイドリース2世が王宮を建てて移り住むと、イドリース朝の首都となった。この頃、北アフリカでは敵の襲撃に耐えるために城壁内部に石造の家々を並べ、複雑な迷路を築く城塞都市が普及していた。フェズの迷宮もこれと同様に築かれた。

イドリース朝では各国からのイスラム教徒の移住を奨励していた。そのためイスラム教の聖地カイルアン(現チュニジア。ケルアン、カイラワーン。世界遺産)やコルドバ(現スペイン。世界遺産)などから多くの人々がフェズに入植した。

 

ネジャーリン広場

カラウィーン地区の中心で、周囲をさまざまなスークに囲まれたネジャーリン広場。隣接する博物館の屋上から辺りを一望できる

イドリース朝時代の面影がもっともよく残っているのが旧市街のカラウィーン地区だ。その名の通りカイルアンから移住してきた人々が主に居住した地域で、タラー・セギーラとタラー・ケビーラの周辺に展開しているフェズ最大の見所だ。

ランドマークはカラウィーン・モスク。859年にこの地に小さなモスクが建設され、10世紀に大幅に増築されると2万人を収容する北アフリカ最大のモスクとなった。付属のカラウィーン・マドラサは「世界最古の大学」であり(大学の定義によって諸説あり)、「世界最古のマドラサ」とされている。イドリース朝時代の建物としては、他にイドリース2世を祀ったザヴィア・ムーレイ・イドリス廟がある。

また、この辺りはイスラム都市フェズの中心と考えられており、12~15世紀に興ったイスラム王国マリーン朝の下で神学校ブー・イナニア・マドラサやアッタリーン・マドラサが建設され、モロッコの宗教的中心地として繁栄した。

 

フェズ旧市街の見所 2. アンダルース地区

タンネリ

染色剤を入れた桶が並ぶなめし革職人街タンネリ。周辺には革加工業者やデザイン工房、革製品店など、革関連の店が立ち並んでいる

アンダルース・モスク

アンダルース・モスク。迷宮の中ではドームもミナレットも見えないので、モスクやマドラサもなかなか見つからない

カラウィーン地区の南東に広がる地域で、主にコルドバをはじめとするスペインのアンダルシア地方から移住した人々が暮らしていた地域。最古の建物は861年に建設されたアンダルース・モスクで、カラウィーン・モスクに対抗するように建設された。

カラウィーン・モスクからアンダルース・モスクの間には真鍮や銅製品のスーク(市場)や染色スークが広がる迷宮が続いている。なかでも多くの観光客が訪れるのがスーク・ダッバーギーン、通称タンネリだ。

タンネリはなめし革職人街のことで、特に染色地区は革の獣臭と染色剤の臭いが混ざってとんでもないことになっている。臭いは強烈なのだがさまざまな染料が描くコントラストは非常に美しく、写真栄えする地域でもあって人気が高い。

 

アンダルース・モスクの西にあるルシーフ門や、南に位置するフトー門の先にはバスやタクシーが走る大きな通りがあり、この辺りが旧市街の東と南の端となる。
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