ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

Star Talk Vol.13 原田優一、劇場文化に抱く夢(4ページ目)

清潔感漂う二枚目もこなせば、お遊び要素たっぷりの“ゲイ・バーのママ”役も楽しく演じ、その振り幅の大きさが半端でない俳優、原田優一さん。31歳の若さにして、“天才子役”時代からかれこれ20年間もミュージカルの第一線で活躍を続ける彼に、お話を伺いました。最新作『ミス・サイゴン』から役者としての矜持まで、盛りだくさんの内容です!*観劇レポートを掲載しました!*

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

“2014年を生きる者たち”の視点~『ミス・サイゴン』観劇レポート

『ミス・サイゴン』写真提供:東宝演劇部

『ミス・サイゴン』写真提供:東宝演劇部

70年代のベトナム戦争末期を舞台とした89年のミュージカルを、2014年の今、上演する意味とは。

帝国劇場で開幕した『ミス・サイゴン』は「2014年を生きる者たちの視点」を明確にすることで、この命題に応える舞台となっています。

その象徴とも言えるのが、2幕大詰めのシーン「アメリカン・ドリーム」。戦火の中をたくましく生き抜いてきた男エンジニアが、いつか渡米し、成功をと夢見るナンバーです。悲惨な生い立ちの独白に始まり、ナンバーは徐々に楽器を増やし賑々しい曲調に移行。“ピン札”だ、“シャンパン”だとエンジニアが妄想を膨らませ、ショーガールたちを始めとする「富」の記号が次々と登場するものの、それらは儚く消え去り、舞台には再びエンジニアただ一人。まるで彼の夢が決して叶わないことを暗示するかのような、おかしくも哀しい一大場面なのですが、舞台上のビジュアルはキャデラックやそれに乗って現れる女の毛皮のコートを含め、ひややかな白が基調。そこに紙幣の降り注ぐ映像や、セクシーというよりきびきびとしたショーガールの振付の無機質なイメージが重なり、観客をエンジニアの夢に引き込むのではなく、むしろ冷静さ、客観的な視点を促します。

最後に妄想の全てが消え失せ、彼がそれにはたと気づく一瞬の静寂は、エンジニアという人物の悲哀を表現するだけでなく、観客に「アメリカン・ドリーム」という概念そのものがもはや過去のものになっていることを再確認するため、打ちこまれた楔であるかのようです。
『ミス・サイゴン』エンジニア(駒田一)写真提供:東宝演劇部

『ミス・サイゴン』エンジニア(駒田一)写真提供:東宝演劇部

89年の初演時点では、「アメリカン・ドリーム」はまだ十分に「生きていた」かもしれません。しかしその後の目まぐるしい世界情勢の中で西側諸国、とりわけアメリカのステイタスはゆらぎ、物質主義をはじめとする既存の価値観に対しても疑念がもたげています。

そんな中で、成功=一攫千金であり、アメリカでならそれが叶うという「アメリカン・ドリーム」を、2014年の人々はどうとらえるべきなのか。今回の舞台ではとりわけ、そんな問いかけが強調されているようです。
『ミス・サイゴン』エレン(木村花代)undefined写真提供:東宝演劇部

『ミス・サイゴン』エレン(木村花代) 写真提供:東宝演劇部

「2014年現在の視点」は、戦争の悲劇をより多面的にとらえる上でも生かされています。やはり2幕で、ヒロイン、キムに初めて出会ったクリスの妻、エレンが戸惑いながら歌う新曲「メイビー」は、2012年の日本公演では既に追加されていたものの、その歌詞は今年のロンドン開幕を機に、作者ブーブリル&シェーンベルクによって大幅に改変。クリスに妻がいることを知らなかったキムを見送り、エレンは自身も気が動転しながらも「あの娘への愛が先ならば……私忘れてくれていいの」と歌います。

苦しみながらも思い切ろうとする、クリスへの愛。それはキムへの思いやりというよりも、9.11後のアメリカ軍の中東派兵を機に世界的にPTSDが認知されたことを背景に、戦争が決して戦場の当事者たちだけの問題ではなく、それがもたらす不幸には際限がないことを改めて訴えようとする作品の姿勢の表れであるかのようです。これまで他のメインキャラクターに比べ情報量の少なかったエレンですが、「メイビー」を通してその存在はさらに重要度を増したと言えるでしょう。
『ミス・サイゴン』キム(昆夏美)写真提供:東宝演劇部

『ミス・サイゴン』キム(昆夏美)写真提供:東宝演劇部

もちろん、こうした演出が生きるのも、キャストの演技があってこそ。今回、舞台上にはフィクションという前提が吹き飛ぶほど、リアルで壮絶な“生きざま”が展開。一人一人が必死に誠実に、役を生きていることがうかがえます。

どんな状況に陥っても“アメリカン・ドリーム”を抱き続け、そのためにはなりふり構わず何でもやってのけるエンジニアをこの日、演じていたのは駒田一さん。クラブ「ドリームランド」時代は店を我が物顔で仕切っていたのが人民軍にとらえられ、命からがらタイへと脱出、クラブに潜り込むものの、そこでは雇われの身。時間を追うごとにその姿は卑屈さを増してゆきますが、野心のほうはそれに反比例するかのようにぎらついてゆくという描写が鮮やかです。その歌唱は台詞の一言一言に表情を持たせながらもメロディを聴かせ、エンジニアの生命力をあますところなく表現して見事。

家族を戦争で失い、生き抜くため一縷の希望を胸に都会に出てきた(この日の)キム役は昆夏美さん。今回が初のキム役とのことですが、おどおどと店に出る純朴な娘から、息子のためならポールダンスさえこなす母親へと変貌し、それでも昔の?婚礼衣装”を広げてはクリスを恋しがるといった各局面のキムを的確に表現。彼女が最後に下す大きな決断に説得力を持たせています。
『ミス・サイゴン』クリス(原田優一)、キム(知念里奈) 写真提供:東宝演劇部

『ミス・サイゴン』クリス(原田優一)、キム(知念里奈) 写真提供:東宝演劇部

そのキムと恋に落ちる米兵クリスは、戦争の現実を知り、厭世観に包まれるなかでキムと出会い今一度「生」を実感するが、サイゴン陥落により引き裂かれ、帰国後はPTSDを発症……と、精神的には、本作中最も戦争に振り回されるキャラクターと言えるかもしれません。

今回が3度目のクリスとなる原田優一さんはこの「振り回される過程」を丁寧に演じ、とりわけサイゴン陥落によるキムとの別離のシーンでは半狂乱と言っていい姿を見せ、クリスの心に刻まれた傷の大きさをうかがわせます。歌いながら絶叫し、その直後にファルセットに、さらに地声に転じる……。決して“気持ち”だけではできない、卓越した歌唱テクニックを持つ方でもあります。
『ミス・サイゴン』トゥイ(神田恭兵) 写真提供:東宝演劇部

『ミス・サイゴン』トゥイ(神田恭兵) 写真提供:東宝演劇部

エレン役の木村花代さんも、前述した2幕の「メイビー」で揺れる心をこまやかに歌い、この役の輪郭をいっそう太いものに。キムの許嫁トゥイ役の神田恭兵さんは、キムと結ばれるためなら彼女と米兵との間の子を殺すことも辞さないという哀しいまでの頑なさを、まっすぐに表現。2004年以降クリスの戦友ジョンを演じる岡幸二郎さんは、帰国後、米兵とベトナム人女性との混血児たちの救済活動に奔走し、アトランタの会議で歌う「ブイドイ」で圧巻の歌声を聞かせます。

1幕の開幕早々、エンジニアのクラブで「ミス・サイゴン」に仕立てられるジジ役は池谷祐子さん。半ば捨て鉢になりながらも、いつか映画のように……とはかない望みを、当時同じような境遇にあった何千、何万もの女性たちの思いを代弁するかのように切々と歌っています。またアンサンブルの一人一人も場面が変わる度に緊張、緩和とがらりと舞台の空気を変えていましたが、とりわけサイゴン陥落にあたり、米軍のヘリコプターに何とか乗ろうとするも乗れず、絶望の中でヘリを見送る人々の表現にはミュージカルの枠を超えた迫真性がありました。
『ミス・サイゴン』ジョン(岡幸二郎)undefined写真提供:東宝演劇部

『ミス・サイゴン』ジョン(岡幸二郎) 写真提供:東宝演劇部

そんなアンサンブルの捨て台詞(台本には載っていない台詞)の中で、思わず吹き出してしまったのが昨年、『レ・ミゼラブル』のテナルディエ役で脚光を浴びた萬谷法英さん演じる客引きが、「キムを探している」とジョンに言われて「いますよ」と無理やりに彼をひっぱり、放った一言。内容はご覧になってのお楽しみですが、この日本版ならではの(としか思えない)ダジャレ、本作で唯一笑えるシーンかもしれません。

プロデューサーのキャメロン・マッキントッシュは、本作をブラッシュアップするにあたり、オペラ的な悲劇として物語を見せることより、キムが子のために身を挺する様をリアルに描くことに力点を置いたのだそう。キムの最後の選択については初演開幕時から賛否両論あり、正直なところ筆者もなかなか受け入れがたかったのですが、数年前に出産を経験したこともあってか、今回は「子供の為なら死をも恐れない」キムが感覚的に理解できたような気がします。

また、2幕冒頭「ブイドイ」では実際の孤児たちの施設での記録映像が映し出されますが、おそらく一人一人にトイレトレーニングをしてあげるには人手が足りないのでしょう、ベビーたちがビニールのシーツの上で、おむつも無しに寝かされている光景が気になり、いたたまれない思いでした。映像が撮られてからおよそ40年。あのベビーたちは今、どうしているのでしょう。これほど身近で、「そこで描かれている世界の現実、今」が気になるミュージカルも他にないかもしれません。2014年を生きる全ての人に、観て欲しい舞台です。
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