ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

Star Talk Vol.13 原田優一、劇場文化に抱く夢(2ページ目)

清潔感漂う二枚目もこなせば、お遊び要素たっぷりの“ゲイ・バーのママ”役も楽しく演じ、その振り幅の大きさが半端でない俳優、原田優一さん。31歳の若さにして、“天才子役”時代からかれこれ20年間もミュージカルの第一線で活躍を続ける彼に、お話を伺いました。最新作『ミス・サイゴン』から役者としての矜持まで、盛りだくさんの内容です!*観劇レポートを掲載しました!*

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド


*〈注〉このページでは『ミス・サイゴン』の内容詳細に踏み込んだお話をさせていただいております。【ネタバレ】も含まれますので、まだ物語をご存じない方はいったんこのページを飛ばしていただき、観劇後にお読みいただいたほうがいいかもしれません*

クリスの行動の背景にあるもの

――では、この機会にクリス像について詳しくうかがいます。まず、原田さんとしてはクリスは何歳ぐらいに設定していますか?
『ミス・サイゴン』写真提供:東宝演劇部

『ミス・サイゴン』写真提供:東宝演劇部

「24歳くらいにしています。結構若いですよね……。え、意外と歳が行っていますか?僕にとっては若いつもりでしたけれど、人によって感覚に差があるかもしれないですね。この前、自分も稽古中に思ったのですけど、24歳って、日本人の男性の感覚からすると、中学生、高校生のころに一度反抗期があった後にしばらく落ち着いていたのが、もう一度反抗期を迎える年齢かなと思うんです。大人になった気になっちゃうというか、ちょっと意気がっちゃう。まだ大人として考えがまとまる前の、若気の至りで、大人になって何でもできるような気になっているけどまだ世間をわかっていないのが24歳くらいで、クリスはこの時期にいるのかな、と」

――恋に落ちてからの展開が性急にも思えるのですが、彼はなぜいきなり“結婚しよう”的な方向に行ってしまったのでしょうか?

「クリスは実は、“結婚した”という意識ではないんです。彼はベトナム戦争から一度帰国しているんですが、故郷では“あいつはベトナムでアジア人にひどいことをしてきた奴だ”と白い目で見られ、ベトナムに帰ってきてもまた無意味な戦争が繰り広げられているのを見て、自分の居場所はないと感じている。そんな折に見つけた一筋の光がキムであって、彼女の中に安らぎを見出すんですね。その子と一瞬にして恋に落ちて、彼女は“私はこの歌しか知らないから”と何かベトナム語で儀式を始めるんですが、それが何の儀式かまではクリスは分かっていない。だから実は“結婚の儀式”だったと知って驚くんです」

――確かに、クリスはキムに「一緒に暮らそう」とは言っても「結婚しよう」とは言っていませんでしたね……。

「実は今回、その歌詞が変わりまして、以前は“live(暮らす)”という単語を使っていたのが、“stay(いる)”になったんです。“一緒に暮らそう”が“一緒にいよう”に変わって、すごく納得できるんですね。今回はこういう細かい部分の言葉選びがあちこち変わってきています」

――なるほど。では次に、クリスはなぜキムと離れ離れになってヘリコプターに乗った後、彼女を迎えに行かなかったのでしょう?

「クリスとしては、あの状況ではキムはもう死んでしまったと思っているんです。物語上、キムとエンジニアは命からがら海賊ボートで土地を離れることが出来ましたが、史実では北ベトナムが攻めてきたとき、取り残されたサイゴンの人たちはほとんど亡くなっているんです。だからクリスも、あそこは北ベトナムに制圧されたからキムが生きている望みはほとんどないと思っているんですよね。それでアメリカに帰国してから、悪夢を見るシーンがある。その夢に登場するキムは銃で撃たれて、やはり死んでいるんです。

そういう思い込みもあるし、彼は帰国後PTSDになっていて、今でこそPTSDは病気として認められて、抗鬱剤を処方されたりしますけれど、当時はまだ病気として認められていなかったので、ただ罪悪感を感じるしかない。だからもうベトナムでのことは一切心にしまって閉ざしているんですよ。結婚したエレンから“なぜあなたはそんなに悩んでいるの、私に話して”と言われても、彼は一切拒んでいるんです」

――先ほどちらりとうかがったお話によると、クリスはエレンとベトナムに来る前から付き合っていたというご解釈なのですね。

「そうですね、これは僕らが推測している関係ですが、おそらく二人は幼馴染で、戦争に行く前にはもしかしたら普通に彼氏彼女としてつきあっていたかもしれません。例えば中流階級の、保守的な、大都市ではないような町でつきあって、クリスが戦争に行くと言うとエレンは“ヒーローになって”と、アメリカ人独特の感覚で送り出したかもしれない。だからこそ帰国したクリスをあそこまでケアしているのではないでしょうか。帰国して初めて会った女性が、あそこまで半狂乱のクリスのことを思って行動できるかというと、おそらくそうじゃないと思うんですよね」

――もう一つ気になっていた部分がありまして、クリスが、実はキムは自分との間の子を産んでいて二人でバンコクに住んでいると聞かされたとき、“二人はバンコクに住まわせて支援する”と言うのが、ちょっと冷淡な台詞にも聞こえます。

「そうかもしれないですね。でも、クリスにとってこの時点でエレンは妻であって、この人無しでは生きていけないというくらい、絶対的な存在なんですよね。それに対してサイゴンでクリスがキムと過ごした時間は2週間。当時はすごく大切に思って愛した人だけど、エレンとのアメリカでの暮らしは壊せないというのが、クリスの気持ちだったのではないかな。それに、キムたちにとって、アメリカで生活させるのがこの世で一番の幸せではないと、彼は感じたのではないかと思います。

もう一つ、ふと思うんですが、クリスがもしサイゴン陥落の時にキムをアメリカに連れて帰ったとて、二人がずっとうまく行っていた保証はないかもしれません。それはわからないですね」

――そこまで考えて組み立てていらっしゃるんですね……。

「あくまで個人的な想像ですが、そういうことも考えられるのかなと思いながらやっています」

今回の“新演出”、最大のポイント


――今までのお話のなかで、今回の新演出版のために変わった部分は?

「さっきの“live”みたいな細かいニュアンス、このほうが筋が通るねという言葉の使い方は変わりましたが、シチュエーションはほぼほぼ変わらずですね。ただこの人がこのシーンで何を考えてるかを掘り下げたために、変わってきた部分はすごくあります。例えば自分の中でのキムとエレンの存在は今お話したように変わりました。以前はあくまでキム重視でしたが、やはりエレンって絶対的な存在なのだなということになったんですね。

でも、これってキム役の3人の女性にはとても言えることではないですよね。だから今は“対キム”“対エレン”という二つの関係性を作っている感じです。クリス役って複雑なんです(笑)。でも、これこそが『ミス・サイゴン』の特色であって、この作品っていろんな関係性が複雑に絡むことで、最後の悲劇的なエンディングに繋がっている。例えば決して“クリスが愚かだから”とか“ジョンがそもそもキムを紹介したから”と一つの理由で起こった悲劇ではないんですよね。今回3度目のクリスをやらせていただいて、ここまで掘り下げることが出来たかなと思えます。カンパニーの中にはこの間ずっとご一緒の方も何人もいらっしゃるので、お互い、より(ドラマの)伏線を広げられたかなと感じています」

――今回の新演出で変わった最大のポイントは何でしょうか?

「これ1つですべて変わるとも言えることですが、キャラクターの方向性の強さ、言い方を変えれば熱の強さ、生きることに対しての願望の強さでしょうか。それが変わることによって、人に対する愛も絶対変わってくるじゃないですか。作品もキャラクターのメッセージも、より方向性がはっきりした、太いベクトルになったと自分はとらえています。それによって全部が変わってきました」

――とかく大がかりなセットが話題を集めがちな作品ですが、今回はまず人間ドラマにご注目!ですね。

「オリジナル演出版は、無情に時間が過ぎていき、それに人々が翻弄される……的なイメージが自分にはありました。でも今回は『私はこう生きたい、だから時間がこう流れていく』という逆のイメージです。もちろん皆がベトナム戦争に翻弄されるわけですが、キムは子供によりよい生活を与えたい、エンジニアはアメリカに行きたい、クリスはこの場所にいたくないというような強い思いがあって、それが時間に飲み込まれてゆくのではなくて、よりそれぞれの方向性を追っている……ということが、明確になってきたと思えます」

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