前回の記事までは「切手収集入門」として切手収集をする上で、ぜひとも知っておきたいことを紹介してきました。今回からは、実際にもっと切手に触れてみたい・知ってみたいという方のために、切手をもっと知るためのスポット&イベントについてお伝えしていきます。

スポット&イベント紹介の第1弾は、東京駅・丸の内にある東京中央郵便局と商業施設「KITTE」です。次の4つのトピックに分けてそれぞれ紹介したいと思いますので、気になる部分から読み進めていただければと思います。
・東京中央郵便局が日本橋から丸の内に移るまで
・昭和以降の東京中央郵便局の歩み
・現在の東京中央郵便局の活用術
・今のKITTEの旬やポイント八重洲側の郵便スポット

KITTE

KITTEの1階部分。開放的な空間がとても印象に残る。

日本橋にあった東京中央郵便局

それにしても「東京中央郵便局」というネーミングは、どこか偉そうな響きがしますね。名は体を表すと言いますが、実際にかなり由緒正しい郵便局で、明治4年3月1日(1871年4月20日)の郵便創業時にできた、日本で最も古い郵便局の1つです。当初は四日市郵便役所という名称で、現在の日本橋郵便局のあたりにありました。
国際文通週間

創業期の東京中央郵便局を描いた1970年発行の国際文通週間切手(参考価格150円)。

初めて「東京中央郵便局」という名称になったのは、明治36(1903)年4月1日のこと。同じ年の12月5日に東京中央電信局と合流し、一度「東京郵便局」と改称しますが、その後明治43年4月1日に再び東京中央郵便局となって今日に至ります。
丸一型日付印

明治36年のみの短期間の使用に終わった「東京中央」の丸一型日付印。(参考価格500円)

三菱の地・丸の内へ移転

現在の丸の内の敷地に移転したのは、大正6(1917)年4月1日。赤レンガの東京駅が開業して3年後のことでした。丸の内はかつて親藩・譜代の大名屋敷があったところですが、三菱財閥を築いた岩崎弥之助に明治23(1890)年に払い下げられた時には草原が広がっていて、当時は「三菱が原」などと呼ばれていたそうです。

大正時代、丸の内に東京中央郵便局ができた頃には、すでに三菱が開発したレンガ造りのオフィス街が広がっていましたが、それでも当時の東京のビジネスと商業の中心は、なおも日本橋だったようです。次に示す大正期の東京中央郵便局の機械による消印も、見つけるには少し苦労させられ、郵便物の量がまだ少なかったということを如実に物語っています。
東京中央郵便局の機械印

大正時代の東京中央郵便局の機械印。(左)大正8年の林式機械印・(左)大正9年のユニバーサルD型機械印。(参考価格1000円~2000円)

丸の内に最初にできた局舎は、大正11(1922)年1月に火災で焼失してしまいました。次のページでは、昭和に入ってできた東京中央郵便局の局舎の歩みについて紹介したいと思います。