ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

Star Talk Vol.12 一路真輝、“演技”という探求(3ページ目)

宝塚の男役時代からきめ細やかな演技と確かな歌唱力で観客を魅了し、退団後は女優として、さらに幅広い役柄で活躍中の一路真輝さん。この夏には異色のミュージカル『ブラック メリーポピンズ』に、物語のキーパーソン役で出演します。舞台上ではスターオーラを放つ存在ながら、そのトークは実に気さく。一路さんの、自然体の“人間愛”がうかがえるお話をお届けします!*観劇レポート&作者インタビューを追記しました!*

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

『ブラック メリーポピンズ』観劇レポート
日本版ならではの風合いを持つ
「失われた記憶、過去」との対峙の物語
『ブラックundefinedメリーポピンズ』撮影:難波亮

『ブラック メリーポピンズ』撮影:難波亮

三方を白い壁(に見立てたカーテン)に囲まれた巨大な部屋の中で起こる、4人きょうだいたちの、「封印された過去」への旅。忌まわしい事件で記憶を失い、離れ離れになっていた彼らは12年ぶりに再会し、当時を検証し始めます。本当は事件を起こしたのは自分だったのではないか。時折ちらつく記憶の断片に恐怖を抱きつつも、「ずっとこのままでいるわけにはいかない」と互いに支え合い、真相に対峙しようとする彼ら。回想シーンが多く、「現在」と「過去」が頻繁に入れ替わる構成ですが、年代の変化を印象づける所作(振付・小野寺修二さん)の力も借りながら、きょうだい役の4人(小西遼生さん、上山竜司さん、音月桂さん、良知真次さん)はそれぞれのキャラクターを的確に浮き彫りにしつつ、呼吸を合わせ、流れるように時空を往来。この抜群のチームワークの良さが、きょうだいが最後に行き当たる真実の悲劇性を増幅させます。
『ブラックundefinedメリーポピンズ』撮影:難波亮

『ブラック メリーポピンズ』撮影:難波亮

もともとの韓国版ではこの4人が記憶(過去)と向き合い、実世界(未来)に踏み出す勇気を得るまでが骨子であったようですが、日本版ではそれにさらに、彼らと“メリー”という人物との関わり、そして彼女自身の悲劇性という要素が強く刻み込まれます。子供たちに無償の愛を注ぎつつも、心ならずも彼らを傷つけてしまうという複雑な役どころのメリー。今回の日本版では彼女を、最後に4人が「心のよりどころ」として帰着する存在として位置づけ、演じる一路真輝さんの、悲しみと深い愛を幾重もの襞に織り込んだメリー像によって、独自の味わいを醸し出しています。
『ブラックundefinedメリーポピンズ』撮影:難波亮

『ブラック メリーポピンズ』撮影:難波亮

人間の内面を鮮やかに引き出す鈴木裕美さんの演出、一枚の布(カーテン)の使い方で場の空気をドラマティックに変える二村周作さんの美術、ピアノ、ギター、パーカッションのわずか3人編成で豊かな音を紡ぎ出す生バンド……。スタッフ、キャストが明確な方向性のもと一丸となることで発揮された、カンパニーの“総合力”が顕著な舞台であると言えましょう。

『ブラック メリーポピンズ』脚本・作詞・音楽
ソ・ユンミさんインタビュー

(この取材は日本版の開幕前に行われましたが、いわゆる「ネタバレ」も含まれているため、初日を待っての公開とさせていただきました。これからご覧になる方は、舞台をご覧になった後でお読みくださるのが良いかもしれません。また、ソ・ユンミさんには『恋の駆け引きの誕生』来日公演の折にもインタビューしていますので、宜しければそちらもご参照ください。)

――『ブラック メリーポピンズ』はとても独創的な作品ですが、どこからアイディアが生まれたのでしょうか。

「私は、世の中のどんな結果も、たった一つの原因から生まれることはないと思っています。様々な可能性の要素が絡み合い、ある結果を創り出すのではないでしょうか。それと同様、本作のアイディアは一か所からではなく、以下に挙げている様々な考え、人生の経験が絡み合って生まれてきました。

1 愛する母が突然亡くなり、“いなくなる”ことについて考えるようになったこと。
2 小さなころ、母が自分で結末を想像することを促しながら読んでくれた絵本と、オルゴールの遺品。
3 思いがけない不幸にみまわれ、記憶を消したいと思ったけれど、幸せな記憶が一つでもあるのなら消せないと思った経験。
4 催眠治療を試してみたが、医者を信頼できず、催眠状態に陥るまでに至らなかった経験。
5 ドキュメンタリー作家をしていた頃、犯罪者をインタビューし、誤った考えと異常な信念のために“罪”さえ“罪”であると認識できていない姿を見た経験。
6 入試の論述を教えながら西洋史授業をする中で感じた、時空間を乗り越える歴史の普遍性と、それが個人の人生に及ぼす影響。
7 普段から、失敗した実験にも価値があるという話を書いてみたかった。
8 私のいろいろな作品世界の主人公たちの自由意思。

その他……こんな全ての要素が入り交り、一つのストーリーが生まれました」
『ブラックundefinedメリーポピンズ』撮影:難波亮

『ブラック メリーポピンズ』撮影:難波亮

――本作には素敵な旋律の曲がたくさんありますが、ソ・ユンミさんは作曲はどのように学ばれたのですか?影響を受けた作曲家はいらっしゃいますか?

「5歳の時からピアノを弾いてきましたが、演奏の才能はないと思い、音楽は専門にしていませんでした。スコアを見て暗譜するのがうまくできず、自由気ままに作曲して弾きながら、レッスン時間を過ごしていました。

小さい頃に学んだクラシックの影響を受けていると思います。クラシックの作曲家ではとりわけラフマニノフが好きです。高校生のころには夜明けに『ペ・ユジョン(Bae Yoojung 韓国の有名なMC兼通訳)の映画音楽』というラジオ番組を聞きながら眠りましたが、その時に聴いた映画音楽、なかでもエンニオ・モリコーネ、久石譲、ダニー・エルフマンなどの音楽のメロディを覚え、翌日ピアノで弾いてみたりしていました」

――作品の鍵となる人物がメリーかと思いますが、韓国版では若い女優さんが演じていらっしゃるようですね。今回日本で上演されるにあたり、この役をどんな人物として演じて欲しいと思っていらっしゃいますか?

「メリーは今現在にはいない“記憶の存在”ですから、30代の中盤、後半の若い女優さんをキャスティングしてきましたが、あえて若い女優をキャスティングする必要はありません。

記憶は編集され、歪曲されるものなので、ある記憶は鮮明に、ある記憶は薄暗く残ったりします。鮮明だった時間の中の美しい姿を思いながら(メリー役の)キャスティングをしました。
『ブラックundefinedメリーポピンズ』撮影:難波亮

『ブラック メリーポピンズ』撮影:難波亮

子供たちの記憶の中に存在するメリーは、子供たちには一つの“世界”です。記憶の中のメリーはおおよそ“善”ですが、実は善か悪かは曖昧で、それは子供たち、そしてご覧になるお客様それぞれの人生の洞察力で見て判断すべき“世界”の象徴です。それは子供たちがメリーの世界を出ていって出会う別の世界の不確実性、不透明性と両面性とも接しています。幸福と不幸は決して別々に存在しているのではなく、共存しているのだと言うこの作品の、最後の台詞のように……。そして“疑問”を抱ける作品であることが最も重要だと思っています」


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