韓国伝統演劇スタイルで描く、ポップなおとぎ話

『恋の駆け引きの誕生』ソンファ姫(ユン・チョウォン)と召使のスニ(キム・ヘジョン)(C)アミューズ

『恋の駆け引きの誕生』ソンファ姫(ユン・チョウォン)と召使のスニ(キム・ヘジョン)(C)アミューズ

「マダン(庭)劇」という言葉をご存知でしょうか。パンソリ(韓国の語り歌謡)や仮面劇など、韓国の伝統芸能の形式を取り込み、社会風刺を繰り広げる野外劇で、1960年代末から80年代にかけて盛んだったそうです。今回の『恋の駆け引きの誕生』は、このマダン劇のスタイルを借りたラブコメ・ミュージカル。舞台下手に座った鼓手がナレーターをつとめ、その背後で物語が展開します。

韓国・三国時代の説話「ソドンヨ」をベースにしたストーリーではありますが、敵国同士の王子様ソドンとソンファ姫はクラブで出会うという設定で、のっけから時代を軽々超越します。ドクドクと響くビートの中で出会った二人は、はじめは遊び半分で様々に言葉を応酬。「恋の駆け引き」を楽しんでいる筈が、いつしか本当の恋に落ちてしまいます。

しかしソンファ姫には婚約者が。姫に会いたい一心の王子は、窮余の策を思いつきますが、これがさらに事態を混迷させてしまう……。

登場する音楽はポップなオリジナルナンバーから映画『炎のランナー』のテーマ曲まで多岐にわたり、台詞もスピーディーな若者言葉。弾け放題の舞台ですが、鼓手がドンッと太鼓をたたき、時代がかった口跡でナレーションを差し挟む度、芝居はきれいに“語り”の枠組みにおさまり、昔話を聞いている安堵感が広がるという作りが、まず見事です。
左からソドン王子(チョン・ソンウ)、女官(チェ・ジョンファ)、王(オ・デファン)、ソドンの従者ナミ(ユク・ヒョンウク)。ユク・ヒョンウクさんはThe Convoy Showにも出演経験がある親日家。チェ・ジョンファさんは鼓手ながら女官になったり宿の女将になったりと、舞台にも登場し、芸達者ぶりを発揮。(C)アミューズ

左からソドン王子(チョン・ソンウ)、女官(チェ・ジョンファ)、王(オ・デファン)、ソドンの従者ナミ(ユク・ヒョンウク)。ユク・ヒョンウクさんはThe Convoy Showにも出演経験がある親日家。チェ・ジョンファさんは鼓手ながら女官になったり宿の女将になったりと、舞台にも登場し、芸達者ぶりを発揮。(C)アミューズ

また出演者6名のアンサンブルも良く、主役の二人がおふざけ要素をこなしつつしっかりと恋心を描き出す一方で、残りの役者たちは余裕しゃくしゃくで複数の役を演じ分けています。特に鼓手のチェ・ジョンファさん、語り部をつとめながら宿屋の女将や女官役でちょこちょこ舞台にも参加し、二つの世界を自在に往来しています。

他の役者たちもしばしば舞台から降り、客席を往来。客いじり(交流?!)もあります。舞台と客席を自由に行き来するのは、マダン劇の特徴で、それによって観客はよりリラックスし、劇世界に容易に共感(あるいは同化)することができるのですが、そういえば、客席との交流は韓国創作ミュージカルの“お約束”。その原点はマダン劇だったのだ、とこの作品を観た方は改めて感じるのではないでしょうか。
左からソドン王子(チョン・ソンウ)、ソンファ姫(ユン・チョウォン)。チョン・ソンウさんは『スリル・ミー』等に出演の人気俳優。ユン・チョウォンさんは日本でアイドルを目指していたこともあるそう。(C)アミューズ

左からソドン王子(チョン・ソンウ)、ソンファ姫(ユン・チョウォン)。チョン・ソンウさんは『スリル・ミー』等に出演の人気俳優。ユン・チョウォンさんは日本でアイドルを目指していたこともあるそう。(C)アミューズ

さて、物語は誰もが望むような形に収束していきます。紙ふぶきの舞い散るラストは、素朴ながら幸福感いっぱいの演出。「恋って、いいよね」。きっとそんな気分で、劇場を後にできることでしょう。

『恋の駆け引きの誕生』脚本、作曲、演出家ソ・ユンミさんインタビュー


――今回、日本公演のためにいろいろと手を入れられたそうですが、具体的にはどのように膨らませたのでしょうか?

「『恋の駆け引きの誕生』は、時代劇ではありますが、韓国公演では冒頭の出会いのシーンに時事ネタをたくさん絡ませ、“昔”と同時に“今”を感じられる舞台にしていました。しかしそれを日本でやってもピンと来ないと思われましたので、時事ネタはばっさりカット。代わりにダンスを入れました。また、日本ではクラブ文化が昔ほど盛んではないようなので、音楽をクラブ風というよりアイドルポップス風にアレンジしています。

ヘミョン(オ・デファン)の怒りの歌。オ・デファンさんはミュージカル『宮』で来日経験があるそうです。(C)アミューズ

ヘミョン(オ・デファン)の怒りの歌。オ・デファンさんはミュージカル『宮』で来日経験があるそうです。(C)アミューズ

中盤には王子と姫が釣りをするシーンがありますが、ここはもともと“オールドミス”に因むジョークを言うなど、コミカルなシーンでした。日本版ではここで王子にソロを歌わせ、彼の内面を女性のお客様によりお分かりいただけるようにしました。その後、登場するヘミョン(王子の恋敵)の怒りの歌は、もともと言葉遊びを効かせた台詞だったのを歌にしたものです。もう一つ、最後の王子の歌も、もともとは長い台詞を朗々と喋っていたのを歌に変えたものです」

――今回はマダン劇のスタイルを取り入れた舞台ということですが、“マダン劇”のエッセンスとはどんなものでしょうか?

「マダン劇の特色は二つあると思います。一つには、観客と舞台が一体になり、常に交流している点。もう一つは、舞台を客観視する立場として、鼓手が存在する点。加えて、昔はマダン劇と言えば、少人数の観客の前で行われ、観客もしばしば舞台に参加していたのですが、現在のような“劇場”の規模ではなかなか難しいので、鼓手がお客様を代弁している、ということもあるかと思います」

――今、韓国ドラマ界ではいわゆる“フュージョン時代劇”(現代的な要素を取り入れた時代劇)が流行っていますが、本作を拝見すると、その傾向がミュージカル界にも入ってきているのかな、と思われます。日本では時代劇をミュージカルにという発想は起こりにくいのですが、ソ・ユンミさんはどんな感覚で時代劇をミュージカル化しているのでしょうか?

ソ・ユンミさん。台本・作曲・演出を手掛けた他の作品に『ブラック・メリーポピンズ』ほか

ソ・ユンミさん。台本・作曲・演出を手掛けた他の作品に『ブラック・メリーポピンズ』ほか

「日本では時代劇は難しいものと言う感覚があるのかもしれませんが、韓国では時代劇に対してあまり距離感がありません。逆に、もともとミュージカルと言う空間はファンタジーであって、違う世界を創り出しやすいので、時代劇は向いていると思います。映画やドラマ界でフュージョン時代劇が多いのは、既にありとあらゆる題材でドラマが創られていて、ネタ切れだということもあるのではないでしょうか。

ただ、私はそういった理由でこの題材を選んだわけではありません。“真実の心はいつか伝わる”ということを描くにあたって、今のリアルな世界より時代劇のほうがうまく伝わるのでは……と思い、時代劇の形にしてみたんです」

――ご自身はどんな経緯でミュージカルの世界に入ったのでしょうか?

「20代の頃は父の事業失敗などもあり、一生懸命働いてお金をためていました。30歳になって作家になりたいと思い、ドキュメンタリーを作ったり、オリンピックのプレゼンテーションの台本を作るなど、国がらみのプロジェクトに参加。そんな中で、大衆と関わる仕事をしたくなり、ミュージカルを作るようになりました」

――今後どんな作品を作っていきたいですか?

「ミュージカルという形態にはこだわっていません。自分の描きたいテーマを、どう表現するか。今回なら“真心はいつか伝わる”というテーマを表現する上で、最適と思われたメディアがミュージカルでした。“死”や社会問題など、今も興味のあるテーマはいろいろあります。従来とは違った視点で描き出すにあたって、ミュージカルを含め、どのメディアがベストか。今後じっくり練っていければ、と思っています」

*公演情報*『恋の駆け引きの誕生』上演中~2013年9月23日=アミューズ・ミュージカルシアター http://www.amuse-musical-theatre.jp/koino/




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