宝塚、舞台、そして実生活で得た一つ一つを演技にこめて

――一路さんというと、私にとっては何より、スケールの大きな芸風が思い出されます。役を演じるのみならず、その作品世界までも表現されているというイメージが強いのですが、ご本人の中ではどう意識していらっしゃいますか?
『アンナ・カレーニナ』2013年上演舞台より。撮影:齋藤清貴

『アンナ・カレーニナ』2013年上演舞台より。撮影:齋藤清貴

「スケールの大きさ、ですか(笑)。やはり宝塚というところから出発しているので、大きなミュージカルで主役をやる場合には、宝塚で培った舞台人としての在り方は大事にしたいなという思いはあります。映像やストレートプレイのお仕事をメインにやってこられた方よりは、大きな芝居になっているかもしれないですね。

ただ、それがすごく活かされる時と、そうでない場合もあって、女優を始めてもう18年になりますが、葛藤しながら生きてきました(笑)。大きく表現することが邪魔になって、映像の仕事で“もう少し普通の女の人になってください”と演出家さんに言われたこともありましたし……。このごろやっと、少しずつではありますがその使い分けができるようになってきたかなと感じています。でもやはり、男役として大きな舞台の真ん中に立ってぱっと場内を包むといったことを、何年もやらせていただけたので、それは本当に有難かったと思います」

――中でも、一路さんの宝塚退団公演でもあった『エリザベート』(1996)は鮮烈でした。“死(トート)”が歴史上の皇妃に恋をして……という、荒唐無稽にも聞こえうる物語が自然な説得力をもって受け止められたのは、やはり一路さんのトートの表現に負うところが大きかったと思います。

「あの公演は特別でした。さっき『ブラック メリーポピンズ』について“お客様と出演者の気が集中した時に終えることが出来たらいい”とお話したのは、私自身、『エリザベート』の時にそれを経験したからなんです。あの作品は退団公演でもあったので、私も男役の集大成として持てる力を全部出そうと思ったし、雪組のみんなも私が最後だというのでいつも以上に団結していました。みんなの気持ちが一つの方向に向かって集中した時って、持っている力の何倍ものものが出るんですよ。

これは余談なんですが、公演中に当時オリックスに在籍されていたイチロー選手が観にいらして、“プロ野球も同じだ”っておっしゃったんですよ。みんなが同じものに向かって頑張るときって、チームがすごく良くなると。阪神大震災でみんなの心が一つになったときチームの力がすごく上がって、優勝できたというお話でとても興味深く聴かせていただきました。『エリザベート』もそれと同じで、“一路さんの退団公演です”、“ウィーンのミュージカルを宝塚が初めてやります”っていろんなプレッシャーがある中で、みんなが”絶対いい作品にしたい”と思ったことで、いつも以上の力が出たんです。その舞台に出させてもらえて私はすごく幸せでしたし、そういうことが出来るということもそこで経験できました。もちろん技術も大切ですが、気持ち次第で変わるものはある、という想いが何となく自分の根底にはあるんですよね」

――座長としてカンパニーを率いることも多いかと思いますが、集団をまとめあげるにあたって大切にされていることは?

「おかげさまでいろいろな立場で演らせていただけているのですが、スタンスは変わらないですね。まずは自分の役割を一生懸命果たすことです。これはみなさん同じだと思いますから、そうなると自然と向く方向も同じになるわけで……。あとは心地よい空間になればいいな~と思います。ことさら、そのために敢えて何かするというわけではないです」

――一路さんはそもそも役者になろうと宝塚に入られたのですか?それとも宝塚に憧れて?

「宝塚に憧れて、ですね。私は宝塚を辞めた後のことなんて考えていなくて、頭の中にあったのは宝塚のことだけでした。憧れた理由は、やっぱり男役の世界ですね。男役さんの、異次元というか、この世の中からちょっと突出している、あの世界観にひかれましたね。夢中になったのは中学に入ってからです。中学生になってアイドル歌手に憧れてみたりする時代でしたが、宝塚の生の舞台を観た時に、それまでの全部が吹っ飛んで、私はここに入りたい!と思ったんです」

――音楽学校に入って、想像していたものとギャップを感じたりはしませんでしたか?

「無かったですね。本当に宝塚が大好きでしたから、どんなつらいことでも平気でしたし、自分の憧れてた世界が目の前にある!と思ってやっていました。音楽学校の一年目は本当に大変で(笑)。朝は早起きしてお掃除から始まります。そしてレッスン、レッスンで、時には夜も寝ずに反省文を書いたりと、怒涛のような一年を過ごすのですが、何をやっても“これをやったら私の好きな舞台に立てるんだ”、と信じていました。例えつらいことがあっても“これは大好きな舞台のためにやってるんだ”と思っていましたから、“私の想像とは違う”ということは全然ありませんでした。

宝塚で得た、一番大きなものですか? そうですね……。“やればできる”! 絶対無理だと思ったことでも、人間はあきらめなければ出来る、ということでしょうか。大きい役をいただくと、やるしかないじゃないですか。あきらめないことですよね」

――先日、創立100周年を記念したOGの方々の舞台『セレブレーション100』を拝見しましたら、大ベテランの真帆しぶきさんが素晴らしいパフォーマンスをされていました。退団後もストイックに鍛錬を続けていらっしゃる方が多いのでしょうか。

「私も客席で真帆さんを拝見しました。あのような場所で大先輩の素敵な姿を観ることはすごい励みになります。20年後、30年後に自分も同じことができるかなと思ったときに、真帆さんのようになさっている方がいるのだから、自分もやれる限りは頑張りたいなと思いました。

ご存知のように、宝塚のOGには女優をする人もいらっしゃれば、全く引退して家庭に入る人も、また、全く違う道に進む方もいらっしゃいます。その中で、舞台などのお仕事を続けていらっしゃる方は自分を鍛えていらっしゃると思うんですよね。どの道を選ぶかというのはひとそれぞれで、私は女性としての幸せも欲しいなと欲張っちゃったタイプで、それ(結婚、出産)がもしかしたら足をひっぱった部分もあるかもしれないし、女優としては何かの肥やしになったかもしれません。

でも私にとっては、それは絶対に必要な時期だったのではないでしょうか。出産育児を通して少し視野が広がったような気がしています。2年間ほどはほとんどレッスンもできませんでしたが、3年目くらいに“コンサートをやりませんか”というお話をいただいて、“2年やってないとキツイな~”と思いながらも、初心にかえって楽しくトレーニングできました」

――妊娠から出産後の育児までの間に、ひょっとして「このまま社会と断絶されて大丈夫かな」と不安がよぎることはありませんでしたか?私も出産経験がありますが、この時期は非常にそういう思いがありました。

「ありました(笑)。でもね、私の場合は変な話、もともと実社会からちょっと離れたところにいたので、子供を産んだことですごく社会が身近になったんですね。宝塚時代から退団してこの世界に入りお休みするまでは、本当に自分の時間もないし、いろんな人に甘えて、スケジュールは事務所に調整していただき、自分のことだけを考えていればよい状態で10年以上生きてきたのが、突然一般社会に放り出されたような感じでした。私にとってはある意味カルチャーショックで、人生勉強になりました」

――一路さんにとって、演じるということの醍醐味は?
『エリザベート』写真提供:東宝演劇部

『エリザベート』写真提供:東宝演劇部

「人生や人間を、いろいろな角度から見ることかな。役を演じる度にその人の生きてきた世界を見たいなと思ったりするので、自分の生活だけではできない人の生き方を体験できることは、すごく楽しいですね。特に舞台で時代物をやると、その時代背景をとても知りたくなります。『エリザベート』を(東宝で)6年やっていたときには、ハプスブルク博士になれるかな?というくらい資料を読んだり、現地に行って肌で感じたりするのが凄く楽しかったです」

――今後のキャリアについては、どうお考えですか?

「これからは、制作さんサイドだったり演出家さんから望まれる、必要とされる役柄に自分をはめていく一方で、新たな挑戦も自分で探してきて、両方をバランスよくやっていけたらいいかなと思ってますね。今年はストレートプレイも小劇場での作品もあってバラエティに富んだお仕事ばかりなので、すごく楽しみです」

――演劇と言えば、個人的には義士の姉を演じられた『女たちの忠臣蔵』が非常に印象に残っています。品格のある盲目のお武家娘が、弟の切腹を知って思いを爆発させる。明治座という大きな劇場で彼女の悲しみが嵐のように渦巻くのが感じられました。
『女たちの忠臣蔵』撮影:江川誠志、写真提供:明治座

『女たちの忠臣蔵』撮影:江川誠志、写真提供:明治座

「あの作品も新鮮でした。お話をいただいたときは、実は大丈夫かな?と不安だったんですよ。日本ものというと宝塚で侍か男の町人しかやったことがなかったので(笑)、武家娘ってどうやって演じたらいいかな、と。でも、私にはできないって尻込みしていたらいつまでたっても次に行けないし、挑戦することで出来ることも増えてゆくのだから、と出演させていただきました。これからも、ミュージカルだけにこだわらず、いただくお話は本当に有難くやらせていただきたいなと思っています」

――これからも、いろいろな舞台で一路さんを拝見するのを楽しみにしています。

「(微笑んで)ぜひ、いらしてくださいね」

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舞台上での、スター・オーラに満ち満ちた姿とは対照的に、目の前の一路さんはつい子育て話なども始めたくなるような、気さくな女性。様々な質問を受け止めるご様子、返す言葉の選び方には自然な優しさが滲み、宝塚時代から“慕われるトップ”であり続けたことがうかがえました。そんな彼女が自身「こういう作品は初めて」とわくわくされている最新作『ブラック メリーポピンズ』。ご覧になってすべての謎が解けた時、「なるほど、このお役は一路さんなればこそ」と、みなさんも今回の配役に合点がゆくのではないでしょうか。

*公演情報*『ブラック メリーポピンズ』2014年7月5~20日=世田谷パブリックシアター

*次ページで観劇レポート&作者ソ・ユンミさんへのインタビューを掲載しています*