一路真輝 愛知県出身。82年に宝塚歌劇団に入団、93年に雪組トップスター就任。96年『エリザベート』にて退団。その後は女優として『王様と私』『南太平洋』『アンナ・カレーニナ』など数々のミュージカルに出演し、『エリザベート』にはタイトルロールで出演。コンサートやテレビドラマなど幅広いジャンルで活躍している。 (C) Marino Matsushima
台本、作詞作曲、演出を一人でこなした『恋の駆け引きの誕生』が昨年アミューズ・ミュージカル・シアターに来日し、日本初お目見えとなった韓国のミュージカル作家、ソ・ユンミさん(関連記事はこちら)。彼女が2012年に手掛け、異色の“心理スリラーミュージカル”として話題を集めた『ブラック メリーポピンズ』がこの度、日本人スタッフ、キャストの手で上演されることになりました。テンポよく人間群像を描く演出に定評のある鈴木裕美さんに加え、物語のキーパーソン、メリー役で一路真輝さんが参加すると聞き、ぐっと興味の増した方も多いのではないでしょうか。これまでにも様々な役を魅力的に演じてきた一路さん、本作にはどんな思いで取り組んでいらっしゃるのでしょうか。
出演者と観客が一体となって“気”を生み出す、奇跡のような舞台を目指して
――今回、『ブラック メリーポピンズ』への出演をお決めになったきっかけは?『シャーロック ホームズ~アンダーソン家の秘密~』撮影:須佐一心
――台本には、まずどんな印象をお持ちになりましたか?
「この作品はソ・ユンミさんという女性が、韓国本国では脚本と作詞・作曲、それにステージングまで全部一人で手掛けています。日本には、まだこういう作品はないですよね。台詞一つをとっても、一人の人間の世界観で作られた作品ならではのものがうかがえて、これまでに観たことも経験したこともない新鮮さを感じました」
――20年代のドイツを舞台に、きょうだいのように育てられた4人の孤児たちが「失われた記憶」に向き合う。ミュージカルでは珍しい、心理スリラーというジャンルですね。
「お客様が“そうだったのか、なるほど”と思いながらご覧になっていると、実はこうだった。こっちに行くかなと思うとこっちだったというような“揺さぶり”が、2時間ほどの中にぎゅっと凝縮されています。始まったらあっという間に終わってしまうような、スリル感のある作品ではないかと思います」
――内容柄、つまびらかには出来ない部分もありますが、トラウマに正面から向き合うという部分は韓国的なのかな、と私は感じました。日本的な感覚では曖昧にしたり、蓋をして過ごしてしまいそうです。
「自分の身に置き換えて考えてみると、人間って不思議なことに、思い出したくないこと、忘れてしまいたいような出来事を自然と忘れたりしているんですよね。でも、全く自分の過去を知らないで生きていくことには納得できないんだろうな、と今回、この台本を読んで思いました。記憶を消してしまうのが一概にいいとは言えなくて、それを踏み台にして、消化して生きていくことが人生では大事なんじゃないかな、ということを言っているのかもしれません。でも観る方それぞれの立場によって、全然印象が違ってくる作品かもしれないですよね」
『ブラック メリーポピンズ』
「お客様にとっては“疑惑の人物”に見えたりそうではなく見えたり、というのを繰り返していく役柄ですが、少しだけお話しますと、実は彼女自身につらい過去があり、それを受け入れながら生きてきた。だからこそ似た立場にいる子供たちのために何かできないか、何かしてあげたいという思いをもってしまったのかな……、と。最終的にどうなのかはご覧になってのお楽しみ、です」
――余白が多く、台本を読んだだけではどんな舞台になるか容易に想像できません。
「そうですね、がちがちに固まってはいない作品ですね。特徴の一つとしては、この作品、時間軸が急に変わるんです。例えば物語は28歳くらいの長男の台詞から始まるのですが、ある瞬間に子供時代になり、また元に戻ったりと、セットも衣裳も変わらないなかで、きょうだいたちは子供になったり、今の年齢に戻ったりするんです。初めてご覧になるお客様にも無理なく理解していただけるように、私たち演者もすべてのスタッフの方も、心を一つにしてやっていくというのが、今回の目標の一つです。
私の役はちょっとしたメークで少しわかりやすく変化を見せられるかもしれないですけれど、きょうだいたちはおそらくずっと同じ(こしらえ)だと思うのでお芝居で“今”なのか“昔”なのかを見せていきます。みんなしっかりしていますので安心していますし、照明やセットの位置を変えることで分りやすくしたりもするようです。まだお稽古が始まったばかりなので、これからどうなるのか、私自身とても興味を持っています」
――音楽的にはどんな印象をお持ちですか?
『ブラック メリーポピンズ』2013年の韓国再演公演より
――今回は5人芝居。少人数の舞台は久しぶりでしょうか?
「これほどの少人数編成は近年、無かったですね。5人しかいないと、本当に役者の信頼関係が大事なので、みんなで一致団結しています。4人のきょうだい役のみんなはいつも一緒にディスカッションしてて、私は今はまだちょっと離れたところから『みんな頑張ってるな~』と見守っている感じですけれど、最終的には一つにまとまっていくんじゃないかな。
お姉さん的存在ですか?いえいえ、お母さんかもしれませんよ(笑)。自分の子供であってもおかしくない年代の子もいるけれど、逆にすごくパワーをもらっています。私がまったく考えつかないような角度からぼーんと来たりするので、そういうのってすごく楽しいですよね。『シャーロック~』の時は若いチームと熟年チーム(笑)にはっきり分かれていて、あの時はあの時で楽しかったですね。今回は年長が私一人しかいないので若干心配なんですけど、若者に混ぜていただこうかな~と思っています(笑)」
――どんな舞台になりそうでしょうか。
「緊張感をうまく持続して、舞台と客席が一体となって同じ呼吸ができたら、すごくいい舞台、いい作品になるような気がします。休憩も無くノンストップなお芝居なので、お客様と出演者の“気”がうわっと上り詰めたところで終えることができたらいいですね。スリリングなサスペンスですが、決して救いがないわけではありません。それと、この作品は韓国では何回もリピートしているファンの方もいらっしゃる人気作で日本のミュージカルファンもたくさん観に行かれているそうですが、今作は演出の鈴木裕美さんと上演台本の田村孝裕さんが、韓国版とはまた違う日本版を作って下さっているので、そこも楽しみにしていていただけたらと思います」
*次頁ではこれまでの道のりやその過程で得たもの、そして今後について語っていただきました!