フリージャズの闘士、咆哮するテナーサックス!
アーチー・シェップ「ファイヤー・ミュージック」より「イパネマの娘」

 

Fire Music

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1960年代になって、アメリカを直撃したボサノヴァ旋風ですが、この世界的なブームに、一向に関心を示さずに我が道を行っていたジャズ集団がいます。アルト奏者のオーネット・コールマンによって提唱された、フリー・ジャズ系の集団です。

この当時、アメリカジャズ界では、ボサノヴァ迎合派と無視派、そして少数のメイン・ストリーマーという系図になっていました。

ほとんどすべての無視派であるフリー・ジャズ系ジャズメンの中にあって、あえてボサノヴァを演奏することで、そのブームに対決を挑んだと言えるアーチストが一人だけいます。

それが、フリージャズの闘士テナーサックス奏者、アーチー・シェップです。そして、演奏した曲がボサノヴァNo.1ヒットの「イパネマの娘」です。

この当時のジャズ界はまさにフリージャズが台頭した時代。その先頭をきって皆を引っ張っていたのが、オーネット・コールマンとジョン・コルトレーンです。しかしなからジョンは言わば、オーソドックスなジャズからの転向組。生粋のフリージャズを代表するテナーと言えば、フリージャズの闘士と言われたこのアーチー・シェップです。

フリージャズは、アメリカジャズ界にあって、この当時大物、新旧を問わずに何らかの影響やもしくはダメージを与えた、ビバップ、モード以来の最大のそして問題のムーヴメントです。

あまりのインパクトに、その旗印オーネット・コールマンに影響され、人生が変わってしまったジャズメンも多くいます。

その影響下に置かれた最大の大物と言えるのが、当時のというよりも、ジャズ史上での屈指のテナーサックス奏者のジョン・コルトレーンです。ジョンが先導したことにより、ジャズ界ではフリージャズはいわば免罪符を得たと言えます。

その大きな傘の下で、ノビノビと新世代のフリーミュージシャンは育ちました。その筆頭ともいえるのがアーチー・シェップです。

アーチーの持ち味は、しばしばベン・ウェブスター直系と言われる厚みのある男性的な音色と、そのパワーを支えるスタミナです。アーチーは、フリー・ジャズの音の洪水の中で、その野太い音で、いつまでもブロウすることができたのでした。

アーチーはこのアルバムで、ボサノヴァの代名詞「イパネマの娘」に挑みました。二年前の63年にスタン・ゲッツジョアンとアストラッド・ジルベルトによりグラミー賞受賞にまで至った周知の大ヒット曲です。

そしてその8分34秒の死闘の結果はというと…

1:20 までのテーマ導入部分は、全員でトキの声をあげ、これから何かが始まると期待感を持たせる良い出だしです。
1:21 からいよいよアーチーが周りをぶっちぎって雄々しく一人で戦いに挑みます。
3:10 までは襲いかかる敵を、ちぎっては投げちぎっては投げの孤軍奮闘。いつものようにタフでスリリングなアーチーです。
4:10 くらいから彼にしては珍しく途中で息切れがしてきました。
5:50 途中やや持ち直すも段々アイディアも弾も尽きてきました。そしてついに憤死寸前にまで追い詰められます。
7:33 アーチーの悲痛なSOSを聞いてようやく仲間が助けに入って、どうにか息を吹き返すという、九死に一生的な目にあってしまいました。

アーチー自身はどう思っていたのかわかりませんが、この演奏を聴くとこんなイメージが浮かんできてしまいます。

スラリとしたキャリオカ(ブラジル美人)に声をかけたら、手ひどいしっぺ返しをくった…そんな、やや意気消沈したアーチーといったところでしょうか。さしものフリー・ジャズの闘士も、当時のジャズ・ボサの勢いには、勝てなかったようです。

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ピアノの抒情詩人キース・ジャレットも、最初はフリージャズ?!
チャールズ・ロイド「フォレスト・フラワー」より「フォレスト・フラワー」

フォレスト・フラワー

フォレスト・フラワー

この「フォレスト・フラワー」は、1966年発売当時の風潮がすべて一つに結晶したかのような作品です。

フラワームーヴメント(ヒッピー中心にベトナムへの反戦の主張として起こったブーム、実際に花を身にまとう)とサイケデリックミュージック(ビートジェネレーション中心に、薬による幻覚作用を芸術に反映しようという音楽)。フリージャズ、そしてボサノヴァ。これらが、この曲に見事に結実し、モントレー・ジャズ・フェスティバルの大舞台で圧倒的な支持を受けるヒットにつながりました。

その立役者は、もちろんリーダーのテナーサックス奏者チャールズ・ロイドであることは間違いありません。そして同時に時代の雰囲気を一緒に作り上げた、若いサイドメンの力も大きいのは周知の事実です。

この後、一緒にマイルス・デイヴィスのバンドに在籍することになるピアニストのキース・ジャレットとドラマーのジャック・ディジョネットです。

この二人が参加したこの演奏は、8ビートのボサのリズムと4ビートのジャズのリズムが交互に来ます。これぞボサを消化した次世代のジャズの響きといったものでした。

その上、ヒッピーやビートといった時代観もしっかり取り入れ、しかも今の耳でも新鮮さを失っていない稀有の例の一つと言えます。

このライブ録音が行われた「モントレー・ジャズ・フェスティバル」は、アメリカ、カリフォルニア州のモントレーで開かれているジャズ・フェスティバルです。初回の1958年から現在に至るまで、これまで名演を多く残してきたことでも有名です。

その中でもこの「フォレスト・フラワー」は六十年代に最も売れたといわれる人気盤になりました。

いずれにしても、ベース奏者のセシル・マクビーの三十一歳を除けば、リーダーのチャールズ・ロイドも含めて二十代の若いバンドです。ヒッピーやフラワーといった周りの風潮に本質的には流されることなく、後世に残る仕事をしていたということは、彼らのポテンシャルの高さを表していると言えます。

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最後に、ではどうしてボサノヴァは抵抗なくジャズにマッチングできたのか?


これは、時代の流れとして、ジャズも4ビート一辺倒のモダンジャズから8ビート主体のジャズ・ロックなどがブームとしてあったことが考えられます。

1963年のリー・モーガンによる「ザ・サイドワインダー」の大ヒットによって火が付いたジャズロックは、8ビートでのジャズの新境地の可能性を見せました。

同時期にアメリカに入ってきたボサノヴァが、ニュアンスは違えど同じ8ビートだったということが大きいでしょう。ロックからのリズム面での流れが事前にあったことが要因だということは間違いがないところです。

ザ・サイドワインダー

ザ・サイドワインダー

今回のジャズ・ボサ特集はいかがでしたか。あらゆる偶然がタイミング良くかさなり、生まれたと言ってよいジャズ・ボサ。まだまだご紹介していないジャズ・ボサの名曲、名演はたくさんあります。

また機会を見てジャズボサのおススメは紹介していきたいと思っています。それでは、また次回お会いしましょう!

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