京で評判の酒どころ「鈴鹿」
三重県鈴鹿市。この土地の酒の歴史は大変古い。倭姫命(やまとひめ)が天照大神(あまてらすおおみかみ)の命を受け、鎮座場所を伊勢神宮に定めるまでの様子をつづった「倭姫命世記」(やまとひめのみことせいき)には、味酒鈴鹿国(うまさけすずかのくに)の記述がある。以来、鈴鹿国(すずかのくに)といえば、味酒(うまさけ)が枕詞となっている。
おいしい水とふんだんにある良質の米のおかげで、長年、京の都でも評判の酒どころとして知られ、町にはたくさんの酒蔵がひしめいていたという。しかし現在この地に残る酒蔵は清水清三郎商店(株)1蔵のみだ。
お蔵の2階から望める伊勢湾が美しい
明治二年(1869年)より酒造りを行う清水清三郎商店(株)。代表銘柄「鈴鹿川」と「作(ざく)」は、その清らかさ、フルーティーさ、軽快で飽きのこない旨味、絶妙なバランスの良さで全国の日本酒ファンを魅了している。
杜氏の技量を審査する「全国新酒鑑評会」や「SAKE COMPETITION」、海外コンクールの「International Wine Challenge」や「Joy of Sake」、新しい飲み方を提案する「ワイングラスでおいしいアワード」など数々のコンクールにおいてたくさんの受賞を果たしてきたまさに内外ともに認められる人気蔵だ。
初夏の風が気持ちいい5月初旬、念願だったお蔵をおたずねした。優しい笑顔で迎えてくれる蔵元、清水慎一郎さん。開口一番にでたのは、酒の話ではなく、なんと、伊勢鈴鹿の歴史と「伊勢型紙」の話であった。
まずは「伊勢型紙」のお話から
ラベルに起用された、清水社長のご自宅にある伊勢型紙
「伊勢型紙」をご存じだろうか。今回、鈴鹿に行き(恥ずかしながら)初めて知った「伊勢型紙」。取材後東京に戻った後も、その存在を知ったせいか、いろいろなところで目にするようになった。これはもしや、新しいトレンドとして注目され始めているのではないか。いや、芸術感度の高い人たちの間ではすでに注目されていたのか。知らない方はぜひともこの機会に覚えてほしい。酒の話の前にまずは「伊勢型紙」の話を書いておこう。
純米酒のラベルになった「紅梅白梅」柄
「伊勢型紙」とは、着物の図柄を染色するために使われてきた道具(型紙)のこと。柿渋で何枚も張り合わせた和紙を彫刻刀で彫るという手法でできる。多種多様な意匠を超高度なテクニックで微細に美しく彫り抜く、非常に芸術性の高い伝統的工芸品である。
発祥は平安時代とも奈良時代とも言われ千年以上の歴史がある。とくに、華美はよくないとされた江戸時代、遠くからだと一色だがよく見ると繊細な柄が描かれている小紋が重宝され、伊勢型紙の技術は飛躍的に伸びた。
純米大吟醸のラベルになっている「中形菊」
紀州徳川の飛び地天領であった伊勢湾に面した白子町(鈴鹿市)を中心に、藩の庇護を受けながらこの地で小紋柄の「伊勢型紙」が脈々と引き継がれてきた。
19世紀後半には欧米にもたらされアールヌーヴォーに多大な影響を与え、以来海外有名プロダクトに数多く取り入れられている。そう、あなたの知っているアノ模様も実は「伊勢型紙」が原本になっているのだ。
スマフォのカバーも素敵だ
近年日本でも見直され、「伊勢型紙」とモダンアートの展示会や美術展が開催されたり、ハイエンドな商品とのコラボレーションを全国各地で見るようになった。
洋装にも和装にも合いそうなバッグ
たとえば、製造販売元である(株)オコシ型紙商店では、型紙の現物や柄の個性を見事に取り入れた商品をギャラリーで見ることができる。とにかくその精巧さと美しさは息をのむばかりだ。
伊勢型紙資料館は誰でも見学可能、製作の様子がわかるビデオは必見だ。
また、江戸時代末期に建てられた型紙問屋の建物が伊勢型紙資料館になっており、6名の人間国宝が生み出す驚異の技を見ることができる。気の遠くなるような作業で生み出される作品を前に、ただただため息が出るばかり。一見の価値あり。